【第7話】女狐令嬢の最終面接
包帯を解いて、カツラを外して、メガネを取る。
わざと描いたそばかすはそのままだけど、まあ及第点でしょう。
「改めまして。エミリア・フォックスです。本日はお集まりいただきありがとうございます」
私がにっこり天使スマイルを浮かべると、応接間の時間が止まった。
ディーン様は椅子ごと後ろにひっくり返った。ブライアン様は片眼鏡がずり落ちて、拾うのを忘れている。アッシュ様は、匙を口に運ぶ手を止めたまま、三皿目の上で固まった。
三人とも、瞬きをしていなかった。
三秒。四秒。
私が小さく咳払いをして、やっと部屋が息を吹き返した。
うんうん、知ってる。私、とんでもない美女なのよね。この反応、何度見ても気持ちがいいわ。前世でアイドルが現場入りした瞬間のスタジオって、こんな空気だったなあ。
……ただ。あの時は、誰かが必ず先に笑ったのよね。「かわいー!」とか「オーラすごっ!」とか、誰かが声を上げて、それで空気が動いた。
今のこの部屋は、誰も、何も言わなかった。
まあ、私の美貌が規格外だったということでしょう。うん、そういうことにしておくわ。
「め、めめめメイドがご令嬢?!いやご令嬢がメイド?!」
「……変装して我々の人柄を確認していたのか。招いておいて値踏みとは、いい度胸だ」
ブライアン様は片眼鏡をかけ直して睨んできたけど、耳が赤いのは見逃さなかったわよ。
「ええ、値踏みさせていただきました。だってこれは面接ですもの」
「めんせつ?」
「私のチームに入っていただく前の、最終面接です。ちなみに皆様、合格です。おめでとうございます」
「「は?!」」
私はマリーが運んできた新しいお茶で一息ついて、例のノートを開いた。徹夜で書き上げた、サバイバル演習必勝作戦の企画書。前世で何百本も書いた企画書に比べたら、羊皮紙のノートは書きにくいったらないけど、中身には自信がある。
「サバイバル演習は入学の五日後、王家の森で三日間。チームは四人から六人。各チームに水晶旗が配られて、自分の旗を守りながら他チームの旗を集める。集めた旗の数と生存日数で得点が決まる。……ここまでは、皆様ご存じの通り。ここからが本題よ。去年の演習の負傷者は十四人。そのうち十一人は、開始直後の力押しの衝突と、夜明け前の奇襲で出ています。つまり、初日に正面から戦うチームから順番に消えていくの」
「ちょっと待て、なんでお前が去年の演習の負傷者数まで知ってんだよ?!」
「優秀な情報源がいるのよ」
マリーが給仕をしながら、ちょっと得意げな顔をした。在学生の情報網、本当に頼りになるわ。
「私の作戦は単純です。強いチームと戦わないこと。戦う前に、他のチーム同士を戦わせて潰し合ってもらうこと。私たちは最後においしいところだけをいただきます」
「はあ?!そんなの騎士道に反する……」
「ディーン様。去年の優勝チームの旗の数は?」
「た、確か七本……」
「私の作戦なら十二本獲れます。そして一番強いチームは最後まで残しておいて、万全の状態のあなたが一騎打ちで倒す。壇上で表彰されるのは、史上最多得点で優勝したチームの、エースのあなた。……どう?今まで戦った中で一番面白い演習になりそうじゃない?」
ディーン様の目がキラッキラに輝いた。よし、大型犬一名確保。
「ブライアン様には、演習中の全チームの動きの記録と分析をお任せします。演習の結果は入学後のクラス分けと成績に直結する。史上最多得点チームの頭脳が誰か、教師陣に嫌でも伝わるでしょうね。首席への最短ルートだと思うけど」
「……仮に乗るとして、ひとつだけ確認したい。作戦の出来より大事なことだ。私たちは三日間、君に背中を預けることになる。——噂では、君は使用人をいたぶって笑うような人だと聞いている。人を傷つけるのが趣味だというのは、本当か?」
きた。この質問を待ってたのよ。作戦の穴じゃなくて人柄を確かめにくるあたり、この人が一番まともだわ。
「いいえ。人を傷つけるのは趣味じゃないし、うちのメイドは私の一番の味方よ。ね、マリー?」
「はい!お嬢様は昨夜も、私の淹れたお茶を世界一だと褒めてくださいました!」
「……ただ、綺麗ごとも言わないでおくわね。私は目的のためなら自分の悪評だって道具にするし、先に仕掛けてきた相手には容赦しない。聖女を期待しているなら、この話はなかったことにしてくださって結構よ」
「……ふ。は、ははは!」
ブライアン様が初めて笑った。片眼鏡の奥の目が、面白い実験対象を見つけた研究者みたいになってる。
「いいだろう。『私は聖女です』と微笑まれるより、よほど信用できる。乗った」
「アッシュ様は?」
アッシュ様は、三皿目を静かに空にして、匙を置いた。
そして、ぼそりと一言。
「……これは、何だ」
「プディングです。私の故郷の菓子ですわ」
「故郷。……どこだ」
「とても、遠いところ」
彼は、しばらく空の皿を見つめていた。
そして、生まれて初めて言葉を覚えた子供みたいに、たどたどしく聞いた。
「他にも、あるのか。俺の、知らない菓子は」
——ああ。
この人、味に感動しているんじゃないわ。
「知らないもの」に、飢えているのね。
「ええ、いくらでも。二度と同じものは出しません。演習が終わるまで毎日、あなたが生涯食べたことのない菓子をお出しします。……ただし、私のチームにいる間だけですけれど」
「……契約だ」
即答だった。この人が今日いちばん多く喋った瞬間だったと、後でマリーが証言している。
交渉成立。私は三人と順番に握手を交わした。あとで聞いたらマリーは、この光景を「魔王が幹部を集めているみたいでした」と評した。失礼ね、天使よ。
三人を裏門まで見送って、馬車が見えなくなるまで手を振って、扉を閉めた。
その瞬間、膝から力が抜けた。
……あら。
たかが商談ひとつで? 三徹で企画を三本通した女よ、私は。
この身体、思っていたよりずっと、体力がないみたい。まあ、十二歳ですものね。育ち盛りには休息が必要だわ。
私は手すりに掴まって、ゆっくり階段を上がった。
***
その夜、本館の書斎で、ミラー伯爵は苛立っていた。
別館に出入りする複数の馬車を見た、と庭師が報告してきたのだ。あの人形が、私の許可なく客を招いただと。
伯爵は暖炉の裏の水晶に手を伸ばし、いつものように呪契約の詠唱を始めた。エミリアがどこで何をしていようと、この水晶は距離に関係なくあの娘に痛みを与える。目を覚まして生意気になった人形には、躾が必要だ。
——だが、その夜。
水晶に触れた伯爵の指先に、ちりっ、と針で刺すような痛みが走った。
「……?」
伯爵は気のせいだと思うことにした。それが何の始まりなのか、この時の彼はまだ知らない。




