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元社畜ADは女狐に転生し、狼王子を翻弄する  作者: 鷹居鈴野


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【第43話】削られていく命

宮廷医師が、学院の医務室に現れたのは、競技会から三日後のことだった。


初老の女性で、白髪を一分の隙もなく結い上げ、首から、いくつもの小さな水晶を提げていた。


「フォックス卿のご令嬢ですね。……失礼」


彼女は、挨拶もそこそこに、私の手首を取った。


冷たい指先だった。


***


診察は、静かに進んだ。


水晶の一つを、私の額に。もう一つを、胸の上に。それぞれが、淡く光っては、消えた。


医師は、時折、眉を寄せた。何かを、手元の帳面に、書きつけていく。


「深呼吸を、なさって」


「はい」


「もう一度」


言われるまま、私は、何度も、息を吸って、吐いた。


その間、医師の表情は、一切、変わらなかった。それが、かえって、不気味だった。


***


「……お伺いしても、よろしいでしょうか」


一通りの診察が終わったところで、医師は、ようやく口を開いた。


「近頃、疲れやすい、と感じておいでですか」


「少し」


「食欲は?」


「……普段より、落ちておりますわ」


「眠りは、浅くありませんか。夜中に、理由もなく目が覚める、というような」


「……ええ」


自分でも、気づいていなかった変化を、一つずつ、言い当てられていく感覚だった。


***


「フォックス卿」


医師は、帳面を閉じて、私を、まっすぐ見た。


「単刀直入に申し上げます。……あなたの中で、何かが、確実に、削られています」


「削られている?」


「魔力ではありません。魔力は、むしろ、有り余るほどおありのようだ。……削られているのは、もっと、根本的なもの」


彼女は、言葉を選びながら、続けた。


「生命そのもの、と申し上げれば、伝わりますか」


***


その言葉は、思ったより、静かに、私の中へ落ちてきた。


——生命が、削られている。


前世で、私は、一度、死んでいる。今度は、その心構えがある分だけ、冷静でいられているのかもしれない。


「原因は、あの、十二歳の誕生日の術、ですの?」


「おそらくは」


医師は、慎重に、頷いた。


「フォックス家の抑制の儀式は、代々、王家が管理してまいりました。……ただ、正直に申し上げると、これほど強い反応が出た例は、私も、記録でしか見たことがありません」


***


「どのくらい、時間が、ありますの」


私は、できるだけ、平静な声で聞いた。


「わかりません」


医師は、正直に答えた。


「記録に残る過去の例では、数年で命を落とした方もいれば……逆に、何十年も、大きな変化なく過ごされた方も、いらっしゃいます。何が、その差を分けるのか——正直、私どもにも、わかっておりません」


「便利な言葉ですのね、『記録』というのは。都合の悪いことは、みんな、そこに逃げ込めますもの」


つい、皮肉が口をついた。医師は、それを、咎めなかった。


***


「ただ、一つだけ、申し上げられることがございます」


医師は、水晶を、帳面と一緒に、鞄にしまいながら言った。


「無理に、魔力を使わないこと。感情を、過度に昂らせないこと。……あなたの体は、常人よりも、多くの負荷に耐えているようですが、耐えられる、ということと、無傷である、ということは、違います」


「肝に銘じておきますわ」


「王宮には、この件、報告いたします。今後、定期的な診察を、お受けいただくことになるかと」


***


医師が帰ったあと、医務室に、一人、取り残されて。


私は、しばらく、天井を見上げていた。


——死ぬ、かもしれない。


いつか、じゃない。この体は、今も、少しずつ、削られている。


不思議なもので、恐怖より先に、腹立たしさが、こみ上げてきた。


前世で、ロケ現場のごたごたに巻き込まれて死んで。今度は、生まれ変わった先で、他人の都合で作られた術に、命を削られる?


冗談じゃないわ。


***


「エミリア」


扉が開いて、ロブ様が、入ってきた。


学院長から、話を聞いたのだろう。顔色が、悪かった。


「聞いたぞ。……大丈夫なのか」


「大丈夫かどうかは、医師様にも、わからないそうですわ」


「そんな、他人事のように」


「他人事にしないと、やっていけませんもの、こういう話は」


彼は、何も言わずに、私の隣に、腰を下ろした。


***


「ロブ様」


「なんだ」


「あなた、あの抑制の術について、何かご存知でしたら、教えてくださいまし」


彼は、少し、黙った。


「……あの儀式が、何をするものかは、俺も、知っている。だが、なぜ王家が、代々それを続けているのかまでは——俺にも、教えられていない」


「王太子殿下も?」


「兄上も、知らないはずだ。……前に、そう言っていた」


***


「王宮には、書庫があるはずですわ」


私は、天井から視線を外して、彼を見た。


「二百年、続いている契約なら、どこかに、記録が残っているはず」


「探るつもりか」


「ええ」


私は、体を起こした。


不思議と、力が湧いてきた。


「命を削られているなら、なおさら、知りたいですもの。……何に、削られているのか」


***


窓の外、春の陽が、医務室の床に、四角い光を落としていた。


——削られていく命。


その正体を、私は、まだ、知らない。


けれど、知らないままでいるほうが、もっと、怖い。


だから、私は、決めた。


いつか、あの契約書の続きを、必ず、見に行く。

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