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元社畜ADは女狐に転生し、狼王子を翻弄する  作者: 鷹居鈴野


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【第41話】合同競技会、四つの舞台

冬が終わって、雪が溶けて、気づけば、学院の中庭に、新芽が出ていた。


季節が変わるのは、早い。舞踏会の夜のことが、まだ、昨日のことのように思えるのに。


「本日は、合同競技会でございます」


朝礼で、学院長がそう告げた瞬間、私は、頭の中に、その日一日分の香盤表を描き始めていた。


剣術、魔術、団体戦、そして——魔力測定。


四つの舞台が、同じ日に、別々の場所で幕を開ける。


……主演が四人いる現場を、掛け持ちで見て回る羽目になるとはね。


***


まず、剣術の舞台。


ディーン様は、開始直後から、上級生を相手に、一切臆さず打ち合っていた。


「読めなくても、斬れりゃいい!」


叫びながら、木剣を振るう姿は、堂々としていた。読字困難という弱点が、この舞台には、一切関係ない。


観客席の隅、目立たない場所に、彼の父親が立っていた。


ディーン様が、決勝で一本取った瞬間、その父親の口元が、わずかに動いた。


拍手は、なかった。けれど、確かに、何かが変わった顔をしていた。


***


「あの人、拍手くらいすればいいのに」


私が呟くと、隣にいたブライアン様が、静かに言った。


「ダッシュ家の流儀です。……声を出さない拍手が、あの人にとっての、最大の賛辞なんですよ」


「わかりにくいですわ」


「貴族は、大抵、わかりにくい生き物です」


その言い方に、少しだけ、棘があった。彼自身の家のことを、言っているのかもしれない。


***


次に、魔術理論の舞台。


こちらは、ブライアン様の出番だった。即興で術式を組み替える、頭脳戦。


対戦相手は、去年の首席。誰もが、圧勝を予想していた。


けれど、ブライアン様は、あえて、最短の勝ち筋を選ばなかった。


一手、遠回りをして、相手の術式の欠陥を、観客全員に見えるように、証明してみせた。


「……勝つだけなら、もっと早く終わりましたのに」


「勝つだけでは、意味がない」


彼は、片眼鏡を押し上げた。


「二番は死と同じ、と言われて育った男が、初めて、勝ち方を選びました。……悪くない気分です」


***


そして、魔力出力の舞台。


アッシュ様の番だった。


観客席が、少しだけ、ざわついた。「怪物」の魔力を、正面から見る機会は、これまでなかった。


彼は、指定の的の前に立ち、静かに、掌を掲げた。


光が、渦を巻いた。


けれど、それは、学院祭のあの日のような、天井を軋ませる暴走ではなかった。


一筋の光が、まっすぐ、的の中心を撃ち抜いた。


過不足のない、一撃だった。


***


会場が、静まり返った。


そして、誰かが、小さく拍手をした。


もう一人。また一人。


「制御できるように、なったんですのね」


「……お前が、教えた」


「私、何も教えておりませんわ。踊り方くらいで」


「それだ」


彼は、ぽつりと言った。


「加減というものを、あの雪の日、初めて、覚えた」


***


団体戦の会場では、ロブ様が、いつになく、目立つ位置に立っていた。


第二王子として、避けようのない舞台。


観客席の一角、王妃派の紋章をつけた一団が、冷ややかな目で、彼を見ていた。


冬の舞踏会の夜から、噂は、まだ、収まっていない。


「ロブ様、大丈夫かしら」


「大丈夫だろう」


アッシュ様が、短く言った。


「あの人は、もう、目立たないふりを、やめたんだ」


***


団体戦は、僅差で、ロブ様のチームが勝利を収めた。


歓声の中、彼は、こちらを、一瞬だけ見た。


小さく、頷いた。


——見ていたか、という顔。


私も、頷き返した。


言葉はなかったけれど、それで十分だった。


***


四つの舞台が終わって、日が傾き始めた頃。


最後の種目の掲示板の前に、私の名前が呼ばれた。


「エミリア・フォックス。……魔力測定、こちらへ」


そういえば。


私、この学院に入ってから、一度も、自分の魔力を測ったことがなかった。


抑制の術のせいで、常に、うっすらとした膜がかかっているような感覚がある。強く求めれば求めるほど、遠ざかる感覚。


「大した数値は、出ませんわよ、きっと」


私は、軽い気持ちで、測定用の水晶の前に、手をかざした。


***


水晶が、光った。


一瞬、まぶしいほどに。


それから——


針が、振り切れた。


いいえ、違う。


針は、上限を超えた瞬間、何も示さなくなった。数値を出す前に、装置そのものが、沈黙した。


「……壊れたのかしら」


係の教官が、水晶に駆け寄って、何度も、確認していた。


その顔が、みるみる、青ざめていくのが見えた。


「これは……」


教官が、震える声で、誰かを呼びに走っていった。


私は、何もわからないまま、ただ、光の消えた水晶を、見つめていた。

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