撤退
「これは一体どうなっておるのじゃ!?」
俺たちは後方支援組に合流した。いや、これは合流なんかではない。合流なんてとてもじゃないが言える状況じゃない。
「ほう。次はお前たちか。見たところ子供ばかりだが、お前たちはもう少し骨のあるやつらでいてくれよ。こいつらは弱すぎて話になんなかったからよ」
俺たちの前にいるのは、ひときわ大きな体を持ち、そしてその体に見合った大きな槍を持った大男だ。その男の体と槍は返り血にまみれている。その男のやったことが一目でわかるように、後方支援組の死体が男の足元にたくさん転がっている。直接は見ていないが、誰がこれをやったかはほとんど明らかだろう。
「お主がこれをやったのじゃな?」
「そりゃそうだ。この状況を見れば一目瞭然だろう?だが、せっかくの王女様救出なのにこのレベルなのか?もっと強い奴が来てくれていると思ってたんだけどなー」
やはりこれはこの男がやったようだ。これはこいつが一人でやったのかまではわからないが、それでも俺たちが潜入してから撤退してくるまでの短時間でここまでのことができるのだ。こいつ、もしくはこいつらが強いことには間違いない。実際、目の前の男からはかなりのプレッシャーを感じる。あの爺には到底及ばないまでも、俺が受けた中では二番目だ。雰囲気からすると戦士に見えるが、一応魔法にも気を付けておこう。
「王女救出というのを知っているということは、もうここには王女はいないということか」
「ああそうだ。奪いに来るとわかっててそれをわざわざ置いておく奴はいないだろう?」
「ガルドフ様!」
「ああそうだったそうだった。これ言っちゃいけないんだったな。わりいが今俺の言ったことは忘れてくれねえか?」
「うむ。それなら忘れよう。それで、ディアナの娘っ子はどこにおるのじゃ?」
「ああ、あの王女はたしか……」
「ガルドフ様!」
「そうだそうだ。わりいがこれは言っちゃダメなんだよ。そうだな、俺を倒したら話してやってもいいぜ。倒せたらの話だがな」
「ちぃ、さすがにこれを聞き出すことはできんか」
やっぱりそこまでは聞き出すことはできなかったようだな。まあそこまでアホではないということだろう。もっとも、部下と思われる人が止めてなかったら話しそうだったが。
あの男が嘘をついている可能性はゼロではない。だが、見たところあの男がそこまで演技派には見えない。もしもあれが演技であるのだとすれば、ハリウッド俳優になれるくらいの演技力だろう。
「あっ!そろそろ時間ですね」
大男の部下?の人がそう言うと、屋敷の方から大きな爆発音がした。どうやら、俺の危惧していたことの一つである屋敷の爆発というのが当たっていたようだ。彼の様子からして、屋敷にある爆弾(この世界では、火薬による爆発で屋敷を吹っ飛ばせるほどの威力が出るほど科学技術が進んでいない。おそらくはマジックアイテムによる爆発だ)は時限式だったようだな。もしくは、魔法使いがいて今魔法をぶっ放したかだ。
「屋敷を壊してもよかったのか?」
「ガハハハッ、愚問も愚問だな。どうせお前たち王国側に屋敷のことはばれているのだ。ただせさえこんな不便なところにあるのに、それが隠れ家にもならないというのはただの無駄だ。どうせそうなるなら、もういらなくなった屋敷と引き換えにシルフォードの犬を少しでも減らせるに越したことは無い。まあ、今回いたのは犬だけじゃなくて冒険者もいたようだがな」
確かに。場所のばれている隠れ家ほど無駄なものはない。どうせ使わないのなら、捨て駒に使っても構わないということか。屋敷にも何人か向こう側の人がいたはずだが、それを聞くと不快になりそうなので聞かないことにしよう。
「これはどうしようかの~?」
のんきそうにも見えるが、校長の顔は真剣そのものだ。まあそれもそうだろう。今回の作戦での生き残りはもう俺たちだけだと思われる。死にぞこないが何人かいるかもしれないが、今無事なのは俺たちくらいだろう。もしくは、事前に危機を察知していた潜入組の何人かが助かっているかもしれない。
「来ないならこっちから行くぜ」
ガルドフがこっち向かってくる。こうなったら、これからどうするかとか話している暇はない。状況に合わせて自分の判断で動かなければならない。
「よっ!」
まずは敵から距離をとる。俺は魔法使いだ。逃げるにしろ戦うにしろ敵が格上でなおかつ戦士なら、まずは距離をとらなくてはならない。横を見れば、校長も同じ対処をしていた。
「何してんだ!?」
俺と校長が距離をとっているにもかかわらず、アースとユリウスはその場から動いていない。二人は俺とは戦闘スタイルが違うから、敵とあまり距離をとらないのは理解できる。だが、あの二人はあの明らかにえげつなさそうな攻撃を防ぐ、もしくは躱す算段があるのか?
