表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元社畜ADは女狐に転生し、狼王子を翻弄する  作者: 鷹居鈴野


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/50

【第39話】伯爵令嬢、メイド服で参上

「白い制服を、貸してくださいまし」


寮母は、洗濯物の山から顔も上げずに言った。


「昨日はお菓子、今日はメイド服かい。……次は、何をやらかすんだい」


「舞踏会に、出ますの」


「その恰好で?」


「ええ」


寮母は、ようやく顔を上げて、私を、まじまじと見た。


それから、笑った。


「面白いこと考えるね、お前さん」


そう言って、いちばん上等な予備の制服を、選んで渡してくれた。


***


夜、私は、鏡の前に立っていた。


白い、糊のきいた制服。エプロン。頭には、レースの飾り布。


——このままじゃ、ただの、メイド服。


私は、巾着から、あの切れ端を取り出した。


昨夜、切り裂かれたドレスの、唯一、綺麗な形のまま残った部分——胸元の刺繍のついたリボンだった。刃が、そこだけ、届かなかったのだろう。


私は、それを、腰に結んだ。


そして、髪を高く結い上げ、亜空間スーツケースの奥から、母の形見だという、小さな真珠の髪飾りを取り出して、留めた。


鏡の中に、メイド服を着た、けれど、どこにも、卑屈さのない令嬢が立っていた。


「……いいわ。行きましょう」


***


舞踏会の会場に近づくにつれ、廊下を歩く令嬢たちの囁きが、耳に届いた。


「聞きました? フォックス家のご令嬢、ドレスをご用意できなかったとか」


「まあ。伯爵家の被服費、止められているという噂は本当でしたのね」


「アッシュ様と組んだ罰でしょうか。それとも——」


くすくす、と、扇の陰で笑う声。


……ずいぶん、噂の回るのが早いこと。


誰かが、意図的に流している。そう思うくらい、話の広がり方に、無駄がなかった。


***


会場の入り口で、私は、足を止めた。


侍従が、名を読み上げる。一人ずつ、扉が開いて、光の中へ迎えられていく。


「エミリア・フォックス伯爵令嬢。……ならびに、アッシュ・ドスラキ様」


扉が、開いた。


シャンデリアの光が、まっすぐ、私に当たった。


会場の空気が、一瞬で、凍りついた。


***


ざわめきが、波のように広がった。


「メイド服……?」


「本当に、ドレスを、用意できなかったのか」


「なんて、みっともない……」


嘲笑と、憐憫の入り混じった視線。予想通りの反応。


台本通りよ。


私は、顔を上げたまま、一歩、前に出た。


隣で、アッシュ様が、静かに腕を差し出してくれた。


「怖くないのか」


小さな声で、彼が聞いた。


「怖いですわよ、こんなの」


私は、微笑んだ。


「でも、台本があれば、どんな現場も乗り切れますの」


***


会場の中央まで進んだところで、私は、足を止めた。


そして、声を張った。


日頃、令嬢らしく抑えている声を、あえて、隅々まで届くように。


「皆様、驚かせてしまい、申し訳ございません」


ざわめきが、少し、静まった。


「本来、私も、美しいドレスで、この場に立ちたく思っておりました。……ですが、昨晩、そのドレスは、何者かの手によって、ずたずたに切り裂かれました」


会場が、水を打ったように、静かになった。


***


「そして、そのドレスは、伯爵家からの援助が一切なく、私自身が、自分の手で用意したものでしたの」


私は、腰のリボンに、指を添えた。


「なぜ、自分で用意しなければならなかったのか。……理由は、皆様のご想像にお任せいたしますわ」


低いざわめきが、また広がった。今度は、さっきとは違う色をしていた。


——伯爵家、被服費を止めていたのか。


——それは、あんまりじゃないか、実の姪に。


風向きが、変わり始めていた。


***


「ですから、私、今宵は、この恰好で参りました」


私は、スカートの裾を、軽くつまんで、礼をした。


「フォックス家において、私が実際に扱われている立場は——伯爵令嬢ではなく、これですもの。飾るより、正直でいるほうが、よほど、格好がつくと思いましたの」


会場の隅で、誰かが、小さく拍手をした。


一つ。また一つ。


やがて、拍手は、さざなみのように、会場全体へ広がっていった。


***


「言ってやりましたね」


ブライアン様が、いつの間にか近くにいて、片眼鏡を押し上げた。


「台本、あったんじゃないか」


ディーン様が、にやりと笑う。


「ありませんでしたわよ、こんなの!! 今、その場で考えましたの!!」


「それを台本があるというんだよ、お嬢様」


寮母の声が、遠くから聞こえた気がした。……いつの間に、彼女まで来ていたのかしら。


***


会場の隅、柱の陰で、私は、視線を感じた。


扇で顔の下半分を隠した、栗色の髪の女性が、こちらを、冷たい目で見ていた。


——ヴィオラ様。


私と、目が合うと、彼女は、何事もなかったかのように、視線を逸らした。表情一つ、変えずに。


計画が、裏目に出た。それだけの反応。まるで、天気の話でもしていたみたいに。


……本当に、この人は、駒を見る目でしか、人を見ないのね。


私は、そう思いながら、静かに息を吐いた。今夜は、この人の話をする夜じゃない。


***


音楽が、鳴り始めた。


アッシュ様が、私の手を取った。


「約束、覚えているか」


「もちろんですわ。雪の中で、あれだけ練習しましたもの」


「壊すなよ」


「壊しませんわよ!!」


私たちは、少しぎこちなく、けれど、確かに、踊り始めた。


一、二、三。一、二、三。


会場の視線が、少しずつ、驚きから、何か別のものに変わっていくのを、私は、感じていた。


***


一曲目が終わって、私が、息を整えていると。


人だかりの向こうから、誰かが、まっすぐ、こちらへ歩いてくるのが見えた。


銀髪。金色の瞳。


——ロブ様。


昨日から、一度も姿を見せなかった人が、今、私の前で、足を止めた。


その顔に、いつもの、あの、目立たないようにする表情は、なかった。


「エミリア」


彼は、まっすぐ、私を見て、言った。


「次の曲は、俺と踊ってもらえるか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