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元社畜ADは女狐に転生し、狼王子を翻弄する  作者: 鷹居鈴野


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【第10話】女狐、森で泥だらけの迷子を拾う

サバイバル演習、初日。


王家の森に入場した新入生は、全部で二十三チーム。各チームに配られた水晶旗を守りつつ、他チームの旗を奪い、三日後の終了時点の旗の数と生存状況で得点が決まる。旗を全部失ったチームはその場で失格、退場。


つまりこれ、要するに三日間の泊まりロケなのよね。


だったら勝敗を分けるのは、剣の腕でも魔力でもない。ロケハン、段取り、そしてごはんよ。


「全員、注目!本日の香盤……じゃなくて、行動予定表を配るわ!」


うちのチームの初動は完璧だった。マリーの情報網で作った森の地図で、水場と洞窟のある高台をロケハン……下見済み。開始三十分で最強の野営地を確保。ディーン様が「もう拠点?!早くね?!」と驚いてたけど、現場は段取り八割なの。


「エミリア、この黄金色の揚げ物は何だ。鶏、なのか?衣をまとった鶏をこんな風に食べる料理を、私は知らないんだが」


「唐揚げよ。私の故郷の料理なの。冷めてもおいしいから、野外の定番なのよ。はい皆さん、お昼にしましょう」


私の亜空間スーツケース、変装グッズと肖像画を全部出したら、三日分のロケ弁と毛布と資材が丸ごと入ったのよ。おまけに、しまった時の状態のまま出てくる代物だから、作りたてを詰めておけば、三日目に開けたってホカホカ。ほんと優秀だわこの鞄。屋敷の料理人はあてにできないから、味付けの指揮は私、揚げ場はマリー。前世のロケ弁の記憶を総動員した自信作よ。他のチームが携帯食のカチカチのパンをかじってる頃、うちは湯気の立つ唐揚げ弁当。アッシュ様は無言で三人前食べて、無言で親指を立てた。うちのエース(胃袋)、本日も好調です。


午後からは作戦二番、通称「同士討ちプロデュース」を開始した。


これは、今日の思いつきなんかじゃない。仕込みは、演習が始まるずっと前から、水面下で進めてきたことよ。


仕込みその一、定点カメラ。マリーに調達してもらった「遠見の魔道具」——離れた場所の景色を、対になった手元の水晶に映す魔道具を、演習前日の資材搬入に紛れて森の水場三ヶ所に隠して設置しておいた。お値段、なんと金貨三枚。エミリアのスーツケースの金貨が少し軽くなったけど、二十三チームが三日間戦う森で、水を汲みに来ない人間は一人もいない。水場さえ見張れば、主要チームの位置も人数も消耗具合も、拠点にいながら手に取るようにわかるのよ。中継車もドローンもない世界で、これはもう反則級のロケ機材だわ。


ブライアン様は水晶の前に張り付いて、各チームの動きを地図に書き込みながら「恐ろしいな……こんな手、俺には思いつかなかった……」とぶつぶつ言っている。


仕込みその二、火種。


標的は、開戦前から決めてあった。マリーの情報網で、二十三チームの隊長の家柄、性格、成績、そして「家同士の因縁」を全部洗ってある。


選んだのは、アルバート隊とウィルソン隊。


理由は三つ。ひとつ、両家は三代前の領地争いで裁判をしていて、いまだに口をきかない。ふたつ、隊長二人はどちらも次期当主で、負けを家に持ち帰れない。みっつ、両隊とも実力は上位だが、頭数が五人ずつしかいない。


——つまり、正面からぶつかれば、勝った方も立てなくなる。


こういう二つを見つけるのに、私は三日かけたのよ。喧嘩をさせるなら、火種になりやすい相手を選ばなくちゃ。湿った薪をいくら煽っても、燻るだけで終わるんですもの。


そして今朝、両隊の哨戒ルートに、わざと「拾わせる」ための偽の作戦メモを落としておいた。


これがまた、手が込んでいるのよ。


メモは、丸めて捨てたように見せかけて、雨に濡れた跡をつけ、端を少し破いてある。「うっかり落とした」ではなく「捨てたつもりで捨てきれなかった」ように見えるようにね。拾った人間が「これは本物だ」と思う瞬間って、几帳面に折り畳まれた紙を見つけた時じゃないの。汚れた紙を見つけた時なのよ。


