【第1話】元社畜ADは女狐に転生し、狼王子を翻弄する
狐田えみりは、三度の飯よりドラマが好きだった。暇さえあれば韓国のドロドロドラマや、アメリカのスパイドラマ、ありとあらゆるドラマを見て大学4年間を過ごし、ドラマ愛を前面に押し出す形で、第一志望のテレビ局のドラマ制作のADに就職した。
体力もメンタルもタフじゃないと務まらない業界で、いつかは自分がプロデュースしたドラマを作るのを目標に駆けずり回っていたある日――熱狂的なファンがいることで有名な男性アイドルが主演する、新ドラマのロケ現場で。
ストーカーが心中騒動を起こし、そのドタバタで、どうやら私は死んだらしい。
そして、前世が日本の社畜だったことを思い出した私は、ファンタジーな異世界で目を覚ました。
「お嬢様、気分はいかがですか? お嬢様がほんの少し可愛いからって、身体を呪わないと学院に入学できないなんて、あんまりです」
前世の思い出に引きずられて、現世の様子になかなかピンとこない私は、キングサイズのベッド2つ分くらいの巨大で豪華なベッドに寝かされて、いかにも高級そうなパジャマを着ている。腕は真っ白でつやつや、シミやホクロも見当たらないし、長い髪はサラサラで、どうやら金髪のようだ。
目の前には、私のことをお嬢様と呼ぶメイド服を着た十四、五歳くらいの女の子。赤毛で小柄だが、いたって普通の雰囲気だ。胸の名札にはマリーと書かれている。日本語でも英語でもないのに不思議と読める文字に、少しほっとした。
「私、なんだか記憶があいまいだわ。私、呪われたの?」
前世を思い出したことは信じてもらえないかもしれないし、今は目の前の娘から、私の状況を判断する情報を引き出さなくちゃ。
「お嬢様、記憶があいまいなのですか?! それは絶対に呪いのせいです。お嬢様のお名前は、エミリア・フォックス伯爵令嬢です。フォックス家は代々、国を代表する美女を輩出し、エミリア様のお祖母様、さらに昔のご先祖様の、計3回も戦争を引き起こすきっかけを作っています。お嬢様の美しさも将来の国を乱す可能性があるから、と、学院に入学する前にお嬢様を呪う必要があると――昨日お城に招かれて、お嬢様は魔術師の方に呪われたそうなのです」
メイドのマリーの話は荒唐無稽だし、私は頭がパンクしそうになったが、気力を振り絞って聞いてみた。
「私には、どんな呪いがかけられてるのかしら? 鏡を持ってきてもらえる?」
「お嬢様、鏡はこちらです。呪いの内容は王族にしかわからないようで、私も存じておりませんが、外見にはまったく呪いの形跡はありません。お嬢様はお城に行かれる前、私に『今回の呪いで自分は死んでしまうかも』とおっしゃっていました。お嬢様が目を覚まして、本当に良かったです。記憶があいまいなのは残念ですが、もうすぐお屋敷を出て暮らしますので、新しい思い出は学院で作っていけばよいのです。お嬢様は存在が天使なのですから、誰もがお嬢様とご友人になりたがりますし、きっと楽しい学院生活が送れますよ!」
マリーから手渡された鏡に映っていたのは、とんでもなく天使な外見の美女だった。
待って! 私、美人過ぎる!! この美女具合を伝えるなら、アジアで例えたらアンジェラベイ○ー? レベル? 日本なら、女優の佐々田ノゾミよりも綺麗といっても許される……。
髪は金髪でサラサラ艶々。目は猫目で、小悪魔っぽい雰囲気をパープルの瞳が柔らかくしている。見た目からして、12歳くらいかしら。
「色々教えてくれてありがとう。私、これからどうしたらいいの? 学院のことや家のこととかも、あまりよくわかってなくて心配だわ」
