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様々な出来事、と片付けてしまうには濃い日々だったが、過ぎてしまえば思い出話になっていくだけだ。セドリックとグレースは自分達の結婚式の準備に追われており、余韻に浸っている暇もない。しばらく屋敷を留守にしていた分、急いで進めなければ間に合わなかった。今日はグレースの花嫁衣装の打ち合わせである。
「セドリック様はどういったドレスがお好きですか?」
お針子から借りたカタログを覗き込むセドリックは、ひどく難しい顔をしている。彼がこういう顔をするのは困った時か、悩ましい時だ。決して不機嫌なのではない。
「……申し訳ないが、僕はこういうことに疎いんだ。良し悪しがわからない。君が着たいと直感したものが一番だと思う」
「なるほど、直感ですか」
ちなみにエイダは「気に入ったものはすべて着ればいい」と言い切っていた。国王から功績を認められたウィロウ家は、もう貧乏貴族ではない。だからエイダの意見を実行に移すことは可能なのだが、グレースの性格上、それは無理な相談である。
すると来客対応で席を外していたエイダが戻ってきた。彼女は珍しく少し慌てた様子だった。
「グレース様っ、旦那様と奥様がたった今、お見えになりました……!」
エイダはセドリックのことを旦那様とは呼ばない。彼女がそう呼ぶ相手は、バートルズ家の当主である。
「えっ? 伯父様と伯母様がいらしたの!?」
グレース達が急いで外へ出ていくと、間違いなくバートルズ夫妻がそこに立っていた。養父母は娘を見るなり駆け寄って、力いっぱい抱きしめる。
「グレース! 会いたかったわ! 痩せていない? とにかく元気そうで良かったわ」
「わたしもお会いできて嬉しいですわ。でも急にいらっしゃるなんて、どうなさったのですか? 結婚式はもう少し先ですけど……」
グレースがそう尋ねた途端、伯母であるイルマがくわっと目を見開いた。
「愚弟があなたのところへ来たと聞いて、じっとしていられるものですか!」
「もっとはやく聞きつけていれば、奴を懲らしめてやったというのに。まったく腹に据えかねる」
伯父のジョセフは娘の頭を撫でながら憤慨していた。
「あんな外道の姉であることが心底恥ずかしい! ああ……グレース、辛かったでしょう。ごめんなさいね」
イルマはフォルトナト侯爵の姉にあたる。一連の騒動は彼女の耳にも届き、娘を案じて飛んできたようだ。それはそれとして、抱きしめられているグレースが潰れそうである。
「……と、とりあえず中へお入りください。お疲れでしょう」
セドリックが当主らしく何とか場をおさめたが、彼もまさか義両親との初対面がこうなるとは予想していなかった。
グレースの花嫁衣装を選んでいる途中だったと知ったバートルズ夫妻は、すぐさま勇んで参加してきた。
「これはいま流行りの形ね。こっちも素敵なデザインだわ。あなたは愛らしいから、何でも似合うでしょう」
「いっそのこと全部着たらどうだ」
「それがいいわ。お金の心配はしなくていいのよ。わたくし達がいますからね」
「祝い事だからケチケチしてはいかん」
「ふふっ、エイダと同じことをおっしゃるのですね」
およそ半年ぶりに養父母と話ができるグレースは、嬉しそうな笑顔を絶やすことがない。
「わたしの直感では、こういう伝統的なデザインが良いなと思うのですが、ちょっと古めかしいですか?」
「それは奥ゆかしいと言うのよ。あなたにピッタリだわ」
「着なくても似合うとわかる。良いセンスだ」
セドリックは完全に蚊帳の外だった。ところがグレースが採寸のために出て行くと、バートルズ夫妻から話したいことがあると告げられた。どこか物々しい口調に、セドリックは無意識に居住まいを正していた。
話を切り出したのはイルマだった。どうやらこちらの夫婦も、妻のほうが口が回るらしい。夫のジョセフは妻の言葉に乗っかることが多かった。
「単刀直入にお聞きします。セドリック殿、あの子が来てから立て続けに良い事が起きたと、お感じになりませんか?」
「あの子と結婚したことが一番良い事だがな」
