表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元社畜ADは女狐に転生し、狼王子を翻弄する  作者: 鷹居鈴野


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/50

【第42話】針の止まった水晶

「別の水晶を、持ってこい!」


教官が、そう叫んだ。


数分後、二つ目の測定水晶が運ばれてきた。今度は、去年の予算で買ったばかりの、新品だという。


「エミリア嬢。もう一度、お願いします」


私は、言われるまま、掌をかざした。


光。


そして、また、同じことが起きた。


針は、上限に達した瞬間、動きを止めた。数字を弾き出す前に、すべてが、静止した。


***


「……壊れている、というわけではなさそうですね」


三人目の教官——魔術理論の担当だという初老の男が、水晶を、様々な角度から検分しながら、呟いた。


「一つ目も、二つ目も、同じ壊れ方をした。……それは、壊れたんじゃない。振り切れたんです」


「振り切れた?」


「この水晶が測れる上限を、超えたということですよ。ご令嬢の魔力量が」


会場が、静まり返った。


***


私は、自分の手を見た。


何も、変わったところはない。いつも通りの、私の手。


「あの……私、普段、これといって、魔法らしい魔法を使った覚えは」


「それが、余計に不気味なんですよ」


教官は、額の汗を拭った。


「これほどの魔力量なら、日常のちょっとした所作に、漏れ出てもおかしくない。……なのに、あなたは、これまで一度も、その気配を見せなかった」


「……」


「まるで、何かに、蓋をされているようだ」


***


その言葉に、私は、心臓が、一つ、跳ねるのを感じた。


蓋。


抑制。


十二歳の誕生日に、王城で受けた、あの術。


——あれは、加護を封じるだけの、儀式的な作法だと聞いていた。まさか、本当に、何かを、堰き止めていただなんて。


「大丈夫か」


隣で、アッシュ様が、小さく聞いた。


「ええ、大丈夫ですわ」


答えながら、私は、頭の芯に、鈍い痛みを感じていた。


***


周りの生徒たちが、遠巻きに、こちらを見ていた。


「フォックス家のご令嬢、計測不能ですって」


「傾国の美姫って、噂は、本当だったのかしら」


「怖いこと言わないでよ」


——傾国の美姫。


聞き覚えのある言葉だった。悪い意味で使われる時と、畏怖の対象として使われる時と、両方ある言葉。


その意味を、私は、まだ、よく知らない。誰も、詳しくは教えてくれない。


「マリー。あの言葉、なんのことか、知っている?」


「……昔の言い伝え、としか」


マリーの返事は、いつになく、歯切れが悪かった。


***


「エミリア」


人だかりをかき分けて、ロブ様が、こちらへ来た。


その顔は、いつになく、真剣だった。


「大丈夫か」


「先ほどから、皆様に、同じことを聞かれておりますわ。……本当に、大丈夫ですのよ」


「そうは見えない」


彼は、私の顔を、じっと見た。


「顔が、白い」


***


「これは、俺から、上に報告する」


「ロブ様が? そんな、大袈裟な」


「大袈裟にする必要がある」


彼は、珍しく、譲らなかった。


「フォックス家の加護持ちが十二歳で受ける抑制の術は、王家が管轄する儀式だ。……その儀式に、何か異常があるなら、学院の教官の手には負えない」


「何か、ご存知ですの?」


彼は、少し、言葉を選んだ。


「術の中身までは、俺も、知らされていない。……ただ、あの儀式が、ただの作法じゃないことだけは、知っている」


***


学院長が、慌てた様子で、駆けつけてきた。


「エミリア嬢。……この件、王宮に報告いたします。あなたには、追って、宮廷医師の診察を受けていただくことになるかと」


「診察、ですの? 私、どこも悪いところは」


「念のため、です」


学院長の目が、微かに、泳いでいた。


——この人、何か、知っている。


そう思ったけれど、それ以上、追及する元気は、その時の私には、残っていなかった。


***


その夜、寮の自室で、私は、鏡の前に座っていた。


顔色は、確かに、いつもより白い。


体は、重かった。競技会一日を走り回っただけにしては、不自然なほどに。


「お嬢様。お食事は」


「……今夜は、いらないわ」


そう言ってから、自分の声の弱さに、少し驚いた。


こんなことを言うのは、この世界に来て、初めてだった。


***


マリーが、心配そうに、私の額に手を当てた。


「熱は、ありません。……でも、なにか、いつもと違います」


「大丈夫よ。ちょっと、疲れただけ」


そう言いながら、私は、窓の外の月を見た。


抑制。


蓋をされている、何か。


その正体を、私は、まだ、知らない。


けれど、体の奥で、何かが、静かに、そして確実に、削られているような感覚だけは——その夜、初めて、はっきりと、覚えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