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 セドリックの休日の過ごし方は決まっている。天気に恵まれたらグレースの散歩に付き合う。雨が降れば彼女と一緒に刺繍をする。空模様から推測される本日の天気は、晴れのち雨。こういう時は大人しく屋敷で刺繍だ。結婚する前は、溜まった家事を消化するだけの休日だったから、人生何が起こるか分からない。


「この間も雨でしたし、大きな洗濯物が乾きにくいですね。エイダが困っていました」

「そうだな。しかし天気ばかりはどうしようもない」

「恵みの雨とも言いますものね。雨も悪いことばかりではありませんわ」


 セドリックと一緒に練習している効果なのか、グレースの刺繍はかなり進歩していた。「C」だと断言されれば、薄目でそう見えるかもしれない程度にはなってきた。もちろん、左手が穴だらけになることもない。謎の三角と棒しか縫えなかった過去を思えば、大きな進歩である。一方でセドリックは順調に腕前を上げていた。イニシャルなんてお手のもの、花でも鳥でも縫えるようになった。

 やがて窓の外が暗くなり、まもなく雨が降り始めた。グレースの部屋以外は雨漏りするため、常備されている桶や古い鍋が持ち出される。セドリックとカイルが手慣れたようにそれらを配置していた時、玄関の扉がノックされた。真っ先に気付いたのはグレースだった。


「……? こんな雨の中、お客様かしら」

「私が出ます。グレース様はそのままで」


 扉の向こう側からくぐもった声で「お届け物です」と聞こえた。

 エイダが対応に出ると、外には荷車を引いた男性が立っていた。


「あ、どうも。ウィロウ家の奥方様にお届け物です」


 配達人の男性はそう言った。だがエイダは受け取りに躊躇する。グレースの実家からであれば、荷車は馬に引かせ、さらには荷物が雨に濡れないように届けられるはずだ。ということは、バートルズ家が送ってきたものではない。グレース宛に贈り物をする相手が他に見当たらず、エイダは慎重になった。


「……どちらを受け取れば良いのでしょう」

「荷車にあるもの全部ですよ。重たいので中まで運びましょうか?」


 配達人は正しく仕事をしているだけなので、エイダは不信感を抱きつつも、室内まで誘導した。次々と運び込まれる木箱がグレース達も気になり、近くまで見にくる。


「これ全部わたし宛なの? どなたから?」

「さあ……自分は依頼されただけなので。中身を見れば分かると言ってましたよ」

「そうなの。運んでくださってありがとう。傘を貸しましょうか? 戻るのも大変でしょう」

「いやなに、こういう仕事なので慣れっこですよ。お気持ちだけありがたく貰っておきます」


 男性が帰るとさっそく、大量の荷物の検分が開始される。グレースは微塵の警戒心も無かったが、ここはセドリックが代表して蓋を開けた。


「食器か?」


 木箱には小皿から大皿、ティーセットが何組も綺麗に重ねられていた。夫婦二人で使うにしては多すぎる。別の箱には花瓶がずらりと並んでおり、どれもこれもよくできた美麗な品だった。


「こんなにたくさん、わたしに……?」


 グレースにも心当たりはなく、首を傾げるしかない。何かの間違いかと思われたが、セドリックは大皿を包んでいた紙に、走り書きのような文字を見つけた。それにより宛先に間違いはないことが判明する。


「引っ越しの邪魔であるため、ウィロウ家の夫人に差し上げます。これだけあれば、もしまた割っても買いに走る必要はありますまい──ハンス」


 ハンスという名前に聞き覚えはないが、グレースとエイダには送り主がわかった。白いティーポットを売ってくれた老人だ。


「あのご主人だわ! 絶対にそうよね? エイダ」

「このひねくれた言い回しは間違いありません」

「そう言えば名前をお聞きしてなかったわ。お引っ越しされたのね……お礼が言えなくて残念だわ。セドリック様はあそこに職人の方がいらっしゃるってご存じでしたか?」

「いや、あそこに人が住んでることも知らなかった」


 ウィロウ家がボロ屋敷なら、ハンスの家はお化け屋敷といったところである。


「そうなのですか。きっと静かな場所で製作に打ち込みたい主義だったんですね!」

「そうかもしれないな」


 相手が引っ越してしまい、行方がわからない以上、送金も返品もできない。グレース達はありがたく受け取ることを決めた。

 こうして長らく寂しげだったウィロウ家の食器棚は、一日にして華やいだのである。


 来客は続いた。それから六日後のこと。良い天気だったので港まで歩こうと、二人が話していた矢先に、扉が叩かれた。今度の客はラインミュラー一家だった。なんでも南部地方へ旅行に行ったとかで、セドリック達にお土産を渡すために立ち寄ったそうだ。


「何もない我が家ですが、どうぞ足を休めていってください」

「わたしが大好きな紅茶をご馳走しますわ!」


 セドリックとグレースに勧められた一家は喜んで招かれていった。本当に何もないウィロウ家だが、最低限の椅子とテーブルだけは残っている。掃除を欠かさない当主のおかげで汚れもない。

 グレースはしかと観察させてもらった侯爵夫人の動きに倣おうと張り切った。


「エイダは紅茶をお願いするわね。それからカイルにお茶菓子が用意できるか、確認してくれるかしら」

「はい。かしこまりました」


 お茶が用意できるまでの間、グレースは夫妻に旅行の感想を尋ねたり、ニーナ嬢の緊張を和らげたりで忙しかった。会話に混ざれないセドリックであったが、彼はグレースの楽しげな声を聞いているだけで満足だった。


