反斜面_5
隆起東側の帝国軍一個増強中隊による攻撃は遠く地平に残照が滲む、夜に片足を突っ込んだ時間に開始された。
12.7ミリ機関銃を装備する装甲ハーフトラック六台を先頭に、後ろを残余の歩兵が続く。
大尉は任務の達成に寄与するよう、事前に迫撃砲による支援射撃を実施するよう各所に要請、調整していた。
ところがいざ始まると、その規模は要請したものを遥かに下回っていた。弾薬の節約命令が発出されていたこと、大尉の攻撃は敵の消耗を主眼に置いたものであったからだ。
「消耗品じゃないか」
作戦の目的は理解するものの、大尉は小さくハーフトラックの荷台で毒付いた。
規定時刻、大尉は前進の命令を下した。
シュタイナー大尉以下降下猟兵は擾乱射撃とは違う烈度の射撃に軽い驚きを覚えた。周辺に所在する帝国兵の練度からして夜襲は行われないだろうと考えていたからだ。
射撃が続く中、遠方で帝国軍部隊が集結し、体勢を整えていることが感得され、ならば実際に攻撃が実施されるものと考えられた。
十分ほどの射撃の後、帝国軍は攻撃前進を開始した。
これを待ち構えていたのが東側斜面のふもとに位置する、鹵獲した帝国軍中戦車だった。車長役、砲手役、装填手役の三人が乗り込み、なんとか主砲の操作と再装填を行えるようになっていた。
「おやまぁ」
戦車の中に潜んでいた車長役の軍曹は1人ゴチる。どうやら死ななさそうだったからだ。この戦車、東側に側面を晒すように擱坐していて、もし敵に戦車が存在したらまず間違いなく撃破される。
勝利のために必要な避け得ぬ犠牲。この戦車の乗員はそのような立場だった。
「よぅし目標一番右の奴!撃て!」
にわか仕立ての車長が命じ、同じくにわか仕立ての砲手が撃つ。初弾は目標の手前右に着弾した。
「いいぞ!」
装填手が叫び車長は「ちょい上!」と修正諸元のようなことを叫ぶ。
ほとんど勘で撃った砲手だが、二発目は見事に命中。ハーフトラックは歩兵十人、乗員二人を乗せたまま榴弾の炸裂で爆散。三人は快哉を上げた。
帝国軍は驚愕し、ハーフトラックは増速し蛇行する。敵に戦車が存在するならハーフトラックを、歩兵を銃撃から守る盾として使えなくなる。
「ちょい左、左だ!」
「捉えた!」
「よし撃て!」
戦車内の号令は、当たり前ながら戦車兵とはまったく違うものだった。誰も、そもそも戦車というものに慣れていないから全ての動作が本職から見れば無駄が多く、かつ遅い。
砲弾は目標の後ろへ、前へ、距離も遠くへ逸れる。
降下猟兵が隆起の頂上に鹵獲した12.7ミリ機銃を運び、これでハーフトラック目掛け射撃した。この機銃弾は装甲を貫くことができ、それで運転手が死亡したハーフトラックを主砲が二撃破した。
二両目を撃破する頃にはハーフトラックは隆起に迫っており、戦車は歩兵へ目標を切り替えた。
この薄暮攻撃は、攻撃を指揮した帝国軍大尉の予想通り夜間戦闘にもつれ込み、最後には自壊とでも表すべき最後を遂げた。
夜闇の中、各分隊、小隊、中隊は人員を掌握できなくなり指揮が崩壊、積み木の一部が崩れ、それが全体に波及するように急速に崩壊した。
指揮官の大尉、一名の小隊長が戦闘中に死亡し、一名の小隊長が重傷、数時間後に死亡した。中隊は後退時、壊乱したために各員は複数方向に離散。大隊が人員を掌握するのに翌日の昼頃までかかった。
×××××
薄暮攻撃を撃退後、シュタイナー大尉は夜襲を実施させた。目標は隆起東側に所在する帝国軍対空砲。これを排除しなければ後の補給物資の空中投下に大きく差し障る。
先刻、輸送機が対空射撃を受けた時、双眼鏡で覗いていた兵のおかげでおおよその距離は判明している。その周辺地点に対空火器の展開に適している雑木林が一箇所存在する。
これは帝国軍の薄暮攻撃が実施される前に決断されていて、薄暮攻撃のために夜襲の実施時刻が後ろにずれていた。
夜襲部隊に選ばれたのはシュタイナー大尉の副官、グリュッセル中尉が率いた。中尉以下三十名一個小隊は壊走する帝国兵を追尾する形で出撃した。