「私はこの後、伯爵様にエミリア様が目覚めたことをお伝えしにいきます。おそらく昼食か夕食に誘われると思いますので、お嬢様はそれまで自由にお過ごしください。また、ご準備のために私も戻ってきます。学院のことはこのパンフレットに色々書かれていますし、エミリア様が呪われる前に、寮に行く準備をこちらの鞄に詰めていましたので、もう一度ご確認ください」
マリーが部屋から出ていくと、私はベッドから降りて、パンフレットとエミリアの鞄を確認することにした。
「異世界ものはドラマよりアニメよね。アニメ、もっと見ておけばよかったな。私の知識がこの世界で何に役に立つか、全然わかんないわ。でも、こんな美女に生まれ変わるって、私、相当ラッキーじゃない?! おばあちゃんが戦争のきっかけになったって話、詳しく聞いてドラマの脚本にしたい!!! エミリアは死ぬかもと予感してたみたいだし、もしかしたら本当に死んでしまった可能性があるわね。この世界は日本よりずっと危険かもしれないし、私も気を引き締めて、慎重にいかないとね」
パンフレットは、よくある学校案内の異世界版で、たいした情報がない。日本の中学高校のような6年一貫教育で、王族や貴族御用達の伝統校。学院4年目からは、魔術クラス、騎士クラス、領主クラス、商農クラス、淑女クラス、文官クラスに分かれて、専門を深めていくようだ。そして入学して早々にチーム戦でサバイバル演習が開催され、その結果がクラス分けと将来の進路に影響するらしい。
パンフレットを読んだら、次はエミリアの荷物チェックね。何か、この世界のことがわかる情報があればよいけど……。
スーツケースは魔法がかかっているのか、開けたらクローゼットのように亜空間が広がっていて、制服、ドレス、帽子や靴、アクセサリーにカツラ、メガネ、文房具や本、金貨や銀貨と、一人暮らしに必要そうな物が一式詰め込まれていた。あとはなぜか、自分の写真のような肖像画がたくさん束ねられていた。
カツラは赤毛のおさげで、身につけると後ろ姿はメイドのマリーにそっくり。メガネをかけたら、魔道具だったのか、瞳の色も顔の雰囲気も平凡に見せてくれるものだった。
エミリアは美女過ぎて目立つから、こんな変装グッズも常備してるのね。私は感心すると同時に、前世でイカれたファンに殺されたことを思い出した。外見が目立つことは、もしかしたら危険かもしれない。浮かれないで、このカツラとメガネで学校デビューした方がよいかもしれないわね……。その方が、みんなの本当の姿が見えそうだし。
美女や美男子にはみんな優しいが、彼らに見せない裏の顔があることを、平凡な容姿でテレビ局の社畜をしていた私はよく知っている。
「お嬢様〜!」
マリーが戻ってきたようだ。
「あなたの周りで、学院に在学中の人か卒業生を知らない? 知ってたら紹介して欲しいの。それと、私まだ記憶が戻らないんだけど、お父さんのことをなんて呼んでたかしら? パパ? お父様? 伯爵様? 家族に会う前に、家族の情報を教えてもらえる? あと、今って何月何日なの? 学院に行く日まで、あと何日猶予があるのかしら?」
一気に話しかけた私に、マリーは少しびっくりしたようだ。なんだか悲しそうで、言いにくそうな顔をしながら――
「お嬢様……伯爵様は、お嬢様のお父上ランスロット様ではありません。大変申し上げにくいのですが、お嬢様のご両親は8年前に既に亡くなっていて、お父上の領地と爵位は、ランスロット様の双子の弟だったミラー様が継がれ、エミリア様を引き取って養育されています。
ミラー様とランスロット様はもともと絶縁状態で仲が悪く、ミラー様の奥様がもともとはランスロット様をお慕いしていた経緯もあって、ミラー様も奥様のドリス様も、お嬢様にはずっと冷淡に接されていました。お嬢様は先日、呪いを受けるためにお城に参上するまで、お屋敷を出ることを許されていませんでしたし、お嬢様の美しさに嫉妬したドリス様の娘のクリス様、フローラ様に、階段から落とされるような嫌がらせもされていました。