「やってやる!」
「くぅぅぅ…」
アースはやる気満々だ。だが、ユリウスの方は様子がおかしい。もしかして、敵のあまりの圧力にビビりすぎて足が動かないのか?
ガルドフの圧力はすごい。あの爺みたいに桁違いの魔力による圧力ではないが、これはそれとは違うタイプの圧力だ。まさに凶暴な野獣のそれだ。俺もあの爺との修業がなかったらもう少しひるんでいたかもしれない。悔しいが、即座に恐怖から逃れたのは修業のおかげだ。たった十日の修業だったが、思いのほか役に立っているようだ。あの爺の恐怖に比べたら、ガルドフだってまだ生易しいと思えるから不思議だ。まあ、俺よりもガルドフのほうが強いが。
「そんなことより、アースはともかくユリウスの方は助けなければならないじゃないか!」
やる気満々のアースはともかく、完全に及び腰のユリウスの方は助けなくてはならない。そうしなければ、アースはともかくユリウスの方はなすべなく死んでしまうだろう。
「もうやっておるのじゃ!」
声をした方を向くと、すでに校長が二人を助けようとしている。さすがに百年以上生きている上にこの国でトップの実力者なだけあって、いざというときは頼りになる。
校長がどんな手段で二人を助けるのかは知らないが、とりあえず俺にできる範囲での援護をしておこう。
「〈ライトニング〉」
校長が何をしようとしているのかはわからない。下手に二人に何かすればその邪魔になるかもしれないので、とりあえずガルドフに攻撃しておこう。そうすれば校長の邪魔にはならないだろう。後はガルドフ以外の敵にも念のため注意しておくくらいだろうか。
「ガキのくせになかなかやるじゃねえか!」
ガルドフは〈ライトニング〉を防ぐのに少し足止めされたものの、またすぐに動き出した。
「そっちの方向は!まずい!!」
ガルドフはアースとユリウスの二人から、校長のほうに進路変更している。今校長は二人を助けることに集中力を使っているから、ここで襲われるとまずい。
「校長!!」
「むっ!」
俺は校長に向かって敵の存在を知らせるとともに、少しでも助けになるように簡単な結界を張った。
「これならまだ紙のほうがましだぜ!」
俺の張った結界は簡単に破られた。魔力も碌にこもっていない上に特殊効果もない結界だったが、それでも一秒すら持っていない。向こうは挑発のつもりで紙のほうがましだと言ったのかもしれないが、彼の言う通り斬っても邪魔になる紙のほうがましかもしれない。
「やばいのじゃ」
校長に向かって槍が突き出される。とっさに致命傷は避けることはできたが、それでも躱しきれなかったようだ。
「こういう時の戦闘は頭をやるに限るぜ!」
やばい!ここで校長をやられたらこの戦場は終わる。そもそも、ここにいるメンバー全員に言うことを聞かせられるのは校長しかいない。実績のない子供である俺の言うことは聞かないだろうし、アースの忠誠に付き合うつもりはない。ユリウスはガルドフの圧力なり覇気なりにおびえていてまともな指示は出せないだろう。校長がやられたら〈テレポーテーション〉で即効逃げるしかない。
とっさにアースとユリウスを狙うように見せかけて校長を倒すことを真っ先に行うとは、思ったよりも頭がいい。もしくは、野生の勘とか本能とかいうやつでとっさに行動したのか?