中身は『日没前にウィルソン隊の旗を獲る。挟撃地点は東の岩場』と書かれた、アルバート隊の指令書。もちろん私の創作。


筆跡は、見本を一目見ただけのブライアン様が、完璧に寄せてくれた。頭のいい人は、字を真似るのまで上手いのね。


——ここまでは、まあ、誰かが思いつくかもしれない策だわ。


問題はここから。


私が拾わせたのは、アルバート隊の指令書を「ウィルソン隊」に、なの。同時に、ウィルソン隊の指令書を「アルバート隊」にも拾わせてある。


つまり、両方が「先に襲われる」と信じ込む。


先制攻撃をされると思った人間は、必ず、先制攻撃をするのよ。


「エミリア。ひとつ聞くが」


ブライアン様が、地図から顔を上げた。


「なぜ、片方だけを騙さない。片方だけなら、奇襲を受けた側が一方的に負けて、旗は奇襲した側に集まる。集中する方が、我々には都合がいいはずだ」


「あら、ブライアン様。それでは勝者が元気なままですわよ」


私は、地図の東の岩場を指で叩いた。


「私が欲しいのは旗であって、勝者ではありませんの。両方に『自分は被害者だ』と思わせれば、両方が必死になります。必死な人間同士がぶつかると、どちらも死ぬ気で戦うでしょう。……勝った方も、その時にはもう、立っていられない」


「…………」


「どちらも同士討ちで潰し合うのが、今回の私たちの狙いですわ」


ブライアン様が、片眼鏡の奥で、しばらく私を見つめていた。


「……エミリア。君は本当に、十二歳か?」


「あら、失礼な。うら若き乙女ですわよ」


ディーン様が横で「なんか背筋が寒くなってきた」と呟いていたけど、聞かなかったことにしたわ。


仕込みその三、放送局。


これが今回、私が一番気に入っている戦略よ。


演習の初日、森の各所の木の上に、拳ほどの大きさの魔道具が吊るされた。「伝声の魔道具」。学院が演習の安全管理のために設置するもので、遭難者が出た時や、悪天候で中止になる時に、教官が本部から全域へ声を届けるためのものだ。


——なんですって? 演習の状況が、全域に流れる?


その説明をマリーから聞いた時、私はお茶を吹き出しそうになったわ。


だってそれ、放送じゃないの。


「マリー、この魔道具って、本部からしか声を流せないの?」


「いいえ。対になった発声側の魔道具から流れます。本部に一つ置いてあります」


「その発声側の魔道具、どこで買える?」


「……お嬢様、まさか」


買えたのよ。中古で、金貨一枚。


そして私は、演習が始まる前夜に、こう言ったの。


「マリー。ちょっと、教官の声真似ができる人を探してきてくださる?」


——結論から言いましょう。


演習が始まって一刻もしないうちに、森の全域に、教官の声が流れた。


『本部より通達。演習の公平を期すため、本年より一日に数度、全隊の戦況を報告する。以上』


嘘八百である。そんな制度は、この学院に存在しない。


そして昼前、二回目の放送が流れた。


『本部より通達。現在、最も優れた戦況にあるのはウィルソン隊である。旗五本を保持し、負傷者なし。次いでアルバート隊、旗四本。……なお両隊の陣地は、東の岩場を挟んで隣接している。以上』


