其のニ
中つ国において最初に誕生した国は[日ノ本]である。
しかしながら国という概念は一国のみで解釈できないものである。よって当時の彼らには国家を誕生させたという認識はなかっただろう。国家は後世において、定まった概念であるからだ。この時の中つ国は、いわばひとつの家族も同然である。
彼らの味方や敵とは外の世界にあるのだ。神や悪魔のことである。31世紀現在では、このふたつの強力な種族は我々にとって親しき友であるが、当時は違ったのだ。
天上界と地下界にとっては、この時代こそ激動の戦乱期である。天上界の神々を率いたのは[最高神オーディン]。地下界を率いるは地獄の支配者[ルシファー][ベルゼビュート][アスタロト]である。
ルシファーといえば戦乱が終盤になった頃に合間見えた大王との出会いの後に「ある種の思考は祈りである。身体のほうがどんな態度を示そうと、魂はひざまづいている場合がある。」と語ったことで有名だ。
天上界と地下界の戦場は多岐にわたったが主に天上界が戦場になる場合が多かった。地獄の軍勢の第一旗手であるアザゼルは神の如き強者と称えられた程の悪魔である。並大抵の天使など近づく事さえ叶わなかった。
とはいえ相手はまがりなりにも[神]である。全体的な勝率は断然、神々の方であるのはいうまでもない事だろう。しかしオーディンは「悪魔どもに勝つたびに、わが軍の戦力は減っていく。」と呟いたそうな。
莫大な消耗戦である神と悪魔の戦争は何年何十年も続いた。これによって生じるエネルギーは計り知れない程、強大である。天上界と地下界に挟まれている地上界もただではすまないのだ。そこに生きるものには、なにひとつ関係の無い事であったのに地上界にまで波及したエネルギーは地上界の生物を苦しめた。彼らには神と悪魔に対抗するすべがなかったのである。ある一部の[例外]を除いて。
この天上界と地下界の戦争期において地上界の例外である後の大王は何をしていたのか?皆さん驚くなかれ、彼は[布教]をしていたのだ。なにも神を崇めよ、といい回っていたわけではない。当時は彼自身も布教をしているとは思っていなかっただろうし、実際にそれが宗教的な意味合いを持つのは彼が崩御なされてからである。それこそが現在においても多大な影響力を持ち、大日本帝国の天皇を宗主とする[神道]である。
「朕の前に道は無し。朕のうしろに道はある。」
天狗の異名を持つ[後白河天皇]の言葉である。
話が反れたが、日ノ本建国の大王は一種の旅をしていた。貧しい者には食糧を恵み。洪水に悩まされている集落では、その凄まじい神のごとき力を使い防波堤を作ったり、魔物等の危険な害獣を率先して殲滅していったり、神や悪魔達の攻撃による流れ弾を弾いたり。これらの行いや大王の人を魅了する言葉に数々のもの達が惹かれていった。
「未来を思い憂うな。必要あらば、現在役立ちうる知性の剣にて、十分に未来に立ち向かわん。」
神と悪魔の戦乱のおかげなのか、はたまたそのせいなのか、大王は数々の友を得た。そして国を得た。皆が己を守るために大王の側に集ったのだ。
「我自身のために登る。我自身が憩い(祖国)となり、我の剣や盾が同胞を守る旗印(国旗)となるからだ。」
この後、神と悪魔の戦乱が一定の落ち着きをみせ世界から一時期の間、殺しあいがなくなった。中つ国においては大王の猿真似を始める輩も出始めた。麦や稲、猪等の家畜を始めたのだ。麦や稲の栽培法を独占して己の魔法であると主張するものもいた。
ここで魔術と魔法の基礎知識を書こう。
魔術とは、魔術では一瞬でできようとも手間隙をかければ機械動力などの科学でも実現可能なもの。あるいはタネがバレて多数が使用できる事。《火は木を燃やせばよい》《魔法の発現者が当初は1人でも、それが複数人になれば魔術に格下げ》
魔法とは、この世界に存在していなかった未発見の現象や法則。あるいは他者には不可能で個人のみにしか使えないタネがバレていないもの、である。
原始的な人類には定期的な収穫(毎年、確実に一定数確保できはしないが)は魔法と言われれば信じたのだろう。かりに、それが魔法ではないと思っていたとしても誰しもが、そんな些細なこと等、気にはしない。食い物がなければ生きていけない生物は食い物さえあれば他には何も望んだりしない。
そんなことが各地で頻繁しだすと、やはり縄張り争いも必然であろう。遊牧する集団もいるにはいたが大半は固定の土地を確保して生活していた。土地を確定させるのだから、その土地はやはり豊富でなければならない。一定の土地を開発して収穫を行い、家畜を育てる。しかしモノには限度がある。噂を聞きつけ、あるいは偶然にやって来るもの達を受け入れられなくなってくる。そうなると追い返したり、時には武力のぶつかり合いにまで発展したりもする。土地を開発しながら人口も大きくなる。そうして、やがて豊かになる。豊かになれば、さらに豊かになろうと欲をかくのが人族の長所であり短所であろう。王国主義の始まりである。
王とは万世一系である。その地位につくならば先代と同じ血を引く必要がある。この時代ならば、なおさらである。王が何故ゆえに王であるのか。それは何かしらの[魔法]を使えたからだ。先も述べたような家畜の技術や稲作等を魔法だという輩もいる。現代人には至極滑稽であろう。しかし現代と当時は違うのだ。中には本当の魔法を使える王だっていた。この世界は広いのだ、数多の国が割拠しても不思議はない。それは主に種族ごとに別れるのであるが、やはり当時から最大の人口を誇ったのは人族であった。人族の起こりはアフリカ大陸に紀元する。そこから各地に拡散したそうなのだが、人族が集団でいる方が効率がよく理にかなっていると気づくには、いささか時間がかかった。その気付きの最大のきっかけが日ノ本の大王であろう。
日ノ本が建国された地は東の果てにあった。神や悪魔の災害から護られる地上の安住の地である。当初は来るもの拒まず、去るもの追わず。であったが強欲な余所者たちは、その聖なる地を(大王の所存であるが)狙ってきたのだ。しかし大王は、その不届きもの達を殺すでもなく魔法の力によって遥か彼方に追いやるだけに留めていた。しかし、そんな事では問題を解決できはしない。外の世界は危険に溢れており、いくら数が多い人族とはいえ非力である身のため他の種族達よりも寿命が短いし、戦いになれば著しく勢力の低下を招いた。東の果てには魔物もおらず神や悪魔の干渉を受けない楽園がある。実際に大王のおかげで、日ノ本は命の危機を極端に感じることはなかった。
そんな地を狙う輩は最終的に軍すらも動かして日ノ本を狙ってきた。これには流石の大王も頭を悩ませた。なぜ、中つ国の同胞が争わなければならない?皆で一緒に協力すればよいではないか。王の座などくれてやる。血を流す必要はない。
大王は戦う事を拒み、王の座まで手放そうとした。しかしこれに大反発したもの達がいる。日ノ本の民である。




