反斜面_6
隆起の東側に所在する帝国軍四個師団はいよいよ前線の国防軍の圧迫を受けて後退を決意した。そしてその撤退路こそシュタイナー大尉以下降下猟兵一個大隊が閉塞している橋及び街道だった。帝国軍はこの街道以外に使用可能な街道は既に無く、なんとしてもこの街道を通らなければならなかった。
『損害をかえりみず蟠踞する敵を圧倒撃滅すべし』
これは帝国軍の中でも特に苛烈な命令だった。普段から人命すら消耗品と捉え、容赦なく敵堅陣に突撃させる帝国軍において、『損害をかえりみず』というのは、言い換えれば死んででも任務を達成しろ、死ぬまで帰ってくるな、というニュアンスがあった。
前を走っていた戦友が斃れればその死体を乗り越え、もしたとえ今すぐ後送すれば助かるかもしれない負傷者も乗り越えて突撃する。
しかしそのような苛烈な命令を発さざるを得ない理由があった。帝国軍にしてみれば前門の虎、後門の狼。前線から国防陸軍の諸兵科に猛撃され、戦線後方の後退路は降下猟兵が扼している。
この後退路を扼している降下猟兵を何としても排除しなければ後退できず四個師団が殲滅される。
兵力の配分は大変に悩ましい問題だった。生半可な兵力では降下猟兵を撃破できないが、かと言って兵力を多く割けばかえって前線が手薄になり、前線が崩壊しかねない。
最終的に戦車については一個連隊(三個大隊)の内一個大隊が割り当てられた。歩兵については二個旅団。また隆起西方の部隊も呼応して攻撃を発起する。
東方の帝国軍諸部隊は複数の部隊を重畳させ突撃を発起させることで、新鋭な威力を絶えず降下猟兵に叩き付けることを策していた。
また、戦線が後退したことで砲兵による支援が可能になった。11:00より105ミリ榴弾砲一個大隊十二門による攻勢準備射撃が始まった。この作戦始まって以来の最大規模の砲撃だった。観測手段及び練度の不足のため弾着は隆起の外まで散らばっているが、そこはある程度の数で補っている。
構築した陣地が破壊され、また陣地外周に着弾する砲弾については帝国兵の戦死体を破壊していた。
この攻勢準備射撃は帝国軍の予定していたほど長くは続かなかった。これはシュトルムが飛来したため、砲撃を継続すると発見されるためだ。それでも一個砲兵中隊は退避と隠蔽が間に合わず爆撃を受け保有の砲全てが破壊され、完全に戦闘力を喪失した。
さらに攻撃のために展開中だった戦車一個小隊四両も撃破された。
通信連携の不備により砲撃が止まっているのに帝国軍前線部隊は何もせず、というより命令が無いためにできなかった。降下猟兵はこのため帝国軍の攻撃前進までの一時間に、最低限の陣地の補備修正を実施できた。
砲撃が終わって一時間後に帝国軍先鋒は攻撃前進に移った。
シュタイナー大尉以下降下猟兵はこの前日より遠方に殷々《いんいん》と炸裂音の響くのを耳にし、前線、つまりは友軍が迫っているのを感得していた。
損害は死傷合わせて二百を僅かに越えたが、昨日二門の50ミリ対戦車砲と合わせて三個小隊九十人の増援を得た。
南東と南西の隆起の間隙は撃破された敵戦車、昨日補給された対人、対戦車地雷、鉄条網で閉塞されていた。
合計で三門になった対戦車砲は東、西、南の隆起にそれぞれ一門づつ配置され南東、南西の隆起の隙間から前進してくる帝国軍に対し十字砲火を浴びせられるようになっていた。
最初の攻撃が発起されて十分後、第二波として展開していた帝国軍が戦闘に加入、さらにその二十分後に第三波も加入した。
降下猟兵は戦闘に突入した直後から帝国兵の異様な様子、己の命を度外視した戦い方に驚愕していた。
既に南東側の隆起の間は帝国兵の戦死体で埋め尽くされていた。文字通りの屍山血河。鉄条網に寄りかかるように死んでいる兵が大量に存在した。どうにも鉄条網を切断する鉄条鋏を装備していないようである。
無理矢理隆起を乗り越えてきた敵中戦車三両が炎上している。隆起の向こう側で対戦車地雷で間違いないだろう爆発音が複数回聞こえた。
激戦のため既に降下猟兵は隆起の外側を確認できなくなっていた。
帝国軍の攻撃の重点は南側隆起であるらしかった。南側隆起の東西の端、東側、西側隆起の南端が侵入を受けつつある。
各隆起は相互に、主として機関銃による火力支援を実施可能なよう構築されている。また複線化された交通壕が整備されており、部隊の増援あるいは陣地からの後退が安全に行える。
この交通壕を通じてシュタイナー大尉は一個小隊を南の隆起へと送り込んだ。昨日得た増援に工兵小隊がおり、これが大変頼もしい兵器、火炎放射器を装備していた。
燃料にはナパームが添加され粘性を増していた。これにより射程が他国の数倍となる八十メートルほどにまで伸びた。また特性として、他国の火炎放射器は発射口から炎が噴出されるような形だが、国防軍のものは燃料が燃えながら放射されるような形になっている。これにより、例えば壁に当たると跳ね返ってその先を焼く。さながら炎が水の奔流のように振る舞う。
塹壕という幅が限られている地形では特に効果的だった。
複数の手榴弾を投擲し、炸裂痕を焼き、銃をめくら撃ちし、ようやく顔を覗かせる。
火炎を浴び、耳の奥深くにまで突き刺さる絶叫を上げ転げ回る帝国兵を降下猟兵は射殺した。慈悲でもあるし、また危険の回避でもあった。というのも、中には火炎に体を包まれても手榴弾を投げたり、あるいは体当たりをしてくる兵が存在する。前進を焼かれるという地獄の激痛に耐えながらだ。
実際にこの戦闘でも火炎を浴びた帝国兵が断末魔と共に降下猟兵に抱き付いた。死なば諸共。抱き付かれた降下猟兵の体もまた消火不可能なほど燃えた。こうなってしまってはもうどうにもならない。戦友はせめて苦痛の少ないようにと燃える戦友を射殺した。無念だった。非常な心痛だった。同じ釜の飯を食い、連日の猛訓練に耐え、堅い戦友愛で結ばれた仲だった。
酸鼻極まる白兵戦だった。
戦闘に突入してからおよそ一時間半後、南の隆起が猛撃によって強烈に圧迫されている時にシュトルムの近接航空支援が実施された。
二個小隊が急降下爆撃とロケット弾攻撃、機銃掃射を実施した。これにより帝国兵が大打撃を受けたことや、その場から動けなくなったために攻撃が停止した。
もはや南の隆起の維持は不可能と判断した降下猟兵は、その隙を利用して南隆起から後退した。




