【第46話】ざまあ大作戦・企画書(決定稿)
寮の私の部屋に、作戦会議のメンバーが揃った。
ディーン様、ブライアン様、アッシュ様、マリー、そしてなぜか当然の顔で一番いい椅子に座っている第二王子。
「王子殿下が女子寮にいるの、大問題では?」
「窓から入った。誰にも見られていない」
「もっと大問題ですわ!!」
まあいいわ。人手は多いほうがいい。私は羊皮紙を広げた。
「では、企画会議を始めます。『ざまあ大作戦・決定稿』」
「タイトルの品がないな」
「ブライアン様、企画書はタイトルが命なんですのよ。中身を一言で表せない企画は、絶対に通りません」
前世で学んだ数少ない真理よ。
「作戦の目的は三つ。ひとつ、伯爵の八年間の虐待を、言い逃れのできない形で公にすること。ふたつ、私にかけられた呪契約を解除すること。みっつ、フォックス伯爵領を、あの人から取り返すこと」
「三つ目は、聞き捨てならんぞ」
ロブ王子が身を乗り出した。
「爵位と領地は本来、ランスロット様のご息女であるお嬢様のものです」
マリーが静かに言った。この子、いつのまにか完全に共犯者の顔になってるわね。
「そういうことですわ。……といっても、私、あの領地が欲しいわけではありませんの。ただ、あの人が私から吸い上げた魔力で飾り立てた土地には、あの人に絞られた領民もいるはずでしょう?——ですから、調べていただきましたの。ブライアン様に」
ブライアン様が、几帳面な字で埋まった帳面を開いた。
「フォックス伯爵領の魔力灯は、王都より三割多い。だが同時に、この十年で領民の魔力税は二倍になっている。搾取した魔力で見栄えのいい領地を作り、なお領民からも取っていた。……典型的な、破綻寸前の見せかけだ」
「ええ。あの人は今、一年ぶんの蓄えを食いつぶして、魔力が一滴も入ってこなくて、焦っておりますわ。焦った人間は、必ずボロを出しますの。……ですから、こちらから舞台を用意して差し上げるのです」
私はノートに、大きく段取りを書き出した。
【企画:晩餐会の告発】
一、招待に応じ、私が単身で伯爵邸に赴く。伯爵は必ず、監査の前に私を「元の人形」に戻そうとする。八年間そうしてきたのだから、他のやり方を知らない人よ。手段はおそらく薬。監査官の前で私に虚ろな笑顔で「良くしていただいております」と言わせるための、思考を鈍らせる類のもの。
——ちなみにこの読みは、ブライアン様の帳面に裏付けがある。伯爵領の闇市の出入り記録に、伯爵家の執事の名前が三度あった。買われていたのは『静穏の水薬』。裏の通り名は、人形薬。
「飲まされる前提で行くというのか。正気か」
「飲みますわよ。ただし、飲んだふりで」
前世で覚えた小細工の中でも、いちばん地味で、いちばん役に立つやつよ。飲まされる場所も、飲まされる順番も、あちらが決めてくれるんだもの。こちらは口に含んで、袖に吐き出すだけ。あとは、あの日と同じように演技をすればいいの。呪いの水晶で痛がるふりをした時と、まったく同じようにね。
二、その現場を、王弟府の監査官に押さえていただく。
ここが、この企画の肝よ。
監査の日取りは、規則で必ず事前に伯爵へ通告される。つまり伯爵は、監査官が「何日に」来るかを知っている。知っているからこそ、その前夜に私を呼んで、薬を飲ませて、翌朝までに人形を仕上げるつもりでいる。晩餐の日取りが監査の前日にぴたりと重なっているのは、偶然じゃない。あの人の段取りだわ。
——ならば、その段取りに乗ってあげましょう。
監査官には、通告した日の「一日前」。つまり晩餐のその夜に、表玄関から堂々と、鐘を鳴らして来ていただく。
三、伯爵は必ずこう思うはずよ。「一日早い。だが、間に合った」と。
なぜなら目の前には、たった今、薬を飲ませたばかりの従順な人形が座っているのだから。
