突進
国防陸軍戦車4中隊、通称ドクロ中隊中隊長のパンテル大尉は鉄の愛馬に跨って街道を驀進していた。カール・シュルツマンの小隊が切り開き、シュタイナー大尉の降下猟兵が閉塞していた街道だ。
驀進、その奮迅の勢いに大地は轟々と震え、無限軌道の歯車が土煙を立てる。
パンテル中尉の胸元と首元には二級及び一級鉄十字勲章、戦車突撃章が誇らしげに輝いていた。開戦劈頭以来の馳駆縦横の転戦、その奮戦武勲を高く評価されての受勲だった。
開戦以来、パンテル大尉の属する第一装甲師団は防勢作戦のために頻繁に分散され投入されていた。開戦以来初となる師団規模での機動戦だった。
装甲師団は速度と衝力を存分に活かし敵中深く迂回、浸透し戦線後方の戦術、戦略上の帝国軍要点を撃滅して回り帝国軍を機能不全に陥らせる。
指揮通信その他近代軍隊として必須の機能を喪失した帝国軍は瓦解し撤退に追い込まれ、あるいは撤退すらできずに後続の機械化歩兵師団に覆滅される。
パンテル大尉は先遣大隊のさらに先遣中隊、つまり全軍の最先鋒として突進していた。
中隊は不意の戦闘に備えた戦備行軍と呼ばれる隊形で前進していた。移動に適した縦隊隊形ではなく、傘型に開いた隊形で突発戦闘に対応可能なものだった。
当該戦線の帝国軍軍団司令部は穿たれた戦線から装甲師団が突進しているのを確認、即座の手当てを実施した。軍団という単位は、まず帝国軍の複数の師団を束ねた軍、その軍を複数束ねたのが軍団である。
軍団司令部は直轄の予備として置かれていた戦車一個師団を火消しとして投入した。
この帝国軍戦車師団の先遣一個大隊がパンテル大尉の中隊と戦闘に突入した。
相互に対進状態にある部隊が交戦する遭遇戦と呼称される戦闘形態。さらに詳しく述べれば、パンテル大尉にとってはある程度戦闘を予期していた予期遭遇戦。当該帝国軍戦車大隊にとっては全く戦闘を予期していなかったため不期遭遇戦となる。
パンテル大尉が遭遇戦を予期していた理由。それは上部司令部経由で航空機の偵察結果により帝国軍戦車部隊がどこそこの地点を前進中との情報を得たからだった。逆に帝国軍は制空権を喪失しているために航空偵察が実施できず、手探りで戦うことを強いられていた。
防風のための樹木線を越えた瞬間、パンテルは左手遠く、方角にすると南に砂塵の巻き上がるのを発見した。コンクリートの街道を走ってきたパンテルの中隊に対し、どうやら砂塵の下の帝国軍部隊は舗装されていない道路を前進中のようである。
パンテルは地図を開く。どうやら帝国軍部隊は最短経路を辿るために畑を突っ切っているようだ。
パンテルは素早かった。中隊を地形、地物に援護を得る形で半円状に展開させ伏撃の態勢を整えた。
およそ1km先、肉眼だと豆粒程の大きさに見える鋼鉄の塊、帝国軍中戦車。
双眼鏡のミルスペックのメモリで距離を算出して砲手に伝える。徹甲弾は既に装填済み。
「撃て!」
砲手が射撃。轟音と共に初速750メートル毎秒で撃ち出された砲弾が着弾するまで約1.2秒。反動で車体が揺れ積もっていた土埃が舞う。
弾は僅か外れて地面を掘り返した。
砲尾から空薬莢が自動で排出され金属音を立てながら床のバスケットに落ちる。装填手は言われるまでもなく全長およそ700mm、重量およそ6.8kgの徹甲弾を体を捻る様に動かし遠心力を駆使して素早く次弾を装填。車内容積に余裕があるからできることだ。
砲手はパンテルの修正諸元を聞き照準器の三角形で表示されるミルを微調整、再度射撃。発射炎、衝撃で巻き上げられた土煙で照準器は塞がれる。
「命中!」
砲手より高い位置の視界を得られるパンテルが命中を報告。
「同目標、もう一発撃ちこんどけ!」
一発だけの貫通弾では戦闘力を完全に奪ってはいないかも、との意図に基づきさらに一発。射撃の反動でズン、と戦車が揺れ車内の埃が舞い、貼り付けていた妻の写真がカサリと揺れた。廃莢がガランと大きな音を立て硝煙の匂いが車内に立ち込める。
「次、今の右の目標!」
「装填良し!」
砲手は砲塔を回し微調整、照準器の左端では今さっき命中弾を与えた敵戦車のハッチや貫通孔からうっすらと黒煙が漏れ出ている。相変わらず照準器に写る敵戦車は小さいが狙うに問題は無い。距離変わらず。
射撃の直前、敵が射撃した。こちらに向けてではないが舞上げられた粉塵で視界が遮られて敵が見えない。
粉塵が晴れ敵戦車が再び見えた。位置はまったく変わっていない。即座に射撃。
「命中!」
車体に命中した砲弾はそのまま燃料タンクを貫いて燃え盛る燃料が車内を満たす。砲塔ハッチから炎に体を巻き取られた敵戦車兵が出てきて、悶え苦しみながら地面へ落ちて転げ回った。
中隊は先頭から次から次へと屠っていった。混乱状態の戦車、戦闘隊形に展開しようと路外に出た戦車に相次いで命中弾を与える。
パンテルは戦闘の地点を自隊に有利で、帝国軍戦車大隊にとって不利な場所に選定していた。自隊は先述のように地物地形の援護を得ていた一方で、帝国軍戦車大隊付近の地面は地盤が軟弱で、自在な機動を妨害した。戦闘隊形に展開しようとしても足を取られるのだ。
