理由
「ちょっと!君は何を言っているんだい!?国王陛下直々の依頼を断るなんて、一体何を考えているんだ!」
「フハハハハハ、なんとも面白い小僧じゃ。いくら非公式の場とはいえ、まさか平民の小僧ががこやつの依頼を面と向かって断るとわの」
「フォッフォッフォ、よいではないか。若いうちはそれくらいでないとな。これは鍛えがいがありそうじゃわい」」
「お二人とも、笑いすぎですぞ」
俺の断る宣言のきいた時の反応はそれぞれだ。そしてなにより、肝心の国王は興味深いという目でこちらを見てきている。
「一応聞かせてもらうが、なぜ今回の依頼を断るのだ?冒険者ギルドを通してはいないが、報酬も前金もちゃんと払うぞ」
冒険者の依頼は基本的に冒険者ギルドを介して行われる。だが、今回のようにギルドを通さずに依頼を受けることはあり、そうしたからといって罰せられることは無い。
冒険者ギルドを通さずに受けることができる依頼はギルドに仲介料を取られないので、普段受けている依頼よりも高額なことが多い。しかしその分自己責任であり、その依頼によって生じたトラブルにギルドは一切責任を持たない。
冒険者は基本的に自己責任ではあるが、それでも冒険者ギルドという大組織の一員である。冒険者ギルドという看板があるからこそ、依頼人から既定の報酬が払われないなどのトラブルがない(ギルドが冒険者に報酬をケチることはたまにある)のだ。
また、冒険者には力が強くても細かい計算や交渉などが苦手な者がたくさんおり、自分で依頼人と交渉するのは難しいという理由から、ギルドを通さずに依頼を受けたくはないという人もいる。
そのため、ギルドを通さずに依頼を受けることは禁止されてはいないが、そうする冒険者はほとんどいない。
「ギルドのことは関係ありません。むしろ、ギルドを通されたほうが断りにくくなるだけですし」
冒険者ギルドは国の組織ではない。だが国にいる以上、そこの国王の頼みを断ることは難しい。よっぽど理不尽な頼みで冒険者ギルドが多大な不利益を被るというのなら、他の国にある冒険者ギルドとも連携をとって対処していくだろうが、今回はそういった類のものではない。
俺に断る権利があるのは確かだが、さすがに向こうも断らせないようにいろいろとしてくるだろう。
「冒険者ギルドが問題ではないというのなら、一体何が問題なのだ?」
「はい。それは、敵の実力です。私は会場にいたので襲撃してきた敵はある程度知っています。その中には当然俺よりも弱い者は何人も混じっていました。しかし、中には俺と互角だったり、明らかに俺よりも上だとわかるくらいの実力の者までおりました。しかも、俺と互角かそれ以上と思われる者たちは、少なくともあの会場では捕まっていませんし、おそらく何人も逃げおおせたことでしょう。
それに、あの会場にいたのが敵の全戦力だったとは到底思えません。下手したら、あの場に来ていた者以上に強い者がいる可能性だってあります。
私は冒険者として、自分と同じかそれ以上の敵が何人もいそうなところにわざわざ潜入して、あろうことか彼らの擁する人質を救出するというような危険極まりないことはできません」
死の危険もある冒険者なんてしているが、俺だって死にたくはないのだ。わざわざ死地になる可能性が高いと事前にわかっているところに飛び込みたくはない。
「そなたの言うことはわかる。だが先ほども言ったように、そなたたちの仲間はほかに何人もいるのだぞ?」
「それも疑問の一つです。戦力が欲しいなら、騎士団や近衛、それこそ宮廷魔術師などを使えばいいのではありませんか?仮に私が強かったとしても、わざわざ冒険者、しかもまだ実績も経験も信頼もないに等しい子供の冒険者に頼むこともないと思いますが?」
これは最初から疑問に思っていたことだ。これは非常に引っかかている。そもそも、国王がわざわざこんな重大なことを俺に頼むということ自体が意味不明なのだ。
先ほど言ったように、武力が欲しいなら自分の部下である騎士団などに頼めばいいのだ。そのほうがこんな子供に頼むよりも安心だろうし、直接の部下なのだから、金で雇われているだけの者よりも信頼できる。俺より優秀な人だって何人もいるだろう。実際目の前にいる爺さんはもちろん、騎士団長だって明らかに俺よりも強そうだったし、宮廷魔術師は母さんと同じかそれ以上に強い人たちの集まる集団だ。そいつらを使えば何の問題もない。
彼らは国から給料をもらっているのだ。普段は訓練したりするだけで特に何かに貢献しているわけではないのに高い給料がもらえるのだから、こういった時くらい頑張れと言いたい。それに、彼らが普段訓練したりして国から給料をもらえるのは、こういう時に働かせるためだ。ここで動かさずに、いつ動かすというのだ。