伯爵は、慌てて監査官を迎えに立ち、そして——自分の手で、その人形を証拠として差し出す。
一日早いのは、事故じゃありません。仕掛けですわ。
四、告発のあと、呪契約を解除する。
——ここに一行、備考を書いておく。
『解除には契約者の血が要る可能性あり。要・事前確保。伯爵の身柄を押さえた時点で、王弟府に採らせておくこと』
前世で学んだ鉄則よ。撤収の段取りは、ロケが始まる前に決めておくの。終わってから慌てて探すものが一つでもある企画は、必ずどこかで事故が起きるんだから。
「マリー。あなたにお願いしたいのは、屋敷の使用人たちよ」
「はい」
「八年間、伯爵の虐待を見てきた人たちがいる。クリスに水をかけられて、水晶で拷問されたメイドがいる。……その人たちに、証言してもらいたいの。でも」
私は言葉を切った。
「絶対に、無理はさせないでちょうだい。証言すれば、その人たちは職を失うかもしれない。家族に迷惑がかかるかもしれない。私は、私を助けるために誰かの人生を差し出させるつもりはありませんわ。……ですから、こう伝えてちょうだい。『話せる人だけでいい。話せない人は、何も見なかったことにしていい』と」
マリーの目が、みるみる潤んだ。
「お嬢様……あの、そのお言葉、そのまま伝えてもよろしいですか」
「ええ」
「……だめです、お嬢様。それを伝えたら、たぶん全員が話しますから」
マリーが目元を拭っているあいだ、ずっと黙って聞いていた人が、口を開いた。
「エミリア。俺の役割は?」
私は少しだけ、ためらった。
「殿下は、来ないでください」
部屋が静まり返った。
「王族が一伯爵家の内紛に首を突っ込めば、政治問題になります。殿下は寵姫様のお子で、王宮でのお立場が複雑だと伺いました。私のために殿下の立場を悪くするのは、本意ではありません」
これは本心よ。前世で私は、庇ってくれた先輩ADが上司に睨まれて、現場を外されるのを見たことがある。誰かに庇ってもらって成立する勝ちなんて、私は要らない。
長い沈黙のあと、ロブ王子は静かに笑った。
「エミリア。お前は本当に、俺の予想を裏切るのが上手いな」
「褒めていらっしゃる?」
「腹が立っている」
王子は立ち上がって、私の目の前に立った。金色の目が、まっすぐに私を見下ろす。
「森の夜、俺はお前に助けられた。罠にはまった見知らぬ男に、手当てをして、飯を食わせて、説教した。あの時お前は、俺の身分も、家柄も、利用価値も、何ひとつ知らなかった」
「……はい」
「あれ以来、俺は生まれて初めて、『顔でも身分でもない俺』を見た人間に会えたんだ。その恩は、まだ返し終わっていない」
心臓が、変な打ち方をした。
しまった。これ、社畜には一番効く言葉だわ。誰も見ていないと思っていた仕事を、見ていた人がいたっていうやつ。
「……立場が悪くなっても?」
「言っただろう。目立つな、分をわきまえろと言われて生きてきた。——うんざりしていたんだ」
彼はそこで、いたずらっぽく笑った。
「それに、俺が行かなくてもお前は勝つんだろう。俺はただ、隣で見物したいだけだ。人生で一番面白いものを、特等席で」
……ずるいわね、この王子。
「ですが殿下。王子殿下が正面から乗り込めば、それこそ政治問題ですわ」
「乗り込まん」
ロブ王子は、けろりと言った。
「王弟府の監査官には、随行の書記が一人つく。叔父上の署名がある以上、それは王家の使いであって、王子ではない。……名簿の末席に、名前のない書記が一人増えるだけだ」
「……それ、叔父上様は承知の上ですの?」
「叔父上は『見なかったことにする』と言った」
この国の王族、全員こういう手を使うのね。
私は負けを認めて、企画書の余白に一行書き足した。
『特別出演:狼王子(本人希望・役柄=名もなき書記)』
……端役から始めるのは、この人の得意技だものね。




