反斜面_2
さらに数度の攻撃を経て、帝国兵を率いる少佐は、シュタイナー大尉の指揮する隆起がどうやらとんでもない堅陣であるらしいと気付いた。
日没までに合計で軽戦車6両、歩兵二個大隊分が撃破され、急派された歩兵大隊はその攻撃能力を喪失した。
損害より不味いことは、この少佐が攻撃を通じてシュタイナー大尉の空挺部隊の人員数や装備、陣地の全容を全く解明できなかったことだ。
ここに攻勢主義でありながら質の十分でない帝国軍の弱点が表れていた。攻撃を重視する割に、攻撃のための情報収集能力が十分ではない。
そうした欠点はありながら、帝国軍は西方から本格的な増援として歩兵一個連隊を得て、翌日の攻撃に向けて準備を始めた。さらに東方から戦車一個大隊に支援された歩兵一個連隊も向かっている。この街道上に居座る降下猟兵というのはそれだけ帝国軍にとって脅威だった。
シュタイナー大尉の大隊は初日の死傷合わせて50名弱だった。
また撃破された戦車に搭載されていた砲塔天板の車長用機銃、主砲横の同軸機銃、車体機銃、その他歩兵火器多数を鹵獲、火力を増強した。
さらに夜間を利用して損害を受けた陣地の補備修正、加えて各人、分隊、小隊は陣地の強化に邁進した。
最後に、砲塔に被弾し撃破された軽戦車一両を橋の上に移動させ、障害物とした。この戦車はエンジンや操縦系統は無傷だったために自走可能だっ。移動後はガソリンを抜き、履帯を破壊して自走が不可能なように破壊した。
翌日、大隊は払暁より西方から歩兵一個大隊、中戦車四両の攻撃を受けた。短時間の迫撃砲による射撃の後に攻撃前進に移る帝国兵見える。
大隊は前進してくる帝国兵に迫撃砲による攻撃前進阻止射撃を浴びせる。
この攻撃は帝国兵が橋の上の軽戦車の撤去に手間取り、最終的には中戦車が押し出したが、その間に歩兵が甚大な損害を被ったために撃退された。
一時間後に東方から帝国兵二個中隊が戦車一個小隊四両に支援されて攻撃を開始。
この攻撃も甚大な損害を出して撃退された。何より不味かったのは、西方の帝国軍部隊が降下猟兵の陣地についてまったく東方の帝国軍部隊に伝達していなかったことである。
このため東方からの帝国軍部隊は、複数の隆起で陣地が構成されていることを知らなかった。さらに帝国軍の前線将校一般に地図を読み取る能力に不足があった。
それがために東と南の隆起に対して馬乗りになるように攻撃を仕掛けた。攻撃を指揮した士官は片翼包囲のつもりだが、実際はただ兵力を分散投入する形になった。さらに隆起に馬乗りになるように、つまり隆起を乗り越えて攻撃した。
これが一番よろしくない攻撃方法だった。大尉の指揮するこの反斜面陣地は、隆起を乗り越える敵に対して最も火力を発揮できるように構築されていたからだ。
降下猟兵各員は反斜面、つまり隆起の内側およそ60メートルに壕を築いて待ち受けていた。そして帝国兵が稜線を乗り越える瞬間を狙い撃った。
さらに歩兵火力の根幹を成す機関銃は突撃する帝国兵に対して斜め、側面から射撃できるよう配置されていた。斜射、側射という。
歩兵火力、特に機関銃は前日の軽戦車からの鹵獲により異常な火力を誇った。攻撃に晒されていなかった西側隆起からも援護射撃が飛んだ。距離にしておよそ1キロメートルはあるが、三脚に据えればその距離でも有効な、敵に脅威を与える射弾を撃つことができた。
戦車は乗り越えようとする前後に視界に降下猟兵を捉えられない。そして60メートルというのは対戦車火器であるファウストの射程内だった。
南東の隆起の間から戦車二両と随伴の歩兵二個小隊およそ60名が突入したが、これは昨日、南西の隆起の間から突入した軽戦車と随伴歩兵と同様の結末を辿った。
一部迫撃砲が直射めいた角度で砲撃し、鹵獲品の機関銃を合わせて増強された火力が指向された。これにより歩兵と戦車の分離、歩戦分離を図った。最終的に降下猟兵が肉薄攻撃を仕掛けるための前座である。
これにより一個小隊はたちまち死体に変わり果てた。もう一個小隊は火力により戦車に随伴することが不可能になってしまった。各種火力により進路を閉塞された形になる。
この時対応できた対戦車砲は射角の関係で南の隆起に配置されていた一門のみ。先頭の戦車は射撃し、二発目が車体の弾薬庫に誘爆、大爆発を起こした。
後続の戦車はこの対戦車砲を警戒し、射界に出てこなかったために歩兵の肉薄攻撃により撃破された。
攻撃が終わった時、東および南斜面前面の敵遺棄死体は100を数えた。撃破された戦車は3。
通常、負傷者は死者の3〜4倍となるから、大尉は負傷200〜400と推測した。二個中隊の人数で言えば無傷な者を探すのが難しいくらいの数になる。
東方と西方で攻撃の規模も時間もバラバラなのはまだ司令部同士の連携態勢が万全ではないからだ。それぞれ師団が異なるため、末端の大隊や中隊は、60kmほど離れた司令部同士の間で交信し、それぞれ隷下の連隊、大隊、中隊に命令を伝達していく。このため戦車、歩兵、砲兵の大部隊の連携にはとにかく時間がかかった。
それを承知の上で、特に西方の帝国軍部隊は攻撃を繰り返した。空挺部隊の戦力を削ることを企図してだ。
同日昼頃には105ミリ砲四門を装備する砲兵中隊二個が進出、制圧を目的とした砲撃を始めた。これは攻撃準備射撃ではないから、1分に一発という低い発射速度だった。制圧ならそれで十分だった。
また、急派されてきたために当面の弾薬しかないこと、猛烈な砲撃を実施すると、いざ攻撃という時に砲身の加熱により砲撃が不可能になってしまうという事情も存在した。
シュタイナー大尉にとっては非常に厄介だった。現状烈度こそ低く、しばしば隆起の外側斜面に落ちているとはいえ、活動が制限されることには変わりない。陣地の増築や補備修正に著しい支障を来たし、また死傷者も少数ながら出る。
それでもシュタイナーは明朗闊達に陣地を動き回って部下を激励した。同情を示し、冗談を交わし、秘密だぞ?と肘で小突きながらタバコやチョコレートなどの嗜好品を与えた。
実を言えばシュタイナーはそのような快活な性格ではなく、寡黙で実直な仕事人といった根の人物だった。
それがこのように振る舞ったのは、ひとえに任務の遂行に一意邁進していたからである。包囲下にある将兵の士気の維持、これがシュタイナーの目的とするところだった。
この反斜面陣地は戦友の姿を相互に視認しにくいという構造を持っていたから、時に兵士は自分1人だけで戦っているかのように錯覚する。この錯覚を取り除くためにシュタイナーは砲撃下にあっても陣地を回り兵士1人1人に話しかけた。
同時にこれは指揮官先頭を示す演出でもあった。こうした統帥の術は、結局のところ戦闘のための──兵を自らに従える──行為だからだ。
このため、苛酷な状況下にありながらも大隊は変わらず旺盛な士気を保っていた。




