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元社畜ADは女狐に転生し、狼王子を翻弄する  作者: 鷹居鈴野


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【第6話】包帯メイドと三人の来客

午後になって、別館の裏門に地味な馬車が一台、また一台と到着した。


手紙には「人目を避けたいので、平民のような服装で別館の裏門にお越しください」と書いておいた。私の悪評は現在社交界で絶賛拡散中だから、この屋敷に堂々と出入りしたなんて知られたら彼らにも迷惑がかかるものね。我ながら完璧な気配りだわ。


ついでに言うと、地味な服装で来られる方が、こちらとしても観察しやすい。前世のテレビ業界で学んだことのひとつ、人間の本性は、キラキラした衣装を脱がせた時と、相手が「ただの下っ端」だと思ってる時に一番よく見える。


だから私は今日、エミリアではなく包帯メイドの「エマ」として彼らをお出迎えする。


「ようこそお越しくださいました。お嬢様は只今準備中でございますので、私エマがお茶をご用意いたします」


応接間に通した三人は、見事にバラバラだった。


一人目、ダッシュ家のディーン様。赤茶の髪を短く刈った大型犬みたいな少年で、平民の服を着てるのに背中に剣を背負ってきた。おい、全然お忍びになってないわよ。


「なあメイドさん!ここのご令嬢ってのは、本当にこんな天使みたいな顔なのか?!この肖像画、詐欺じゃないのか?!」


声もでかい。番組に一人いると本当に助かるタイプの、リアクション大王だわ。


二人目、シリル家のブライアン様。艶のある黒髪に銀縁の片眼鏡、いかにも頭が良さそうな美形で、ソファに座る前に部屋の出入り口の数を数えていた。うわ、警戒心の塊。こういう人は口説くより、利害で落とす方が早いのよね。


……なんて、人のことは言えないわね。


私だってこの部屋に入った時、真っ先に出口を二つ数えたもの。癖なのよ。前世の、最後の現場から。


「騒ぐな、ディーン。……メイド、確認したい。この茶に何か入っているか?」


「毒見でしたら、この場で私が三杯ともいただきますわ。……そのあと、皆様の分をお淹れ直しするまで、しばらくお待ちいただくことになりますけれど」


「……いや、いい」


三人目、ドスラキ家のアッシュ様。何も言わずに部屋に入ってきて、何も言わずに座って、卓上の菓子皿をじっと見つめている。身長は180近い体躯、灰色の髪、無表情。


この人への手紙には、こう書いた。


『あなたが生涯一度も食べたことのないお菓子を、お出しします』


伯爵家のご子息に、焼きたての菓子を差し上げますなんて書いても意味がない。この人たちは、望めば毎日でも一流の菓子職人の菓子が食べられるんだもの。


でも「食べたことのないもの」なら、この世界の誰にも用意できない。私以外はね。


そして案の定、この無口な巨人は、皿の上の見慣れない菓子から目を離せずにいる。


「どうぞ。プディングと申します」


黄色い半球を匙で崩して、褐色の蜜が流れ出した瞬間。


アッシュ様の眉が、ほんの一ミリ、動いた。


私がお茶を注いで回っている間、三人は「ただのメイド」の前で実に正直に話してくれた。


「で、ブライアンはなんで来たんだよ。お前、例の噂を一番バカにしてたじゃねーか」


「手紙の文面が、妙に引っかかったからだ。『サバイバル演習で首席を確実に取りたいのなら、まずは私の話を一度聞いてみるべきですわ』……正直、半分は興味本位だ。首席を逃す訳にはいかない身としては、無視できる一文じゃなかった」


あら、ちゃんと引用してくれて嬉しいわ。あの一文、朝の三時に書き直した渾身の一行なのよ。


「俺なんか『テオドール様と、一騎打ちで思う存分やり合っていただきますわ』だぜ?!何でそれ知ってんのか知らねーけど、めちゃくちゃワクワクするだろ!」


「お前はそういうところだぞ、ディーン」


アッシュ様は、無言でプディングの二皿目に手を伸ばした。


ところでディーン様、さっきからずっと私の肖像画を手放さないのよね。裏返したり、陽にかざしたり、指で縁をなぞったり。話に相槌を打ちながら、結局一度も卓に戻さない。


……あの絵、返していただけるのかしら。


まあ、束で持ってきているうちの一枚ですもの。惜しくはないけれど。


「しかし、噂と違いすぎるのも不気味だ。ここのご令嬢は精神を病んで暴れると聞いたが……この屋敷、静かすぎる。使用人の数も、伯爵家の別館にしては少なすぎる。それにさっきから気になっていたが……」


ブライアン様の片眼鏡がきらりと光って、私に向いた。


「そこのメイド。その包帯、本当に怪我をしているのか?」


うっ。さすが首席狙い、目ざといわね。


私が返事をする前に、ずっと黙っていたアッシュ様が、匙を持ったまま、ぼそりと言った。


「……その手。皿の持ち方、メイドじゃない」


え、嘘、そこ?!お茶の注ぎ方は完璧に練習したのに、皿ですって?!


三人の視線が私に集まる。ディーン様だけが「え?なになに?どういうこと?」ときょろきょろしている。うん、あなたはそのままでいいわ。


……まあ、いいでしょう。予定より少し早いけど、ここからが本番よ。


私は一度お辞儀をして、ゆっくりと顔の包帯に手をかけた。

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