流れた声は、学院の教官のものだった。


正確に言えば、教官の声色を完璧に真似られる、旅芸人あがりの学院の下働きの青年が、前夜のうちに吹き込んだものだ。報酬は銀貨五枚と、私の焼いたプディング二皿。


……今になって思うと、あの人、ずいぶんあっさり頷いたわね。


教官の声を騙るのよ? 露見すれば、学院を追われるだけじゃ済まないでしょう。銀貨五枚とプディング二皿で受ける仕事じゃないでしょう、普通。


……ま、私の人徳ということにしておくわ。


そして、この放送の中身は、全部、嘘。


ウィルソン隊の旗は三本。アルバート隊は二本。両者は隣接すらしていない。


内容はもう、めちゃくちゃ。けれど森の中でこの放送を聞いた他のチームは、それを一言も疑わずに信じて、まんまと踊らされてくれるのよ。


——おわかりになる? 一番おいしいのは、褒めているところなのよ。


『最も優れた戦況にあるのはウィルソン隊である』


この一行が、この放送の心臓だわ。


学院がウィルソン隊を褒める。褒められた側は舞い上がる。次の放送でも褒められたいから、目に見える戦果を欲しがる。そして「隣にいる四本持ちのアルバート隊」に手を出す。


一方、褒められなかったアルバート隊は、公然と二番手だと宣言されたのよ。次期当主が、全学年の前で。しかも一番手は、三代前から口もきかない家の跡取り。


——この二人が、どうやって我慢できるというの?


私は、誰にも「戦え」と言っていない。


ただ、片方を褒めただけよ。


「……エミリア。まさかとは思うが、褒めた方も、褒めなかった方も、どちらも動かすつもりで褒めたのか」


ブライアン様が、水晶から目を離さずに言った。


「ええ。褒めるというのは、いちばん安上がりな刃物ですわ。刺された方は、刺されたことにすら気づきませんもの」


そして昼過ぎ、三回目の放送を流した。


ここからが、私の本領よ。


『本部より、追加の報告である。アルバート隊の士気は極めて高く、隊長は「ウィルソン隊を叩き潰す」と公言している模様。……なお、両隊の因縁は三代前の領地争いに遡ると伝えられる。本日中の衝突が予想される。生徒諸君は、東の岩場に近づかぬよう注意されたい。以上』


念のために申し添えますけれど、アルバート様は何も公言していないわ。


「……エミリア」


ブライアン様の声が、少しかすれていた。


「今の、後半は、完全に煽っているだけだろう」


「あら、事実しか申しておりませんわよ。三代前の領地争いは本当ですもの」


「隊長の発言は?」


「一言も申し上げておりませんわ。『公言している模様』としか」


「……模様」


「そう、模様。誰も断言していないんですのよ。でも聞いた人は、断言されたと思うの」


前世の私は、この技を毎日見ていた。


『関係者によると』『……との見方が強まっている』『と見られる』。


誰も責任を取らない語尾で、いくらでも人を焚きつけられるのよ。そして本当に恐ろしいのは、こういう文章を書いている人が、必ずしも嘘をついている自覚がないこと。


「それに、『東の岩場に近づくな』が一番効いておりますわね」


「なぜだ。避けろと言っているだけだろう」


「ブライアン様。人は、近づくなと言われた場所を、必ず見に行きますのよ」


案の定、水晶モニターの中では、無関係な三つの隊が、こそこそと東の岩場を目指して移動を始めていた。


見物人まで自分から集まってきた。


——完璧だわ。


さらに言えば、この放送には第三の効果があるの。


森にいる二十三チームのうち、残りの二十一チームは、この放送を聞いてこう思ったはずよ。


「へえ、上位はウィルソン隊とアルバート隊なのか」


——警戒すべき相手は、あの二つ。


そう思い込んだ二十一チームの目が、揃って東を向いた。


つまり、この森で今、誰にも見張られていないチームが、ひとつだけあるのよ。


存在しない一位を作れば、本当に働いている者は、影に沈む。


でも、そもそもの話をしましょうか。


なぜ、誰もこの放送を疑わないのか。


学院が公式に設置した魔道具から、教官の声で、権威をもって流れてくる情報を、疑う十二歳がどこにいるの?