「それは当たり前です。話の腰を折らないでください。夫が失礼しました。それで、いかがですか?」
さらりと娘自慢をされた気がするが、今は置いておく。
「確かにそう、思います」
「具体的にどのような事が? ああ、褒章のことは存じておりますゆえ、それ以外で」
「具体的……」
セドリックは彼女と過ごしてきた半年を最初から振り返ってみる。
初めは……そう、真珠だった。散歩に出かけた港で、貝から出てきた真珠を貰った。なぜ彼女が貝の殻剥きをしていたのかは未だに謎である。
次はハロルド博士だろう。不審者かと思い、とっ捕まえたら著名な研究家で、我が家に珍しい鳥が来ていると言われた。観察のために屋根裏部屋を貸したら、協力金だという謝礼が送られてきた。
子犬の一件もあった。それもただの子犬ではなく、ラインミュラー侯爵家の飼い犬だったため、思わぬ交流が生まれた。現在は歳の離れた友人関係にまで発展している。
その次はハンス氏か。グレースがティーポットを探しに行ったことがきっかけとなり、どういうわけか大量の作品が譲られた。それらは公爵家を惹きつけるほどの名品だった。
こうしてウィロウ家の懐事情は温かくなるのを通り越して熱々になり、いつのまにか貧乏生活から抜け出していたのである。
セドリックがひと通り説明したところ、バートルズ夫妻は顔を見合わせて溜息をつくのだった。
「な、なにかまずい事でもありましたか?」
「そうではありません。しかしたった半年でこんなにも……」
今から話すことを知る人間は、夫妻の他にはエイダしかいない。そういう前置きがあったため、グレースにまつわる重大な話であることが、セドリックにも察せられた。
「実はわたくし達も似たような経験をしたのですよ。それはもう、色々ありました」
グレースは子供時代からよく、動物やら人形やらを拾ってきたそうだ。すると大抵、おとぎ話のような見返りがあった。怪我の手当てをした猫は金の腕輪を咥えてきたし、罠にかかってしまった梟を逃してやった時はダイヤの指輪を置いていった。困っている人を助ければ、お礼だと言って高価な物を渡されたり、思いがけない親交が結ばれたりすることが何度もあったのである。
「人形の持ち主は商家のお嬢さんでしたね」
「ああ。その商家が、細々やっていた私の事業を手助けしてくれて、ひと山当たったな」
「山と言えば、我が家は屋敷の裏手に小さな山を持っているのですが……売ってお金にすることもできない山でしたのに、あの子が散策に行って派手に転んだと思ったら、足元には水晶の塊が埋まっていたんです」
「ご先祖様から受け継いできた山だが、水晶が埋まってるなど聞いたこともない」
「こういった具合で、偶然と片付けるには不可解な吉事が続きました。すべて、グレースが来てから始まったのです。こちらでも同じ事が起きたとなるとやはり……セドリック殿。わたくし達は時折思うのですよ。あの子には不得手な事がたくさんありますが、その代わりに数多の幸運に恵まれるよう祝福を受けているのでは、と」
「幸運に恵まれる……」
運が良い人間がいるのはよく聞く話だ。しかしグレースが引き寄せる幸運は、そんな言葉では収まらないほどだという。セドリックも身に覚えがある分、頭ごなしの否定はできなかった。貧乏貴族が国王陛下に謁見する機会に恵まれるなんて、半年前の彼だったら絶対に信じないだろう。
「わたくし達も超常現象を信じているわけではありません。あの子だって『自分は運に恵まれている』なんて自覚はしていませんわ。しかし世間が皆、同じ考え方をしてくれるとは限りません。グレースがいる家には幸運が訪れる……などと邪悪な人間に知られたらどうなるか。だから可哀想でしたけど、あの子を社交の場から徹底して遠ざけていたのです」
「では彼女が社交デビューはまだと話していたのは、そういう理由だったのですか」
「……もちろん、他に理由がなかったとは言いませんが」
イルマは口ごもり、ジョセフが顔を背けたところから察するに、二人の目をもってしても彼女のダンスは悲惨だった模様である。
「あの子は自分が不出来だから社交デビューもできず、婚約者もできないと……酷く悩ませてしまいましたわ。わたくし達の前では気丈に振る舞うものですから、なおのこと可哀想で……」