「小隊続け!敵の側面を取る!」
パンテルは指揮下の戦車小隊を率いて全速で駆け出た。履帯が夏晴れの乾いた土を巻き上げる。
右前方の樹木群のさらに右を迂回して敵側面を突く。敵からもこの動きは高く舞い上げられる土煙で見えるはず。
樹木群を迂回すると七両の敵戦車が側面防御のためスピアーの小隊に向かってきていた。距離約400m。戦車にとっては近距離。
先手を取ったのはパンテル。敵にはパンテル小隊に対応する時間はあったはずだが迎撃態勢を取れていない。
三両が樹木群に注意を払っていて四両がスピアー達に向かって移動中。
「撃て!」
咄嗟の射撃だったが距離が離れていなかったから当たった。よく短時間で照準器という狭い視界に敵戦車を捉えたと砲手を褒めるべきだ。
「次!」
数で劣っている状況、一々撃破を確実にするために追加の弾を撃ち込む余裕はない。砲塔が動かなくなればひとまずは置いておく。
装填手が砲弾を再装填する間に後続のスピアー小隊各車は外に広がるように続々と横に並び戦闘に加入する。だが最後の一両は移動中の横っ腹を捉えられた。
伝わる灼熱と衝撃波が彼らが辿った運命を知らせ、ゆえにパンテルの思考は彼らを考える必要無しと切り捨てる。
それでもパンテルはさらに一両、部下も一両を仕留め4対3。数の上では一両不利だがスピアーは勝てると踏んだ。今の交戦で確信したが練度の上ではこちらが上だ。
「小隊前へ!躍進射撃で仕留めろ!」
戦車戦で棒立ちしていても良いことはないし、数で劣っているなら機動戦で優位性を確保する。
小隊はさらに敵の側面に回り込むように、樹木群と自分達の間に敵四両を挟むように機動する。
あらかじめ砲塔を左に回しておき、装填良しの報告で戦車は停止、砲手は微調整の後射撃する。
「命中!操縦手前へ!」
抜群の腕を誇る砲手は敵を戦闘不能に追い込む一発を初弾で決める。
敵は砲塔だけ回して小隊の機動に追随しようと試みるがそれは甘い。ようやく敵がそれに気付いた時には覆しようのないほどの優位をパンテル小隊は握っていた。もう敵はどう足掻いてもこちらに砲塔を指向することは叶わない。
無防備に晒された側面へ、樹木群を警戒していた敵戦車にはその背面へ。一切の容赦無く、呵責無く小隊は75mm砲を食らわせた。
爆発四散し、或いは炎上し平野にその骸を晒す。
「小隊前へ!このまま敵本体の側面を衝く!」
けたたましいエンジンを平野に響かせ三両が繰り出された槍の穂先のごとく驀進する。
この時点で帝国軍戦車大隊は戦力の三分の一を喪失、部隊としての戦闘力も喪失しつつあった。大隊長は状況を鑑みて戦闘の中止、後退を決断した。
しかしそのためには側面から打ち込まれようとする楔のようなパンテル小隊を排除あるいは最低限足止めしなければならない。
しかし既に三分の一を喪失した大隊にその目的のために抽出可能な戦力は多くない。なんとか一個小隊を当てがえたのみ。
正面からは伏撃を受け、左側面からも攻撃されている。大隊長は十字砲火に晒されてこれ以上の戦闘継続はただいたずらに損害を出すのみと後退を決断した。
大隊は潰乱手前だった。正面と側面から攻撃を受けて指揮統制すら崩壊しつつある。無線からは怒号と悲鳴、絶叫、混乱だけが響く。それでも大隊長はなんとか統制を保っていた。その様子はさながら荒れ馬をなんとか乗りこなすカウボーイだ。
それでもパンテルは突入しなかった。一つには依然として大きな戦力差。たった三両では、大きな損害を被っているとはいえ、大隊規模の敵に突入しても撃滅することはかなわない。むしろ数の差に押し潰されてしまう可能性の方が大きいだろう。
第二にできない理由があった。帝国軍戦車大隊がスムーズに戦闘隊形に展開できなかった地盤は、同様にパンテルの愛馬の機動も制限する。もし突撃を発起したとして、愛馬が軟弱地盤に足を取られている内に撃ち抜かれて終わりだ。
パンテル小隊は射撃に終始した。帝国軍戦車大隊は後退にあたり教範通りの戦闘を心掛けた。まず部隊を分け一部を残置しその隙に残りが後退、援護位置に就く。そうしたならば残置した部隊が後退する。
パンテル中隊の正確で苛烈な攻撃はそれを許さなかった。
パンテルの直率する小隊は射撃に終始したが、その射撃は絶えず敵に損害、圧迫を与え後退及び士気の阻喪を促すものだった。
それでも帝国軍戦車大隊が空中に張られた細い線の上を渡るような、辛うじて組織だった後退戦をやれたのは大隊長が有能だったこと、また根本的にはパンテルの部隊が中隊だったからだ。大隊規模の敵を圧倒撃滅するに十分な数がなかったためだ。
パンテルは積極果敢に追撃した。パンテルの小隊は並行して走る道を並走しての追撃し、半円状に展開していた二個小隊が後ろから追撃した。
最終的に当該帝国軍戦車大隊は一個戦車中隊弱にまでその戦力を擦り減らされた。