『今年から、演習中に戦況が流れるようになったのか』


『ずいぶん親切になったものだな』


誰もが、そう思っただけだった。


新しい制度が始まった時、人はそれを疑わない。「なぜ今年から始まったのか」を考える人間は、百人に一人もいないのよ。前世で、私は嫌というほど見てきたわ。画面に「速報」の二文字が出れば、人は中身を確かめずに信じるの。


信じるのは、情報の中身じゃない。それを流している「箱」の方なのよ。


だから私は、箱を買った。金貨一枚で。


——夕方、東の岩場に、二つの隊が突進した。


互いに「あちらの旗が多い」「叩き潰すと言われた」「先に殴られる前に殴らねば」と信じ込んで。


三回目の放送の直後、水晶モニターの中で、ウィルソン隊の隊長が拳を握って何か叫んでいた。声は聞こえないけれど、口の動きでわかったわ。


——アルバートめ、この俺を、叩き潰すだと。


……いいえ。


アルバート様は、そんなこと、一言も仰っていませんわ。


今あなたの頭の中に聞こえた声は、放送が引き出した、あなた自身の想像よ。


同じ放送を、森の二十三チーム全員が聞いたの。その中で一番素直に信じてくださったのが、たまたまあなただった、それだけのこと。


ごめんなさいね。


私、そういう方に一番よく効く番組を作っているの。


仕込みその四、舞台装置。プライドの高い二組が正面からぶつかれば、勝っても負けても消耗する。そして消耗したチームの逃げ道は、地形的に東の岩場から二本しかない。その二本の道に、昨夜のうちに罠を仕込み済み。粘着液の落とし穴、足をすくうロープ、鳴子。戦って、疲れて、逃げて、転がる。そこを——


「ディーン様、出番よ。水晶によると東の岩場で両チーム乱戦中。残り体力、目測三割。回収は罠の道の先でどうぞ」


「うおおお待ってました!!」


日が沈む頃、うちのエースが旗を五本抱えて上機嫌で帰ってきた。


「エミリア!お前の言った通り、みーんな罠の先でへっとへとに転がってた!俺、ほとんど戦ってねえのに勝った!なんだこれ、面白えな!!あー早く、テオドールたちと戦いたいな」


「ディーン様、声が大きい。……しかし、恐ろしい女だな。開始一日で五本は学院記録だ」


「褒め言葉として受け取っておくわ」


夜になって、野営地に焚き火を囲む時間が来た。見張りの当番表も完璧、野営地の周囲にも罠を十三個仕掛けてある。ちなみに罠の設計は私。落とし穴の底に、マリーに調達してもらった松ヤニと鳥もちを混ぜた特製粘着液が塗ってあるの。ケガはさせない、でも一晩は動けない。えげつないって?ケガをさせない設計にしてあるだけ、良心的だと思うけど。


夜中、私の耳が、カコン、と乾いた音を拾った。


罠の警報代わりに仕掛けた鳴子の音。北西の三番の罠だわ。


「みんな寝てるし……見てくるわね」


私は赤毛のカツラとメガネの「エマ」に変装して、ランタン片手に様子を見に行った。敵チームの偵察なら、エミリア・フォックス本人より通りすがりのメイドの方が、口を割らせやすいもの。


三番の落とし穴を覗き込むと、そこには——男の子が一人、粘着液まみれで座り込んでいた。


平民みたいな地味な服。泥と松ヤニで髪が根元まで固まって、灰色だか銀色だか、もとの色すら判然としない。顔も半分は泥。ランタンをかざしても、わかるのは頬にすり傷があることくらい。


