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元社畜ADは女狐に転生し、狼王子を翻弄する  作者: 鷹居鈴野


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【第13話】狼王子の恩返しがしつこい

演習が終わると、学院はやっと普通の授業が始まった。


私の学院生活は、控えめに言って快適になった。廊下を歩けば挨拶され、荷物を拾ったあの女の子——ソフィアとは友達になり、教室では「演習の作戦って、どうやって思いつくんですか?!」と質問攻め。悪評はもう、ほとんど誰も口にしない。


クリスは……あの吊られ事件以来、私と目を合わせなくなった。取り巻きも半分に減ったらしい。


別に、これ以上追い詰めるつもりはないのよ。やられたらやり返す。でも、向こうが大人しくしている限り、私からは何もしないわ。——本当に相手取るべきは彼女じゃなくて、お屋敷の伯爵様なんだから。


授業と授業の合間に、寮への近道も覚えた。中庭の脇に温室があって、硝子越しに、三年生らしい令嬢が白い花にじょうろで水をやっているのが見える。


こんな時期に咲く白い花もあるのね。


——そう思っただけで、私はそのまま通り過ぎた。


で、快適な学院生活に、ひとつだけ問題が発生していた。


「エミリア嬢。隣、いいか」


昼の食堂。トレイを持った銀髪の王子が、当然のような顔で私の隣に座る。食堂中の視線がこっちに刺さる。本日、三日連続、三回目。


「殿下。畏れながら、殿下がここに座ると、私の平穏な昼食が学院中の関心事になるのですが」


「奇遇だな。俺の昼食の重大関心事は、お前の弁当箱の中身だ。……それは、あの夜の揚げた鶏か?」


「唐揚げです。差し上げませんわよ」


「恩人のあのメイドは、気前よく分けてくれたんだがな」


「でしたら、そのメイドをお探しになったらいかがです?」


「探すまでもない。毎日目の前にいる」


だーかーらー!この王子、表彰式からずっとこの調子なのよ!


わからないのは、そこじゃない。


いえ、正体がバレてるのはもういいの。声で気づかれた時点で、そこはもう諦めがついてる。


わからないのは——なんでこの人、たかが罠から引っ張り上げてもらったくらいで、ここまで私に構うの?


王子よ? この国で十本の指に入るくらいには偉い人よ? 私がしたことといえば、泥だらけの迷子に軟膏を塗って、弁当を押し付けて、説教しただけ。感謝状の一枚でも寄越して、それで終わりでいいはずでしょう。


なのにこの人ときたら、廊下ですれ違う時だけ、わざと小さい声で「エマ」と呼んで、私が振り向くかどうか試してくる。振り向いたら負けなので、私は前世で鍛えた「イヤホンで指示を聞きながら素知らぬ顔で歩くAD面」で完全無視よ。


それでも次の日にはまた、隣に座っている。


「殿下はお暇なんですの?王子殿下ともあろうお方が、毎日毎日、一伯爵令嬢に構って」


「暇ではない。恩返しだ。俺は借りを返すまで落ち着かない性分でね。ところが相手が『人違いです』と受け取りを拒否するものだから、いつまで経っても返せない。つまりこれはお前の責任だ」


「屁理屈の才能で王位を狙えますわよ」


「はは。兄上に聞かせたいな」


……そうやって、時々ふっと素の顔で笑うの、やめてほしいのよね。周囲の女子が三人くらい胸を押さえて崩れ落ちるし、なにより——顔がいいのよ、本当に。画面越しじゃなくて真横のこの距離で見る主演級は、心臓に悪いわ。


「じゃあ、こうしましょう。恩返しの品、私が代わりに指定して差し上げます。それで貸し借りはおしまい。以後、昼食は別々。よろしいですね?」


「ほう。言ってみろ」


挿絵(By みてみん)


「王宮の書庫にある、フォックス家と王家の契約書……の、閲覧許可」


我ながら、かなり攻めた要求だと思う。私にかけられた「王家の呪い」の正体。誰も教えてくれない、あの契約の中身。伯爵に反撃するにも、自分の命を守るにも、あれを知ってるか知らないかで打てる手が全然違うのよ。


王子は初めて、笑うのをやめた。金色の目が、じっと私を見る。


「……お前、自分が何を要求したかわかってるか。あれは王族でも閲覧に理由がいる。——あの日、儀式の場でも、叔父上は誰にも質問を許さなかった。お前の後見人にもだ。そういう類の紙だぞ」


……へえ。


質問すら許されない契約書。ますます見たくなったじゃないの。


「あら。では無理そうですし、恩返しは金貨十枚で手を打ちま」


「いや、やろう」


即答だった。


「ただし条件がある。閲覧には俺が同席する」


「なぜです? 王族の方は、あの術が何をするものか、もうご存じなのでしょう。今さら紙で確かめることもございませんでしょうに」


「知っている。立ち会う王族には説明があるからな。——だが、なぜ王家が二百年もそれを続けているのかは、俺も知らん」


王子は、卓の上で指を組んだ。


「効き目は聞かされたが、理由は聞かされていない。妙だと思わないか。俺は、それが知りたい。……お前の呪いの正体、一緒に見よう」


そう言って王子は、あの夜の焚き火と同じ色の目で笑った。


それから、ふと思い出したように付け足した。


「そういえば、儀式の日。お前は魔術師長に言ったな。痛いのは一瞬にしてくれ、と」


——え。


「私、そんなことを申し上げましたかしら」


「言った。俺はあの場にいた。忘れるものか」


「……呪いのせいですわ。あの日のことは、どうも記憶が曖昧で」


笑ってごまかして、私は紅茶で口を湿らせた。


……変ね。


あの日から後のことなら、目が覚めた瞬間に見上げた天蓋の刺繍の柄まで、全部はっきり覚えているのに。


……もしかして、前の体のエミリアも、同じことを言っていたのかしら。


……まあ、いいわ。今はそれより。


ちょっと待って。


王族案件から逃げるつもりが、王族と共同戦線を張ることになってるんだけど??

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