中尉はその双肩にかかる責任をひしひしと感じていた。翌日に予定されている物資投下の可否は一重に中尉の結果如何にかかっている。特に対戦車砲始め重火器を積載したグライダーは東西に走る街道に降着する予定になっている。これにはどうしても隆起東側に陣取る対空火器を排除しなければならない。
おおよそ1×1キロメートル四方の雑木林。夜間にこの広さから対空火器を探し出すとなればとんでもなく骨が折れるが、今回に関してはおおよその位置は推定されている。
双眼鏡で輸送機が射撃された瞬間を見ていた兵によれば、複数本の曳光弾の線が見えたと言うから最低でも連装。おそらく装甲ハーフトラックに四連装の12.7ミリ機銃を装備したやつだと思われる。
であるならば最低限移動の可能な道に沿って展開しているはず。道が存在して、かつ雑木林にあって対空射撃が可能な空き地というのは非常に限られる。というか地図を見る限り一箇所しかない。
「いっそ鹵獲しちまおうか」
中尉は緊張をほぐすためにそんな冗談を言った。
対空部隊の、それも低空の脅威に対処する部隊の性質からして夜間に戦闘配備に就いているとは考え難い。航空機は視界不良のため夜間に低空を飛行しない、というよりできないからだ。
とはいえ12.7ミリ四連装機銃というのは怖い。そんなもので撃たれたら三十人全員肉片すら残らない。対空火器が臨機に地上の敵に向け射撃されるのはよくあることだ。
ただ過度に警戒する必要もないと中尉は思っている。四連装の12.7ミリ機銃を航空機の高速に合わせて旋回、照準するにはエンジンから動力を得るモーターの力が必要になる。
細かい照準や緊急時のために手動での照準も可能だろうが、その重量のために素早くはないはずだ。
燃料節約のためエンジンは切っているはずで、ならばモーター駆動はできないはず。
むしろ不意の接敵の方が怖い。雑木林のために視界は悪い。手前で接敵、戦闘になれば四連装機銃が戦闘体勢を整えてしまうかもしれない。
中尉は不意の射撃を防止するために襲撃直前まで、もしくは敵から射撃を受けるまで装填を禁じた。代わりに着剣させ、もし歩哨が存在すればこれかナイフ、格闘で無力化するよう命じた。
中尉は一個分隊十名を退路の確保兼予備として置き、残りの二個分隊で十字砲火を形成するように布陣した。
中尉の予想した通り、四連装機銃装備のハーフトラックには完全に人気が無かった。弛緩した空気が流れている。
確かに前線後方に所在する対空部隊が敵歩兵の攻撃を受けることはまずないだろう。歩哨もいるにはいるが、あくまで規則だから立っている、といった雰囲気を感じる。
これなら、と中尉の脳裏に先程自分のいった冗談がよぎる。本当にあのハーフトラックを鹵獲できてしまうのではないか。もしできたならば強大な火力を得られる。
ただあくまで可能性を考慮するに留める。無意味に拘りかえって任務を失敗に終わらせては意味がない。また鹵獲できるかも状態も不明。可能性に留意はするだけにして、中尉は射撃を始めた。
中尉の射撃を合図にして二十人が射撃を開始した。対空火器を装備していた帝国兵部隊は歩兵による襲撃を一切想定していなかったらしく陣地というものを構築していない。僅か樹木や下生えなどの地物に身を隠すのみ。
スコールのような短時間の猛射、数度の手榴弾の爆発の後、生きている帝国兵は皆無だった。
中尉は部下に帝国軍の火器、特に手榴弾や文書、地図を鹵獲するよう指示しつつ自身はハーフトラックに向かった。
あわよくば鹵獲し陣地の強化に役立てようと思っていたが、どうやらそれは叶わないらしい。左のタイヤが散々に破壊されている。どうやら至近で手榴弾が炸裂したようで、エンジンブロックにも大小様々な破片が飛び込んだのか外板が穴だらけだった。蜂の巣と表すべきか穴あきチーズと表すべきか。
中尉は機銃二丁を外させ、それから大量の弾薬を鹵獲すると連装機銃のターレット基部に1キログラムの爆薬を設置させた。
総員が離脱後、五分して雑木林に爆発の轟音が響いた。衝撃波が林を伝わり木々、枝葉を揺らした。




