先制主導
先刻大隊規模の敵を壊走させたパンテルは勢いのまま西進していた。縦横無礙で放胆な機動こそ機甲科将校の本懐である。威なるかな
エンジン轟々と熱火吐き、士気は先の戦闘により得られた勝利に昂揚していた。
その中隊は再度帝国軍戦車大隊と戦闘に突入していた。今度は互いが互いを発見したのはほとんど同時で、正面からがっぷり組み合った状態になった。
これは数で劣るパンテル中隊にとってはキツい。数の勝負になってしまっているため、パンテルが敵側背に回り込もうとしても敵は延翼運動でそれを封じてしまう。
わずかに地形の凸凹、地物などはあっても平坦で、姿を隠しての一部で敵側背に回り込むことも難しい。
後方の大隊からは、大隊主力が敵側面に機動するために敵部隊の拘束を命じられた。
地図を開いたパンテルはある村の名前を読み上げた。現在地では大隊からの命令を達成すること叶わず、衆寡敵せず圧倒撃滅される。そうでなくとも中隊に受忍しがたい損害をもたらすのは確実。
「ボーデン」
少し引き返した北東方向に所在する、コンクリート舗装された街道から少し入り込んだ地点の村。畑が四周を囲っている。建物が存在する場所は台地になっており、爾後の戦闘を有勢に進めることができるだろう。
中隊は後退行動に入った。砲塔に備え付けの発煙弾発射機から擲弾を発射し、車両前方に煙幕を展開。さらに発煙弾を敵部隊に叩き付ける。
敵部隊が十分自分達を視認できなくなったところで後退開始。部隊全部で一度に退がることはしない。
一個小隊が後衛として敵を足止めする遅滞戦闘を実施する。遅滞戦闘であるため戦闘は敵の撃破を目的をしない。短切な打撃を与え、追撃してくる敵が足を止めた後、煙幕弾と煙幕発射機を組み合わせて姿をくらまし後退。後退する先では別の小隊が伏撃の態勢を整えている。
このように後退した先。ボーデン村には一段と高くなっている箇所があった。
パンテルはその一際高い場所を見た。巨大な風車は、おそらく開戦劈頭の戦闘で破壊されていた。半ばから折れ、焦げ、燻る様子はまるで、傷付き、くずおれ死んだ神話生物のようである。
中隊はこの崩れ落ちた風邪の台地を中心に防御態勢を整えた。街道から後衛戦闘を実施していた最後の小隊が敵に追尾されつつ後退してきた。
街道から村へつながる一本道を轟々とエンジンと履帯の音を響かせ、煙幕を展開しながら駆け込んだ。
帝国軍戦車大隊はこのパンテル中隊の陣取る村を攻撃する必要に迫られた。このボーデンという村は、街道を火制可能な距離にはない。しかしもし素通りすれば出撃して背面を衝かれる。大隊としては、村からパンテル中隊を駆逐ないし撃滅あるいは無力化する必要がある。
端的に言い表して、大隊はパンテルに攻撃を強いられた。
パンテルは迅速な決断を下すことで、防禦側の主導権を獲得した。防禦側の主導権、つまり我の有利な地形で防禦に就くことである。
敵をしてそこを攻めざるを得ず、また我は火力の発揮に有利で、敵は戦力の発揮が困難な地形。
そういった観点から見ればボーデンという村は優れていた。帝国軍は無視できず、しかし四周を軟弱地盤の畑に囲まれているために戦術機動は著しく制限される。
帝国軍戦車大隊は必要に迫られて攻撃を開始せざるを得なくなった。
村へつながる道は土が踏み固められたもので、道幅は市井の車やトラックなら並べるが、戦車には不可能。
一列縦列を組み、また畑の中に侵入して村を両翼から包み込むように展開、攻撃前進を開始した。
パンテルは双眼鏡越しにその様を見る。総計三十両。村への道を驀進してくる重量、それから左右に展開しているのが各十両。
「中隊集中、目標、街道を進んでくる敵戦車。距離千で射撃開始」
村からおよそ二キロメートル離れた街道から、敵戦車が土煙を巻き上げながら前進してくる。
畑の中を進む敵戦車は蒼々としげる農作物を踏み潰し、履帯で刈り取る。
道を走る敵戦車縦列は畑を前進すると比べて突出していた。当然だ。畑の中を前進する敵戦車は半ば埋まっている。
敵中戦車の全幅は2.62メートル。微細な数値の0.02を切り捨てて、目標を2.6メートルとすると、一キロメートル離れた地点ではミル・スペックメモリ2.6メモリ分になる。
「撃て!」
撃ち出された砲弾は一秒かからず先頭の敵戦車に命中した。
搭載弾薬に誘爆したらしい敵戦車は大爆発を起こし砲塔が宙を舞う。くるりと砲塔と共に回転した砲身はパンテルに宙に放られた枝を想起させた。
そしてその砲塔より高く、人体の一部が放り上げられているのもパンテルは視界の隅に見た。
車体には三つの被弾痕が見て取れた。
被弾を避けるため大慌てで道を外れ、畑に突っ込み結果横っ腹を無防備に晒した戦車、撃破された戦車を押し除けて突き進もうとした戦車。いずれの戦車も次々に被弾した。
内部の人員が殺傷され、脱出したため放棄された戦車、燃料タンクやエンジンに被弾し炎上する戦車、装薬火災を起こし目に鮮やかなオレンジ色の炎をハッチや主砲から噴出させる戦車。
各車長、砲手は砲塔上部の機銃、同軸機銃で戦車から脱出した敵戦車兵を射撃した。
早々に道を前進する戦車は火力に阻まれた。
畑を前進する戦車は絶好の的だった。何せ軟弱地盤に足を取られて速度が出ない。反撃も難しい。射撃は可能だし、実際していたが、軟弱地盤ゆえに水平を保てず精度を保てない。例えば砲耳軸が左に傾斜してると、見かけ上照準の十字線が目標を捉えていても、砲弾は左斜め下に逸れて飛んでいく。
中隊は訓練より簡単だと撃ち抜いていった。
大隊長が戦死、その場合指揮を継承する中隊長も戦死したため指揮に混乱が生じた。何とか別の中隊長が指揮を継承したとき、大隊の戦力は一個中隊と少しにまで減少していた。
大隊を掌握した中隊長は、このままでは全滅は必至と後退を決断した。
既に大損害を被り、士気も阻喪しかかっている。大隊からすれば、不意の接敵の後戦闘で敵を圧迫、突撃で最後の決をつけようとしていたところにこの損害である。瞬く間の損害に、一種の麻痺状態に陥っている者もいた。
すでに眼前の村に存在する敵を撃破できるだけの戦力も既に無い。あるいは最初から無かったのかも。どちらにせよ、戦闘の継続はいたずらに損害を拡大させるだけである。
パンテル中隊は眼前で半ば壊走するように敵戦車大隊を追撃しなかった。というよりもできなかった。敵の突撃を防いだ道と畑は、今度はパンテルの行く道を塞いでいた。また別の原因として、連戦により砲弾及び燃料が不足していたからだ。




