独立独行
戦闘が終わり、パンテルと隷下の中隊は後方からやってきた輜重段列からボーデン村で弾薬と燃料の補給を受けていた。
パンテルは砲塔に被弾した部下の戦車の様子を確認した。砲塔内は悲惨そのもので戦車の持つ暴力性を良く表現していた。
正面向かって右側に貫通弾があったらしく、砲手は上半身が消し飛んでいた。砲手より若干高い位置に座る車長は腹から下が肉塊へと変わり果てている。砲身を挟んで反対側にいた装填手は比較的マシで左腕が滅茶苦茶になるだけで済んでいた。もっとも死んでいることに変わりはないのだが。この惨状だ。彼らは即死だったろう。それがせめてもの救いだ。
車体にいた操縦手は背中に砲弾片が突き刺さっているらしく、声にならない声で苦痛の呻きをあげていた。
パンテルは部下を呼びつつ無線手と共に操縦手を引っ張り出す。中戦車は車内容積が広いわけではないが、こういった際に負傷兵を救出するのに苦労はしない。
負傷、出血を確認する目的で戦車兵の戦闘服であるパンツァーヤッケ脱がせうつ伏せに寝かせた。パンツァーヤッケは厚手の黒の生地で、着たままだと傷口の箇所も出血の具合も判別が難しい。
脱がせて見た感じ、出血は深刻ではない。駆けつけた衛生兵も、野戦病院に送る必要が有るとは言いつつ、命に別状は無いようだった。
「戦傷章だな」
モルヒネを打ちつつ衛生兵は励ますように、愉快に言った。
パンテルが驚いたのは、温かいスープが補給とともに送られてきたことだ。2リットルほどの保温容器いくつかに入れられている。
一口大の牛肉、じゃがいも、人参がゴロゴロしている。スープはパプリカベース。塩と胡椒でスパイシーに味付けされている。
一日中戦闘で、食事は簡素なものだけになるだろうと思っていただけに望外の喜びだ。スープというのも、いざとなれば乱暴に飲み干せるようにとの配慮だろう。
パンテルはスープに舌鼓をうちながらも地図を睨み、傍から聞こえる無線に傾注、戦況の把握に努めていた。
現在師団の三分の一に該当する一個連隊がボーデンの北側から敵後方を求めて迂回している。そして先刻よりその方向から激しい砲声が殷々《いんいん》と響いている。晴天の遠雷のよう。どうやら一大激戦が展開中のようである。
パンテルの戦車は弾薬庫の一部、15発分を撤去し長距離無線や周辺機器を搭載していた。アンテナなども増設されている。指揮連携のためだ。このため、遠方の無線交信を傍受できた。
迂回機動中に一個連隊を優に超える敵と接敵したようで、相当な苦戦中のようだ。行動可能なのは自分の中隊のみか。
後方から追随してきていた一個大隊は北方へ援護に駆り出された。
パンテルは地図に穴が開くぐらい睨んだ。敵はひょっとして師団規模なのかな。てっきり連隊か旅団規模と思っていたが。
上級司令部からは何の命令もないままただった。近接航空支援及び砲兵支援の調整にかかりきりになっているらしい。
しかし命令が無ければ何もしないというような指揮官は国防軍将校ではない。命令が下されなくても各種の状況を勘案し実行する独立独行の戦士をこそ所望されている。
ではどうするか。二両欠の一個中隊でできることは多くない。
数を恃みにすることはかなわない。であれば脳や神経に相当する敵要点を叩いて敵を機能不全に陥れるしかない。
ではその敵要点とは?一般には司令部や指揮通信系統、補給拠点、段列。直接、あるいは間接的に敵の戦闘能力を削ぐことが可能な目標。
現時点で敵司令部の所在は不明。つまり指揮系統を撃滅することは不可能。パンテルが着目したのは敵戦車部隊の補給。
30トンを越える鋼鉄の塊である戦車は大飯食らいだ。敵戦車の行動距離は200キロメートル弱。加えて頻繁な整備を必要とする。戦死は故障の間に動く、と言われる所以だ。
つまり後方から補給、整備支援のためにやってくる帝国軍輜重段列を叩けば敵は自ずと弱体化する。
さて、ではどの道をその輜重段列は通るのか。パンテルは地図に見ながら、そもそも抵手となっている帝国軍戦車部隊はどこにどのように部隊を置いているのか考える。
北方に一個連隊を越える敵戦車部隊が存在するということは、先程戦火を交えた帝国軍戦車大隊は翼側援護だったのだろうか。てっきり先鋒と思っていたが。
パンテルは一つの丁字路に目を付けた。現在地から北西の方向、北方の帝国軍部隊の後背に当たる場所である。確証はないが、この丁字路を通る可能性は高い。
成算の高い策ではないのに敵大部隊の背後深くに突進する。パンテルは戦車学校の教師の言葉を思い出していた。
『君の前にはある選択肢の内、最も大胆なものが最適解である』
そして国防軍の兵隊として必要な素養、『素早い判断、迅速な行動』。やろう。
丁字路でパンテルはいつもの様に待ち構えた。二個小隊を正面に展開し、自らが長を勤める一個小隊が側面に陣取り、二個小隊に拘束され突撃衝力を失った敵を衝く。
半ば賭けだったが、パンテルは勝った。十台、いや二十台を裕に越えるトラックの群れが向かってきているのが見えたのだ。
手筈通り、敵縦列全面に潜む二個小隊が射撃開始。榴弾の直撃で爆発四散するトラック、至近弾の爆風で横転するトラック。
榴弾と機銃弾の鋼鉄の弾雨に非装甲のトラックは易々と、それこそ紙のように引き裂かれた。
縦列は衝撃で立ち止まり、混乱に陥っている。パンテルは
狙うは最後尾。先頭と最後尾の車両を破壊すれば、路外機動力の低い──それも物資を満載しさらにその機動力の低下した──トラックは残骸に前後を閉じ込められて身動きとれなくなる。
炎上するトラック、搭載していた弾薬が誘爆して跡形もなく雲散霧消したトラック。
恐慌に陥った帝国兵は無理矢理トラックで路外に出たり、あるいはトラックを捨て壊走。
「信管遅延、跳ねさせろ」
信管着弾から0.1秒後に炸裂するよう調定、目標より50メートル手前に撃って跳ねさせると目標の上空10メートルで炸裂する。特に歩兵などの非装甲目標に有効な手段だ。
いよいよ補給縦列は算を乱して敗走した。
「以降は機銃で対処しろ」
継戦能力確保のため砲弾の節約を命令。既に走る帝国軍トラックは無い。敗走する帝国兵には機銃で十分だった。
補給縦列を鎧袖一触にし、中隊を掌握すると、部下が捕虜、それも士官である少尉を獲得したと言う。
その少尉は足に被弾したために逃げることができなかったらしい。
「これを」
部下が差し出したのは地図。
「大戦果だな」
一目見たパンテルは欣喜雀躍した。地図には届け先、つまり帝国軍戦車部隊の所在地、そしてどこが物資の集積地であるかの記載があったのだ。




