【第40話】目立つな、と言われた二人
「次の曲は、俺と踊ってもらえるか」
会場中の視線が、一斉に、こちらへ集まるのがわかった。
第二王子と、メイド服の令嬢。
……絵面だけなら、どこかの逆玉シンデレラ物語ね。
「よろしいんですの? 私と踊れば、ロブ様、また面倒な噂を背負いますわよ」
「知っている」
彼は、まっすぐ、私を見たまま言った。
「その上で、頼んでいる」
***
音楽が、また鳴り始めた。
彼の手が、私の腰に触れる。
慣れた、正しい所作。……当然ね、この人、王族ですもの。私のダンスの先生とは、格が違うわ。
「昨日から、今日の昼まで、姿が見えませんでしたわね」
「……見ていたのか」
「気づいただけですわ」
——ロブ様が、スプーンを落とした音を、私は聞いていなかった。あれは、事実。
でも、その後、一日、姿を消したことには、さすがに気づいていた。
***
「悩んでいた」
彼は、正直に言った。
「お前が、ドスラキと組むと聞いて。……頭では、賢い判断だとわかった。あいつは、どちらの派閥にも属していない。お前を、盤上から降ろす、最善の一手だ」
「それで?」
「腹が立った」
彼は、少しだけ、眉を寄せた。
「理由が、自分でもわからなかった。……賢い判断に、腹を立てる意味が、わからなかった」
***
「一日中、考えていた。……そして、決めた」
「何を、ですの」
「今夜、お前と踊れば、俺は、寵姫派がお前を担いだと思われる。母上が、狙われる」
彼は、そこで、一度、言葉を切った。
「兄上には、また、『目立つな』と言われるだろう。……今度は、命令ではすまないかもしれない」
「それなのに」
「それでも、踊りたいと思った。……初めてだ、こんな風に思ったのは」
***
会場の隅で、囁きが、渦を巻いていた。
「第二王子が、フォックス家のご令嬢と……」
「あの、メイド姿の?」
「王妃派は、黙っていないでしょうね」
視線が、痛いほど、突き刺さる。
私は、その視線の中で、ふと、おかしくなった。
——目立つな、目立つな、って。
私たちは、二人揃って、その言葉に育てられてきたのに。
***
「ロブ様」
「なんだ」
「表彰式の夜、仰っておりましたわね。……『同じ店かもしれんぞ』って」
彼が、少しだけ、目を見開いた。
「覚えていたのか」
「忘れるわけ、ございませんもの。あんな際どい探り合い」
私は、笑った。
「今夜も、伺ってよろしくて? あの眼鏡、本当に、私のと、同じ店の品ですの?」
「さあな」
彼は、あの時と、同じ調子で、目を細めた。
「答えは、また今度だ」
「そうやって、ずっと、はぐらかす気ですのね」
「悪いか」
「……いいえ」
私は、少しだけ、目を伏せた。
「案外、嫌いじゃありませんわ、そういうところ」
***
私たちは、しばらく、黙って踊った。
一、二、三。一、二、三。
不思議なもので、アッシュ様と練習した時より、ずっと、足がもつれなかった。
——いいえ、違うわ。
もつれても、彼が、さりげなく、こちらの歩幅に合わせてくれているだけ。
この人、本当に、慣れているのね。
***
「ロブ様、伺ってもよろしいこと?」
「言え」
「目立たないように、目立たないように、育てられて。……今夜、初めて、目立つほうを選んだ気持ちは」
彼は、少し、考えた。
「怖い」
正直な答えだった。
「だが——」
彼は、私を見下ろして、言った。
「お前が、あの入口で、堂々と、伯爵家の仕打ちを言ってのけた時。……あれを見て、俺は、自分がずっと、何に怯えていたのか、わかった気がした」
***
「衆目より、怖いものが、ある」
「なんですの」
「一生、目立たないまま、何も選ばずに、生きることだ」
彼の声は、静かだったけれど、揺るがなかった。
「兄上のために、目立たずにいる。……それは、理由になる。だが、それを言い訳にして、何も選ばずにいるのは——もう、やめる」
***
曲が、終わりに近づいていた。
「ロブ様」
「なんだ」
「今夜、私たち、二人揃って、目立ちましたわね」
「ああ」
「明日から、噂の的ですわよ。王妃派も、寵姫派も、うるさく言ってくるでしょうし」
「知っている」
「後悔、なさいます?」
彼は、少しだけ、笑った。
初めて見る、飾りのない、素の笑い方だった。
「——お前と組む前から、後悔なんて、していない」
***
曲が、終わった。
拍手が、会場を包んだ。私たちに向けたものか、音楽そのものへのものか、もう、区別がつかなかった。
柱の陰から、ヴィオラ様が、今度こそ、姿を消していた。
窓の外を、アッシュ様が、いつもの無表情で見ていた。その口元が、ほんの少し、緩んでいる気がした。
ディーン様とブライアン様は、遠くで、何やら賭けをしていたらしい。マリーが、二人に、呆れた顔をしていた。
***
「エミリア」
ロブ様が、まだ、私の手を、離さずにいた。
「次の学年も、目立ってくれるか」
「私、それしか能がありませんもの」
「知っている」
私たちは、同時に、笑った。
窓の外、雪は、いつの間にか、やんでいた。
冬の舞踏会は、こうして、幕を閉じた。
——次に幕が上がるのは、春。合同競技会の、その先だった。