私の母はもともと、ランスロット様とお嬢様のお母上シャーロット様のメイドで、お嬢様の乳母をしておりました。お二人が亡くなった際は母がエミリア様を養育していたのですが、途中からミラー様が後継になられてお嬢様を引き取り、様子が知れなくなって……心配した母によって、私はこの屋敷に送り込まれたのです」
韓国歴史ドラマもびっくりなドロドロ展開きたわ! 美少女でも、私の人生はあまり幸せではなかったみたいね。従姉妹は性格が悪いみたいだし、伯爵様との食事が一気に鬱になった。
「びっくりだわ。教えてくれて助かったわ」
「はい。なのでお嬢様は、伯爵様とお呼びになっていました。普段は顔を合わせずに暮らしていますので、お嬢様の記憶が曖昧でも大して影響はありません。また、学院の卒業生や在学生でしたらご紹介できます。在学生は――私です。お嬢様より歳は2つ上ですが、学年は1つ上に入学しています。学院へは、あと4日で入学です」
「私の従姉妹たち? ドリスでしたっけ? あの人たちも学院に入るの?」
「エミリア様……ドリス様は夫人のお名前です。クリス様が、エミリア様と同学年で学院に入学されます。フローラ様は一学年下なので、来年入学されるかと」
その話を聞いて、一気に前途多難な気がした。私を嫌ってる従姉妹も一緒の入学かーい。学院でも嫌がらせとかされんのかなー……うわー……。
「あなたも一緒なのね! 心強くて嬉しいわ、学院のこと色々教えてね。あなたのことはマリーと名前で呼んでもよいかしら? 私、サバイバル演習の対策をしたくて、色々聞きたかったのよ」
「私でよければ、お嬢様のお力にならせてください。演習については、伯爵様とのお食事が終わった後にお話ししましょう。そろそろ食事の支度をしませんと。正装しないといけないので、ドレスを選びましょう」
私は、自分の状況を冷静に考え始めた。
エミリアの両親は死んでいて、親戚には疎まれていて、本物のエミリアは死んでしまって、私がエミリアの身体に入ってしまった。マリーは味方に見えるが、100%信じられるわけではない。ドラマだとたまに、良い人に見えるマリーみたいなのが黒幕だったりするし。
マリーの口調だと、エミリアは虐待されていてもおかしくないくらいの雰囲気だったけど、私の身体には傷ひとつない。精神的にネチネチいじめられてたのかしら。
家が居心地よくないなら、早く寮生活をする方が気楽でよいかもしれないわね。
心の中で色々考えてる間に、マリーは手際よく私のドレスを着付けてくれた。レモンイエローの品の良いドレスは、前世の『美女と野獣』のベルみたいな雰囲気だ。
「本当にお綺麗です、エミリア様。私の母にも、エミリア様のこのお姿を見せたいです。ご準備できましたので、本館にご案内しますね」
伯爵家はお金持ちそうね。マリーについて歩くと、7分くらい屋敷の地下の道を通って、本館まで辿り着いた。
私のいた別館も高級なホテルみたいな佇まいだったが、本館は古城みたいな雰囲気だ。天井が高いし、いたるところに美術館みたいな絵画や美術品が飾ってある。
「お嬢様、私はここまでしかご案内できません。このまま、まっすぐお進みください」
マリーが止まった場所には、騎士服を着た見張りのような人が立っている。エミリアを一瞥すると、少し顔を赤らめて、目が合わないように無視した。
ふー、行くか。就活の面接に行くより気が重いけど……慣れないドレスでも、私は背筋をしゃんと伸ばして、まっすぐ歩き出した。