鼻の上には、蔓の片方が折れたメガネが、ずり落ちる寸前で引っかかっていた。


そして——なんだか、印象に残らない顔なのよね。


どこにでもいそうな少年。目も鼻も口も、ちゃんとそこにあるのに。今この瞬間、顔を見ているのに、まばたきひとつ挟んだら、もう思い出せない気がする。


……変ね。私、前世で何百人の顔を覚えて現場を回してきたのよ。出演者とスタッフの顔と名前をカンペなしで一致させるのが、飯の種だったの。


まあ、暗いせいだわ。それか、私が疲れているのかしら。三日連続の泊まりロケですもの。


この森にいるなら新入生のはずだけど、チームのマントも旗も持ってない。……参加者の格好じゃないのよね。まさか脱走?それとも演習本部の下働きの子かしら。


「……嘘でしょ。あなた、こんな夜中に単独行動?チームのみんなはどうしたの」


「……はぐれた」


「はぐれた、じゃないわよ!夜の森の単独行動は現場の事故のもと!遭難、滑落、魔獣!全部単独行動から起きるの!」


前世でADが一人でロケハン中に崖から落ちかけた事件を思い出して、思わず説教してしまった。男の子は目を丸くして私を見上げてる。


挿絵(By みてみん)


「ほら、掴まって。……よいしょ、っと。重っ。あなた細く見えて詰まってるわね」


引っ張り上げて、焚き火の余り火のそばに座らせて、頬の傷に軟膏を塗って、余ってた唐揚げ弁当と毛布を押し付けた。


軟膏の蓋を閉めながら、妙なことに気がついた。


穴の底で夜露に濡れていたこの子の腕より、引っ張り上げた私の指のほうが、冷たい。氷みたいだわ。爪の色まで白い。


……夜の森は冷えるのね。


私は毛布をもう一枚引っ張り出して、自分の肩にかけた。


男の子は弁当と私を三往復くらい見比べてから、恐る恐る食べ始めて——一口目で目を見開いた。


「……なんだこれは。うまい」


「でしょう。夜食は現場の命綱よ。食べ終わったら朝まで動かない。夜が明けたら、東の小川沿いに歩けば演習本部に戻れるから。あと言っておくけど、この周りにはまだ罠が十二個あるの。悪いこと言わないから、変な気を起こさずまっすぐ帰りなさい」


「……待て。妙だな」


男の子が、毛布の中から私をじろじろと見た。


「演習に、使用人の同行は許されていないはずだ。お前は、生徒には見えん。何者だ」


うわ。粘着液まみれで説教されている最中に、そこを突いてくるの。この子、頭が回るわね。


まあ、答えは用意してあるけれど。


「本部の下働きよ。演習中の見回りと、水場の点検を任されているの」


これは半分本当。私、ちゃんと三日前に、下働きの名簿に「エマ」の名前を潜り込ませてあるのよ。放送の魔道具を仕掛けるために、森を自由に歩ける身分が要ったの。抜かりがあるとお思い?


「……この時間に、女ひとりで、水場の点検を」


「あら。今まさに、単独行動で穴に落ちた方が、何かおっしゃっていて?」


男の子は、口を閉じた。


「……もういい。名は?」


「エマ」


「家名は」


「下働きに家名があるとお思い?」


男の子は毛布にくるまったまま、しばらく黙って焚き火を見ていた。ずり落ちかけたメガネの奥で、目だけが炎を映して光っている。何色の目なのかは、この暗さとこの汚れではさっぱりわからない。


なんだか大きな犬……いや、狼っぽいわね、この子。


「……エマ。この恩は返す」


「いらないわよ。その代わり、今夜のことは誰にも言わないで」


「なぜだ」


「下働きが、演習中の生徒に食べ物を分けたと知られたら。……私、明日には森を追い出されてしまうもの」


男の子は、毛布の中で、しばらく黙っていた。


「では、俺のせいで職を失うところだったのか」


「そうよ。だから責任を取って、黙っていてちょうだいな」


私が笑うと、男の子は一瞬きょとんとして、それから声を出さずに肩を震わせて笑った。


翌朝、三番罠の縁に、毛布がきっちり畳んで置いてあった。律儀な迷子もいたものね。


——この森で拾った泥だらけの迷子が、あの「見たら気絶する」狼王子その人だと私が知るのは、もう少しだけ先の話。

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