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まさかの事実

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 建国祭の翌日。

 みなもは森の小屋へいつでも戻れるよう、二階の部屋で荷造りをしていた。


 街で仕入れた薬草や薬研などの道具を革袋に詰めてから、衣服を折りたたんでいく。

 普段着に混じり、庶民の暮らしとは程遠い物が目に入る。思わずため息がこぼれた。


(まさか貰えるとは思わなかったよ、これ……)


 目の前にあるのは、昨日身につけていた女神の衣装。

 装飾品は宝物庫へ戻ったが、衣装は例年、女神役をした人間に褒美として贈られることになっていた。


 毎年そうならばと受け取ったは良いが、扱いに困ってしまう。

 王から与えられた物を売る訳にも、捨てる訳にもいかない。

 かといって、こんなドレスをまとう機会など、これから先あるとは思えない。


(もったいないけれど、衣装棚の奥で寝たきりになってもらうしかないか)


 もう一度ため息をついてから、ドレスを横へ置き、その下にあったショールへ手を伸ばす。


 朝日に照らされて輝く湖の上に咲いているような、百合の刺繍。

 その爽やかで優美な姿が、姉のいずみと重なった。


(……できればこのショールは、また使ってあげたいな)


 ゆっくりと何度か撫でて、その感触を楽しんでいると――。

 ――下の階から「よお、邪魔するぜ」という、浪司の声が聞こえてきた。


 みなもはすぐに立ち上がり、部屋を出て階段を下りていく。

 すでにテーブルについていた浪司とレオニードが、同時にこちらへ顔を向けた。


 軽く手を挙げて挨拶する浪司へ、みなもは「やあ」と答えてからレオニードの隣へ座った。


「いらっしゃい、浪司。パレードの時に見かけたから、今日来るんじゃないかって思ってたよ」


「おおよ。お前さんたちの晴れ舞台、しっかり見させてもらったぜ」


 浪司は歯をニッカリと見せ、目を細めて笑う。


「まさかあそこまでべっぴんさんになるとは思わなかったぞ。これで女に戻る決心がついたんじゃないか?」


「うーん……前よりも抵抗感はなくなったけど、まだ恥ずかしいから、すぐには戻らないよ。レオニードも、焦らなくて良いって言ってくれてるしね」


 みなもが隣へ視線を流すと、レオニードは少し困ったような微笑を浮かべつつ、小さく頷いた。

 それを見て浪司がやれやれと肩をすくめる。


「この調子じゃあ、戻るのはまだまだ先だな。……まあ、その方が街の女性陣は喜ぶだろうから、生涯その格好っていうのも良いかもな」


「俺が男のほうが、女性は喜ぶの? そんなに喜ばれるような容姿じゃないと思うんだけれど」


 いまいちピンとこないみなもへ、浪司はおもむろに荷袋の中から一枚の折りたたまれた紙を取り出し、差し出した。


「二人とも、ちょっとそれを見てみろ」


 みなもは首を傾げながら紙を手にすると、開いてレオニードと一緒に覗き込んだ。

 

 見た瞬間、思わずみなもの目が点になる。


 チラリと隣を見ると、レオニードはテーブルに肘をつけ、ため息混じりに頭を押さえていた。


 ただ一人、浪司は二人の困惑する様子を、面白そうにニヤニヤと眺めていた。


「ち、ちょっと……こんなことやってるなんて聞いてないよ!」


 みなもの声が動揺で裏返る。

 何かの間違いではないかと紙面を凝視するが、書かれた内容は覆られなかった。


 紙に書かれていたのは、劇の宣伝だった。


 ヴェリシアの英雄と、異国の薬師の恋物語。明らかに自分たちを題材にした内容だ。

 ――設定はどちらも男性のままで。


「城の侍女から聞いた噂に刺激されて、脚本家が一気に台本を仕上げたらしい。今一番人気の劇で、もう何度も再演されているぞ」


 城での噂が街に流れているのは知っていたが、まさかここまで大事になっているとは思わなかった。

 浪司の説明を聞きながら、みなもは顔を引きつらせる。


 ふとレオニードから、「だからアイツも知っていたのか」という呟きが聞こえてきた。


「レオニード、このこと知っていたの?」


「……いや。薬を卸しに行った時に店の主が、俺たちの関係を街の半数が知っていると言っていたんだ。……まさかこういう理由だったとは――」


 取り返しのつかない事態に、二人してため息しか出てこなかった。


 でも、どうにかできないなら開き直るしかない。

 そうみなもが割り切ると、今度は笑いがこみ上げてきた。


「みんな物好きだね。まあ、二、三年もすれば飽きるだろうから、それまでの辛抱だよ」


 ポン、と肩を軽く叩くと、レオニードが鈍い動きでこちらを向く。


「二、三年か……長いな」


 不本意そうなレオニードに、みなもはズイッと顔を近づける。


「こういうことは諦めが肝心だよ。それとも、みんなが飽きるまで俺と離れてやっていきたい?」


「そ、それは困る。……分かった、どうにか割り切っていく」


 内心、納得できていないのだろう。まだレオニードの表情は晴れない。

 けれど、これ以上追い詰めると可哀想な気がする。


 みなもはニコリと笑うと、レオニードの頬に口付けた。


「周りがどう騒ごうとも、俺はレオニードと離れたくないから」


「……俺も同じだ」


 やっとレオニードの顔から力が抜け、わずかに微笑み返す。

 

 互いに見つめ合っていると、浪司がゴホンと咳払いした。


「ワシがいること忘れてないか? お邪魔だっていうなら、今日はこれで帰っちまうぞ」


「ごめんごめん、浪司。久しぶりに会えたんだから、たっぷり土産話を聞かせてよ」


 弾かれたようにみなもは浪司に顔を向けると、片目を閉じてから立ち上がった。


「浪司のために、とっておきの珍味を手に入れたんだ。今持ってくるから」


 そう言うと、みなもは二人に背を向けて台所へと向かう。

 思わず頬を緩ませつつ、目に弧を描きながら――。




 レオニードとともに暮らし、たまに浪司が訪れるという日々。

 やっと手に入れた、穏やかで温かな日常。


 この幸せを脅かさないなら、劇でも何でもすればいい。

 むしろ、どんな内容なのか一度観てみたい。


(もし次に公演があるなら行ってみたいな。変装も兼ねて、女性に戻って――)


 何かしら口実を作って少しずつ慣れていけば、遠くない内に女性として過ごすことになっていくだろう。

 女神の役をこなした今、以前よりも早くそうなりたいと思っている。


 

 女性でありながら、戦場に立ち続けた女神ローレイ。

 そんな彼女の強さが、少しだけ自分に宿ってくれたような気がした。



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