反斜面_終局
シュタイナー大尉率いる降下猟兵一個大隊が降着してから4日目、帝国軍一個軍、実働兵力四個師団はいよいよ追い詰められていた。
降下猟兵の陣地は未だ持久していたが、もはや当該陣地の陥落を待つ時間的猶予は無い。当該一個軍の指揮官である中将は、降下猟兵の陣地の陥落を待たずに後退するに決した。
敵陣の前を横切る形になる。最悪の場合銃火を浴びながら後退し、そうでなくても観測されての砲撃や航空機による対地攻撃が予想される。
危険極まりない、というか殆ど自殺的だが既に実施の可否を検討する段階になかった。中将の元には毎時毎秒前線から悲痛な報告が届く。空爆と砲撃でトラックなどの移動手段、部隊を掌握するための人員が失われていく。負傷者が増えればその分トラックやジープの容積を圧迫する。
現状のままだと待っているのは全滅という結果のみ。ある報告──もはや悲鳴と表現して良い──に曰く、『我が大隊が進退の自由を確実に有するのは三時間のみ』。つまりそれを越えれば移動もままならず現在地で撃滅される、という意味だ。
例えどれほど撤退行が破滅的でも、実施しないよりはマシ。能力の可否を超越して実行すべきものだった。そうすれば少しは包囲から逃れられる。降伏は論外、というか軍司令部の誰も思い至っていなかった。
この間、降下猟兵も大変な苦境に陥っていた。まず二台運び入れていた大型の無線機が両方とも破壊され、本日の死傷者は五十人に迫っていた。
昨日増援を得ることができていなければ現在南の隆起の喪失だけではすまなかっただろう。最悪陣地から駆逐されていたかも。
降下猟兵と銃火を交える帝国兵が空襲により衝力を失ったことを見てとった隆起東側の帝国軍は間髪入れず一個歩兵大隊を戦闘に投じた。
しかしこれは上手く運ばなかった。というのも空襲を受け混乱していた帝国兵の一団に突っ込む形になり、このため突撃の衝力を大きく削いでしまったのだ。
またこの頃には撤退を強行することになり、帝国軍は陣地の攻略に固執しなくなった。陣地から駆逐できなくとも、観測されることを防ぎ、以て航空攻撃や砲撃に晒されなければそれで良しとしたのだ。
隆起の頂上に張り付き、維持することでこの目的を達成する。
降下猟兵はその変化を敏感に感じ取った。依然として果敢な帝国兵だが、積極的に前進しようという気概を感じられない。
先程までの帝国兵は瞠目するほど勇猛、ともすれば蛮勇を奮っていた。鉄条網に寄りかかるように戦死した戦友を踏み越えて突破し、戦車も同様に轢き潰して前進した。
シュタイナー大尉はこれを、帝国軍が攻撃の限界に達したものと判断、南側陣地への局所逆襲を発動した。陣地を巡る戦いにおいては消極退嬰に陥ることなく積極的に逆襲を発動、陣地を恢復する必要がある。
百人弱が投入され、頑強な抵抗を排除し一画を奪還した。
時が経つにつれ、降下猟兵は自分達が戦闘の中心にいるんじゃないかと思い始めた。上空では空戦が行われ、周囲からは帝国兵が迫り、遠方からも爆発音が響く。
帝国軍航空部隊は航空撃滅戦を受け大打撃を受け麻痺しているが、なんとか分散した野戦飛行場から少数の戦闘機を飛び立たせることができた。
けれども少数、よくて同数の戦闘機では練度及び技術に優る国防空軍には到底敵わなかった。
この頃シュタイナーは無線が破壊されたためにいかなる支援要請も随時に行えないために困難な状況に置かれていた。
シュタイナー大尉の上級司令部も通信が途絶したことに不安を覚えていた。また近接航空支援の準備を整えて進発を待つ航空隊も待ちぼうけを喰らわされていた。そしてそのために一大危急に陥っているのが察せられた。
上級司令部はシュタイナー大尉の部隊と連絡がとれないため、後退中の帝国軍の偵察も兼ねてシュトルム一機が飛んだ。
このシュトルムは陣地の複数箇所からうっすらと黒煙の立ち昇るのを認めた。この報告を聞いた上級司令部は、シュタイナー大尉は何らかのは事情により支援を要請できない状況に陥ったと判断。要請の無いまま航空隊を発進させた。
偵察のシュトルムは、街道を一路西へ陸続とする帝国軍の縦列も発見していた。隆起で戦闘が行われながら、指呼の距離の街道を帝国軍縦列が移動している。これに対する航空攻撃を要請した。
隆起の斜面に所在する帝国兵に対して、ロケット弾を搭載したシュトルムが攻撃に当たった。爆弾だと降下猟兵ごと吹き飛ばしかねないからだ。
一方で街道を延々とする帝国軍には徹底的で、熾烈な急降下爆撃が実施されていた。帝国兵からすれば、強烈な逆ガル翼の敵機が液冷機特有の甲高い音を威嚇するように響かせながら、急降下してくる。ある帝国兵に曰く、『まるで空が迫ってくるようだった。押し潰されるかと思った』。
夕刻頃には隆起付近の街道にも砲兵による射撃が始まった。負傷して寝かされていた降下猟兵が観測機が上空に姿を見せた時のことを述懐している。
『何もできないことを無念に思いながら寝ていると、上空を戦闘機に護衛された機がくるくると周り始めた。砲兵が自分達を射程内に収めるところまで前進してきている。つまり友軍の先鋒はさらに近い。』
事態は終局を迎えた。帝国軍一個軍は容赦呵責のない砲爆撃にある地点では散逸し、指揮が混乱した。そこを国防軍の戦車は履帯で踏み躙った。
最後はあっけないものだった。各所で砲爆撃に晒された帝国軍は最後には組織的抵抗力を喪失し、国防軍の戦車師団を主体とする追撃に各自の部隊が場当たり的に対応するだけだった。だから各個に容易に蹴散らされた。
橋を渡って追撃を免れたのは合計して一個連隊規模に過ぎなかった。元は七個師団、連隊規模に換算すれば六三個いたのがたった一個連隊。
日暮れの迫る頃、降下猟兵達は突進してきた戦車師団将兵達と手を取り合った。
帝国軍は一個軍が壊滅、ほとんど殲滅され、戦線に十キロメートルを超える穴が穿たれた。




