【第2話】異世界で一番憂鬱な夕食
ダイニングは、まるでイギリスの貴族ドラマみたいな雰囲気の場所だった。
細長いテーブルの上座にはミラー伯爵が座っていて、綺麗だけど冷淡で魔女みたいな雰囲気の夫人と、エミリアのことを憎んでいるという目つきで睨みつけてくる従姉妹と、目が合った。
執事かボーイのような人が椅子を引いてくれて、私は女優になったつもりで、にっこり天使スマイルを伯爵に見せてみた。
伯爵は少し面食らった顔をしたが、「目を覚ましたようだな。体調はどうだ」と、表情を一切変えずに話しかけてきた。
「ご心配をおかけしてしまって、申し訳ございません。呪いの影響か、ところどころ混乱していたり、忘れてしまっていることがありますが、大丈夫です。今日は皆様との食事を楽しみにしていました」
明るく私が答えると、夫人の隣にいる赤毛の娘が、小さな声で「あんたなんて、呪いで死ねばよかったのよ。女狐」と言ってきた。
シンデレラをいじめる義姉っぽい……。
雰囲気が偉そうだから、こっちがクリスかな。その隣で意地悪そうに笑ってる女の子は、幼いから妹のフローラかな。
給仕が食事を運んでくる。伯爵も夫人も従姉妹たちも、気のせいか私の様子をジーっと見ていて、居心地が本当に悪い。
伯爵は私の発言には触れず、私を無視して、夫人と娘たちと話し始めた。
私の料理、何かされてそう。みんながあんなに注目するんだもの、毒でも入ってるのかも。私は自分の目の前の料理を凝視して、意を決して一口食べてみた。
まっず!!! 私は吹き出しそうになったのを、水で流し込んだ。なるほど、毒ではなく、私にだけおかしな味付けの料理を出してきたようだ。
甘そうな見た目の料理は激辛で、お肉やサラダには、これでもか! と蜂蜜や砂糖がふりかけてある。
容疑者3人ともが私の様子をあからさまに見ているから、事情は全員知ってるようだ。
元社畜ナメんな! 新人の時は、打ち上げで激辛も激マズも平然と食べてきた私は、気分は女優、気分はアカデミー女優、と心の中で唱えながら、美味しそーに幸せそーに食事した。
その様子を見て、クリスが近くの給仕のメイドに水をかけて絶叫した。
「約束が違うじゃないの! この役立たず!」
「クリスお嬢様、私は言いつけのとおりに致しました」
メイドは這いつくばって許しを乞うているが、クリスの怒りは消えなかったようで、椅子から立ち上がると後ろの暖炉に近づき、壁に埋め込まれている水晶のような物に触り始めた。
「お嬢様、お許しください。お許しください」
怯えたメイドの様子が尋常じゃなく、私はドン引きしながら様子を見守った。
クリスが何やらブツブツつぶやくと、水晶は光って、直後にメイドは苦しみだした。頭を押さえ、苦痛に耐えるうめき声を上げたところで、伯爵が「そこまでだ」と言い、クリスは席に戻った。メイドはすすり泣いていたが、苦痛は終わったようだった。
伯爵は私に目を向けると、話し出した。
「エミリア、お前が学院で目立つことは許されない。お前は呪われている。目立つ行動を繰り返せば、お前の死が早まるだけだ。わかったか」
「伯爵様、恐れながら申し上げます。目立つな、とはどういうことでしょうか」
伯爵は私が言い返すのが予想外だったようで、猛禽類が獲物を見つけたような顔をすると――
「どうやら、数日の間に口答えの代償を忘れたようだな。身の程を知れ」
そう言うと、伯爵も暖炉の後ろの水晶に手を触れ、何やらブツブツ唱えながら、私をにやにやと見てきた。
私はハッとした。あのメイドを苦しめた拷問装置を、私に使うつもりなんだわ!
私はとりあえず這いつくばって、「おやめください伯爵様、お許しください伯爵様」と言いながら、いつかやってくる痛みに身構えたが――一向に、痛みはこない。
でも、痛みがないとバレない方がよいだろうと判断し、さっき目の前でメイドが苦しんでいたのを、そっくりそのまま真似てみることにした。
伯爵も、夫人も、従姉妹たちも、みんな心から満足そうな顔をしてエミリアの様子を眺め、気が済んだのか、伯爵は水晶から離れるときに言った。
「家名を落とすことも許さない。お前が目立つことも許さない。肝に銘じておきなさい」
そう言い捨てて、みんなで連れ立って、エミリアを置いて退席していった。
誰もいなくなったダイニングを確認して、私は異世界で一番憂鬱な夕食が無事に終わったことに気が抜けて、一刻も早く自分の部屋に戻ろうと動き出した。