「それは確かに正論だ。余だって当然冒険者よりも騎士団や近衛のような配下の兵士をたくさん動かしたかった。だが、近衛はともかく騎士団や宮廷魔術師を動かすことはできないのだ。だからお主らにも頼んでおるのだ」
これは理由を聞いてもいいものなのか?理由を聞いたら否が応でも関わり合いになるとかじゃないよな?好奇心は猫をも殺すという。なぜ近衛だけセーフ?とか気になることはあるが、ここは死なないように触れないでおこう。
「何か理由があるのはわかりました。しかし、やはりその依頼を受けることはできません。自分の力不足は自分が一番わかっていますから」
「だが、この依頼を受ければ前金はちゃんと渡すし、成功報酬は多大なものになるぞ」
「お金なら、地道に依頼をこなして稼ぎます。それに、ついさっきも臨時収入があったばかりですから」
確かにお金は大切だ。しかし、やはりお金よりも命だ。地獄の沙汰も金次第とは言うが、そもそもその地獄に行きたくない。方針は『命を大事に』だ。
「そんなに嫌なのか?」
「嫌ですね。この国の国民として、第四王女様の身が心配でないとは言いません。しかし、さすがに死ぬ可能性が高い依頼を受けることはできません。自分よりもこの依頼にもっとふさわしい方はたくさんいるはずですから」
国王からの依頼だ。俺でなくとも、喜んでこの依頼を受ける人は何人もいるだろう。ここで俺にこだわる意味は全くないはずだ。
「そなたは、ディアナの身よりも自分の身が大事だと申すのか?」
国王がまるでこちらを試すようにじっと見てくる。
これはかなりずるい質問だ。本当は『当たり前だ!』と言いたいところであるが、ここでそう言ったらまずいことになる。心の中ではどう思っていようとも、一国の姫よりも自分の命のほうが大事だというのは公に言っていいことではない。現代日本では権力者よりも自分の命が最も大事だというのは当たり前のことだった。天皇なり総理大臣なりと自分の命のどちらが大事かと問われて、自分の命と答えるのが普通であったし、誰もそれを咎めなかった。
だが、この世界では違う。人によって明確な身分差があるのだ。言論統制すらされてもおかしくない世界で、そんなことは言えない。
かと言って、逆にそうではないと言っても厄介なことになる。もしそう言ってしまえば、「それならディアナのためにこの依頼を受けろ」と言われるのが落ちだ。どっちに転んでもろくなことになりやしない。ここは言葉を濁すに限るな。
「そうは言っておりません。ただ、私の実力ではこの依頼を受けることはできないと言っているのです。自分はあくまでDランク冒険者です。この依頼を受けるには、Bランク以上が適任だと考えます」
こんな依頼絶対に受けてたまるか。どっかの主人公なら、ここでディアナを華麗に助けるのかもしれない。彼女は一国の姫だ。ここで彼女を助ければ、囚われのお姫様を助けるということになる。俺だってそういう漫画なりラノベなりを見たことはあるし、それをかっこいいと思ったことはある。だが、それはあくまで空想の話で、これは現実の話だ。
俺はもうこの世界で生きていくと決めた。それに、仮にここで死んだからといって、またどこかで転生できるという保証はない。俺は前世の分まで、楽しみながら長生きする。俺の本性なんて、ただの安全志向な小心者だ。好奇心はそれなりにあるし、それで危険に陥ることもあるが、始めから危険とわかるところに飛び込むことはできない。
小心者と言われようが、臆病者と言われようが構わない。もしかしたらこれを聞いて、『少女が囚われているのにそれを見捨てるとは何て奴だ』と思う人がいるかもしれない。確かにそうだ。ここで彼女を助けようとしないのは、善でも正義でもないだろう。だが、悪でもないと思う。
他人の価値観とか関係ない。俺は俺らしく生きる。この世界は、前の世界よりよっぽど実力主義だ。まだ自分の主張を無理やり押し通せるような力はないが、いずれそれだけの力をつけてみせる。そのためにも、俺はここで死ぬわけにはいかないし、こんな危険な依頼も受けない。前の世界では押しつぶされていた意見でも、力があればこの世界ではある程度押し通せるのだ。まだまだ死にたくはない。
「言葉を濁したな。だが、王都にいる冒険者のレベルは知っておるだろう。こちらの動かせる兵が限られている以上、そなたの力が必要なのだ」
それはわかる。実際、王都の冒険者ギルドにいた冒険者で俺よりも強そうなやつはまだ見たことがない。もっとも、元Aランク冒険者だというギルド長は俺よりも強そうだったが。
「しかし俺では……」
どれほど言われようが、こんな危険かつ味方の力すらもいまだ不透明な依頼を受けることはできない。
「陛下、もうおやめください」
「カリウス様…」