「ぬう…」
「回復はさせねえぜ」
ガルドフは、ここで完全にアリアを仕留めにかかる。
「これで終わっ…『ギュンッ!』ぐはっ!」
ガルドフは横からものすごい衝撃を受けて吹っ飛んでいった。
「やるじゃねえか。これはかなり痛かったぜ。俺の自慢の防具も壊れちまったし、体だってものすごい傷ついたぜ」
「あれを受けてそこまでしかダメージが入ってないのか…やっぱやべえ奴だな」
俺が使ったのは〈ファイアーライトニング〉だ。これは俺の使える魔法の中でもトップクラスの威力を誇る。貫通力なら間違いなくナンバーワンだ。それをあまり警戒してなかったであろうときに横から直撃しているのに、貫通しなかったどころかまだまだ元気そうだ。ガルドフの防具の質が高かったのもあるだろうが、それでもこれをもろに食らってこれだけのダメージとは思わなかった。倒せはしないまでも、もっと重傷を負うと思っていた。
「さすがにこの二人と一人でやりあうのはきつそうだ。おいてめえら!そこの雑魚二人と手負いの小娘は任せた。俺はあのガキとやる」
ガルドフがそう言うと、彼の後ろから十人くらいの人間が出てきた。ガルドフには及ばないが、いずれもなかなかの猛者であることがうかがい知れる。
「誰が小娘じゃ!この小僧が!」
「いやそこじゃないでしょ」
これは大ピンチだ。校長は手負いだし、ユリウスはまだ恐怖から完全に回復していない。アースはやる気はあるが、それでもあの十人は全員はおそらくアースと同格かそれ以上だ。ガルドフだけでも厄介なのにあれだけの敵がいることを考えれば、これはほとんど勝ち目がない。
「やっと戦えるぜ」
「ああ。ガルドフの旦那は一人でやりたがるしな。ようやく俺も戦えるぜ」
ガルドフの部下たちはやる気満々だ。
「校長……これは逃げるしかないんじゃないか?」
「そうじゃな……」
もしかしたら、ここにやられている人の中にも生きている人がいるかもしれない。仮に死体だとしても、葬儀のために遺体を回収するとかやることはある。それに、屋敷の爆発から生還した人だっているかもしれない。本当は生きている人は連れ帰って治療し、死んでいる人は遺体を遺族のもとなどにもっていかなければならないのだが、今はそれができる状況ではない。見捨てるようかもしれないが、ここは納得してもらいたい。
「何を相談してるのか知らねえが、一緒に殺し合いを楽しもうぜぇ~!」
「お主たちの遊びに付き合っている暇はないのじゃ!」
「それは同感だ」
「逃がさねえぞ。おいお前ら、こいつら四人を囲んじまえ!」
俺たち四人のことを敵が囲む。だが、それは俺たちにとっては好都合だ。
「校長、ウォルコット君、一体どうやって逃げるんですか?」
「リゾット卿!敵を前にして逃げるとは何事ですか!?」
「何を言っておる。この状況で戦うのは難しかろう。それに、わしらはここの情報を持って帰らねばならん。それがここでのわしらの使命でもある。それに、生きていればいつかはやり返すチャンスもこよう」
「わかりました……」
「俺たちに囲まれているこの状況で、一体どうやって逃げるつもりだ?」
「そんなの簡単だろ?なんたって俺は魔法使いだぜ」
「魔法使い……ということはまさか!」
「そのまさかだよ」
「おいお前ら!向こうが逃げられないようにとっとと攻撃するぞ」
ガルドフの声を引き金にして、敵が急いで向かってきた。
「もう遅い!〈テレポーテーション〉」
「くっそ!久しぶりに楽しめそうな相手だったのに、目の前でみすみす逃しちまった」
ガルドフの恨み節を聞きながらも、俺の〈テレポーテーション〉で俺たち四人は王都まで逃げた。