「あんまり気に病むものだから、私がサンダーソンに聞いたのだ。良い相手はいないのかとな。そしたら君しかいないと奴は言ったんだ」
「サンダーソン伯とはどういった仲で……ご友人ですか?」
「腐れ縁だ。友人などではない」
「そ、そうですか。しかしこの家が相当な貧乏だと、お聞きになったはず……」
「当たり前だ。君のことは根掘り葉掘り聞かせてもらった」
「それでは何故、彼女の相手に僕を選んだのですか?」
ウィロウ家の経済事情を正確に把握したら、余計不安になりそうなものである。だがイルマ曰く、貧乏だからこそ良かったそうだ。「失礼を申しますが」と謝られたが、単なる事実でしかないので失礼も何もない。セドリックこそ貧乏であることに負い目を感じ、血迷った張本人である。
「あの愚弟は物事のすべてを、金になるか否かでしか見ない外道です。外道であるがゆえ、大した権力を持たない貴族は眼中に無いはずでした。しかし……」
「はっきり言えばいい。貧乏人の家は『価値がない』と見なされる、そう考えたから娘を託してやったのだ。半年で金持ちになると知っていたら、娘はやらなかったぞ」
降って湧いた縁談は、セドリックからすれば不可解極まりなかった。だがこうして種明かしをされ、ようやく得心がいく。没落寸前のウィロウ家は、グレースを隠す砦であったのだ。セドリックは、さながら彼女の騎士役といったところか。
「苦心して外道から引き離したと思ったのに、どこで嗅ぎつけたのかグレースを連れ戻そうとして……本当に忌々しいったらありません」
「あやつ、グレースなどという娘はいないと言ったそうだな。結構なことだ。二度とあの子に関わってくれるな」
その件に関してはセドリックも思い返すたびに、はらわたが煮えくりかえるが、バートルズ夫妻の憤りはそれ以上だったかもしれない。
何せ夫妻がフォルトナト侯爵から「価値のない」子供を押し付けられたのは、グレースが初めてではなかったのだ。グレースの前にもう一人、男の子の赤ん坊を引き取っている。けれども赤ん坊は、ひどく病弱だった。ゆえに侯爵は「医者代を払うだけ無駄な存在」と見なし、姉夫婦に押し付けていったのだ。可哀想なその子は二歳を迎えることなく亡くなってしまった。だから性懲りも無くグレースを捨てていった際「何としてもこの子だけは守る」と夫妻は決意したのである。
グレースを社交に出さなかっただけでなく、夫妻もなるべく存在感を消して過ごした。人でなしの父親に彼女を近づけないためでもあったが、彼女のおかげで急増した資産を気取られることのないためだった。そうやって大切に守ってきた一人娘を、どこの馬の骨かわかない貧乏人のもとへ、送り出さなければいけなかった夫妻の不安はいかほどだったか。
「いずれにせよ、ドリック殿を巻き込む形になって申し訳なく思います。このたびの結婚は、わたくし達の個人的な事情だけで決めたようなものですから」
セドリックが否定するより先に、ジョセフが「謝る必要はない」と、ピシャリと言ってしまった。
「あんなに可愛くて良い子を嫁に貰ったのだ。むしろ感謝されるべきではないかね」
「あなた。それが紛れもない事実でも、建前があるでしょう。義理の息子ですよ」
悪いと思っているのか、いないのかよくわからないが……セドリックの事を夫として、あるいは婿として認める気は一応あるようだ。
「たとえグレースが不幸を引き寄せる体質に変わったとしても、僕は彼女を見捨てません。命が続く限り大切にする事を、この場を借りて誓います」
話の締め括りに、堅物な彼らしい誓約を立てる。その真剣な眼差しを見て、バートルズ夫妻も声色を和らげるのであった。
「ありがとうございます。そう言ってくださって……安心いたしました」
「言葉ではどうとでも言える。生涯をかけて証明することだな」
「はい。必ず」
愛情は想う相手がいなければ成立しない。お金や時間をかけたら生まれるものでもない。そんな、かけがえのない想いを心に育めた事、これこそがグレースがもたらしてくれた真の幸運だと、彼は思うのである。
グレースの幸運値(?)は、相手への好感度によって変動します。つまり好きな人ほど……