「この子は、そこいらの子供とは違います。儂の若い時もそうでしたが、良くも悪くも自分の力を分かっております。
確かにこの子の力も経験もまだ未熟じゃ。この依頼を受けるレベルには達しておったとしても、この依頼で危険に陥る可能性は高いですし、命を落としてもおかしくない」
「それはわかるが……」
「じゃが、それだけではない。この子は、事と次第によっては他国に行くことも考えております。いまだ幼いとはいえ、これほどの力があれば他国でも十分に暮らしていけます。高ランク冒険者になるでも、ほかの貴族や国のお抱えにもなれるでしょう」
そしてカリウスは、どこか懐かしいような、そして何か思い出すような顔をしている。
「その子は、自分の価値を正確に把握しております。自分にできることとできないことがわかっております。そして、どこか幼い」
「幼い?」
「はい。これが大人であれば、おそらくこの依頼を受けます。なぜならいくら非公式とはいえ陛下の依頼を断るというのはすなわち、この国の依頼を断るということ。仮にこの依頼を断れたとしても、この国で暮らすことを考えればよくないですし、他国に渡ったとしても、この国の国王の影響力が全くないところに行くとしたら、それこそものすごく遠くまで行かなければなりません。隣国に行っても意味はないのです。また、こやつの家族はこの国にいます。そこに与える影響も考えていません」
たしかにそうだ。仮に向こうが気にしていないといったとしても、友好的になるのは簡単ではないだろう。うちの家族だって困ることになってもおかしくはない。いくら非公式で断ってもいいと言われていたとしても、大人なら断らないと言われるとその通りかもしれない。とはいっても、やはり俺は断るな。もしかしたら、これがあの爺さんに幼いと言われる原因の一つかもしれないが。
「まあ、爺はこういう子供の教育には慣れております。陛下、作戦は何日後でしたか?」
「もろもろの準備を入れて、王都出発が三日、影が見つけたディアナが監禁されていると思われるアジトまで一週間だ」
「なるほど。つまり、〈テレポーテーション〉を使える儂が十日後にこの小僧を目的の場所まで連れていけばいいのですね」
「そうなるな」
これは嫌な予感がする。いや、これは予感ではなく確信だ。ここから一刻も早く逃げなくてはと、俺の本能が叫んでいる。
「テレ……」
「フンッ!」
俺は〈テレポーテーション〉で即効逃げようとしたが、それを使う前に先ほどよりもよっぽど強大な魔力に潰され、その後杖で一撃食らわされて俺は気を失った。魔力放出による圧力だけでこちらの動きを止められるのだから、本当に勝ち目がないと思う。
「相変わらず理不尽なほど強い爺じゃ。もしもその魔力をここにいるわしとそこで気を失っておる小僧以外の者が受けておれば、下手したらショック死してもおかしくないのじゃがのぉ」
「こ奴、今〈テレポーテーション〉を使おうとしおったわ。これは、本当に天才かもしれんな」
カリウスは久々に見た自分に届き得るかもしれない逸材に、大きく心を躍らせた。
「カリウス様、その子は一体どうするつもりですか?」
「安心せい。この爺は、洗脳などといったちんけな真似はせん。単純に修業をつけてやるだけじゃよ」
「それなら安心です。さすがに後輩がそんな目にあうのは嫌ですから」
騎士部部長は、それを聞いて一安心した。彼とて、同じ学校の後輩であり、以前妹も世話になった男の子が心配だったのだ。
「もっとも、かなり厳しい修業じゃがな。わしとて音を上げた修業じゃが、そのわしより素質のありそうな小僧なら、もっと厳しいかもしれんな」
「何を言う。決行まで十日しかないのじゃ。本格的な指導はそれが終わってからじゃよ。今回やるのは、あくまで入り口も入口のところだけじゃ」
「それでも十分すぎるほどきついがの」
「この小僧なら大丈夫じゃろう。それでは陛下、儂はこやつと先に帰っておきますので」
カリウスはそう言って、〈テレポーテーション〉で学校から出た。
「あの者は大変じゃろうな」
「陛下もカリウス様の修業を受けたことが?」
「あれは受けたとは言わんな。昔無理言って受けたことがあるが、一時間もしないうちに音を上げたのじゃ」
「わかるぞ。わしですらきつかったからな。こと魔法に関しては凡人の貴様ではずいぶんと無理があったじゃろう。それが数分だとしてもお主には十分すぎるじゃろう」
「はい。あれでカリウス様という偉大さの片鱗がわかったきがします。もっとも、余の実力ではあの方のすべてを計ろうなどとは恐れ多いですが」
「それはわしもじゃよ」
「「(どんなにきつい修業なんだ!)」」
カリウスの修業を受けたことのない侯爵とユリウスは、カリウスの厳しすぎると言われる修業に恐怖しながら、強制的に連れていかれたウォルコットに同情した。




