【第42話】針の止まった水晶
「別の水晶を、持ってこい!」
教官が、そう叫んだ。
数分後、二つ目の測定水晶が運ばれてきた。今度は、去年の予算で買ったばかりの、新品だという。
「エミリア嬢。もう一度、お願いします」
私は、言われるまま、掌をかざした。
光。
そして、また、同じことが起きた。
針は、上限に達した瞬間、動きを止めた。数字を弾き出す前に、すべてが、静止した。
***
「……壊れている、というわけではなさそうですね」
三人目の教官——魔術理論の担当だという初老の男が、水晶を、様々な角度から検分しながら、呟いた。
「一つ目も、二つ目も、同じ壊れ方をした。……それは、壊れたんじゃない。振り切れたんです」
「振り切れた?」
「この水晶が測れる上限を、超えたということですよ。ご令嬢の魔力量が」
会場が、静まり返った。
***
私は、自分の手を見た。
何も、変わったところはない。いつも通りの、私の手。
「あの……私、普段、これといって、魔法らしい魔法を使った覚えは」
「それが、余計に不気味なんですよ」
教官は、額の汗を拭った。
「これほどの魔力量なら、日常のちょっとした所作に、漏れ出てもおかしくない。……なのに、あなたは、これまで一度も、その気配を見せなかった」
「……」
「まるで、何かに、蓋をされているようだ」
***
その言葉に、私は、心臓が、一つ、跳ねるのを感じた。
蓋。
抑制。
十二歳の誕生日に、王城で受けた、あの術。
——あれは、加護を封じるだけの、儀式的な作法だと聞いていた。まさか、本当に、何かを、堰き止めていただなんて。
「大丈夫か」
隣で、アッシュ様が、小さく聞いた。
「ええ、大丈夫ですわ」
答えながら、私は、頭の芯に、鈍い痛みを感じていた。
***
周りの生徒たちが、遠巻きに、こちらを見ていた。
「フォックス家のご令嬢、計測不能ですって」
「傾国の美姫って、噂は、本当だったのかしら」
「怖いこと言わないでよ」
——傾国の美姫。
聞き覚えのある言葉だった。悪い意味で使われる時と、畏怖の対象として使われる時と、両方ある言葉。
その意味を、私は、まだ、よく知らない。誰も、詳しくは教えてくれない。
「マリー。あの言葉、なんのことか、知っている?」
「……昔の言い伝え、としか」
マリーの返事は、いつになく、歯切れが悪かった。
***
「エミリア」
人だかりをかき分けて、ロブ様が、こちらへ来た。
その顔は、いつになく、真剣だった。
「大丈夫か」
「先ほどから、皆様に、同じことを聞かれておりますわ。……本当に、大丈夫ですのよ」
「そうは見えない」
彼は、私の顔を、じっと見た。
「顔が、白い」
***
「これは、俺から、上に報告する」
「ロブ様が? そんな、大袈裟な」
「大袈裟にする必要がある」
彼は、珍しく、譲らなかった。
「フォックス家の加護持ちが十二歳で受ける抑制の術は、王家が管轄する儀式だ。……その儀式に、何か異常があるなら、学院の教官の手には負えない」
「何か、ご存知ですの?」
彼は、少し、言葉を選んだ。
「術の中身までは、俺も、知らされていない。……ただ、あの儀式が、ただの作法じゃないことだけは、知っている」
***
学院長が、慌てた様子で、駆けつけてきた。
「エミリア嬢。……この件、王宮に報告いたします。あなたには、追って、宮廷医師の診察を受けていただくことになるかと」
「診察、ですの? 私、どこも悪いところは」
「念のため、です」
学院長の目が、微かに、泳いでいた。
——この人、何か、知っている。
そう思ったけれど、それ以上、追及する元気は、その時の私には、残っていなかった。
***
その夜、寮の自室で、私は、鏡の前に座っていた。
顔色は、確かに、いつもより白い。
体は、重かった。競技会一日を走り回っただけにしては、不自然なほどに。
「お嬢様。お食事は」
「……今夜は、いらないわ」
そう言ってから、自分の声の弱さに、少し驚いた。
こんなことを言うのは、この世界に来て、初めてだった。
***
マリーが、心配そうに、私の額に手を当てた。
「熱は、ありません。……でも、なにか、いつもと違います」
「大丈夫よ。ちょっと、疲れただけ」
そう言いながら、私は、窓の外の月を見た。
抑制。
蓋をされている、何か。
その正体を、私は、まだ、知らない。
けれど、体の奥で、何かが、静かに、そして確実に、削られているような感覚だけは——その夜、初めて、はっきりと、覚えていた。