「お話し中、失礼いたします。お茶の準備ができました」

「エイダは紅茶を淹れるのが、とても上手なんですよ」

「褒めてくださるのは光栄ですが、いささか緊張してしまいます」


 緊張すると口で言いつつも、エイダの仕事ぶりはいつも通り丁寧で抜かりない。今日は例の白いポットではなく、お客様のために別のティーセットを出してきた。ミモザの花がまるでそこに咲いているかのような、惚れ惚れする逸品をさっそく使わせてもらう。


「皆様、ハチミツはお嫌いではありませんか? ニーナ様も大丈夫ですか?」

「うん。グレースおねえさまがすきなの、わたしものみたい」

「嬉しいですわ。さあどうぞ、召し上がってください」


 微笑ましい会話に皆、自然と笑顔になる。グレースの大好物は、客達にも好評だった。


「おいしい! この味、すき!」

「ふふっ、わたしも大好きなんです」

「これは素晴らしいティーハニーですね」

「ありがとうございます。実家から届いたものですわ」


 親娘とグレースが談笑する傍らでは、侯爵とセドリックが声量を落として言葉を交わす。


「良い茶器をお持ちですな。どちらで手に入れた品か、お尋ねしても?」

「六日前、妻宛に届いたばかりの品で……この町にいたハンスという者の作品だそうです」


 途端に侯爵の目の色が変わった。それに伴い、控えめだった声量も大きくなる。


「ハンスですと……!? あの名匠、ハンスの作品とおっしゃいましたか!?」


 一同は水を打ったように静かになった。

「あの名匠」と言われても、セドリック達にはどの名匠かさっぱりわからない。


「添えられていた手紙には確かにハンスと、書いてありましたが……」


 セドリックがかろうじて伝えられたのは、それだけだった。


「ハンスと言えば、王室ご用達だった陶芸家ですよ! しかしすこぶる変わり者でしてね。貴族に頭を下げられても、法外なお金を提示されても、依頼を受けないというので、彼の作品を入手するのは極めて困難と聞きます」

「えぇっ!? ではお渡ししたお金では全然足りないということですわね! 大変です! セドリック様!」

「お、落ち着け……グレース」


 かくいうセドリックも動揺していた。確かに芸術品のような絵皿やティーセットだったけれども。引越しの邪魔だと書いてあったし、まさかそこまで高い価値のある品々だなんて思いもしなかった。

 偶然にも会話を聞いてしまったカイルなど「怖くてもう触れないっすよ……」と呟き、震えているありさまだ。


「差し支えなければ、お話を聞かせてもらえませんか、グレース殿」

「はい。構いませんわ。発端はわたしが不注意でティーポットを割ってしまったことで……」


 説明はグレースに任された。当事者である彼女なら詳しく語れるし、話上手だからだ。あの走り書きのような手紙も保管してあったので、ついでにラインミュラー侯爵へ見せる。他の作品もぜひ見たいと言われ、届いた品もすべてお披露目した。


「うぅむ……これはこれは……ハンスの作品の中でも傑作とお見受けします。一目見ることができただけでも幸運ですよ」

「わたくしも噂で聞くだけでしたが、こうして間近で拝見しますと、よりいっそう素晴らしいですわね」


 思いきり普通に使っていたウィロウ家の面々は、視力がどうかしているのかもしれない。間近で拝見したはずだが「すごく綺麗な絵だ」くらいしか思わなかったのだ。


「頼みごとばかりで申し訳ないのですが、私の友人にも見せていただけないでしょうか。美術品に情熱を注いでいる男でして、これほどの品々を見ればきっと、踊りながら大喜びしますよ」

「もちろん、いらしてくださって構いませんわ。物の価値のわかる方が見てこそですから。セドリック様もそう思いますよね?」

「あ、ああ。ラインミュラー侯のご依頼とあらば、喜んで」


 侯爵家の置き土産はとてつもなく大きかった。なんだが大事になってきたなと、セドリックは放心しかけながら思うのだった。


 そんなこんなで、勝手に送られてきた食器がとんでもない名品だと判明し、ウィロウ家は混乱した。といっても慌てていたのは男ばかりで、グレースとエイダの動揺はさほどでもなかった。


「俺、無理っす! 割ったら命に関わるような皿なんて扱えません!」

「でもハンスさんは、割れること前提で送ってくださったみたいよ」

「それ、奥様は許されても、俺は首が飛ぶヤツです! 無理っす!」


 こんな感じでカイルが拒否するので、普段使いは禁止となった。唯一の例外はグレースが買った白いティーポットだけである。


「すこぶる変わり者だとおっしゃっていたけれど、噂はやっぱり噂ね。わたしが割っても困らないように譲ってくださったんですもの! 恥ずかしがり屋なだけで、根はとっても親切なのよ」


 見るからに偏屈そうであり、満場一致で変わり者と言われるハンスは、決して親切な人間ではなかろう。エイダは内心でそう否定するも、口では「そうですね」と心優しい主人を肯定した。グレースにだけは親切だった、という点では間違いないからだ。


 ラインミュラー侯爵の友人とやらが、いつ報せを聞いたのか定かではない。しかし一週間と経たないうちに訪れたところを見るに、その情熱は本物であろう。

 ご友人の感動ぶりは表現のしようがないほどだった。また見せてほしい、何度でも見たいと感涙と共に請われては、セドリックも断れなかった。

 ご友人の知り合い、そのまたご友人……といった具合でウィロウ家には、入れ替わり立ち替わりで客人がやって来ることとなった。果てには王都に住まうエバーハート公爵家まで訪れたのだから、セドリックは腰を抜かしかけた。

 エバーハート公爵家と言ったら、王族に直接お仕えする貴族である。何代前だったか、王女が輿入れして、王族の血が混じる家柄になったはずだ。そんな高貴な方が田舎の港町に来るなど、もはや事件であった。

 エバーハート公爵は、髭を上品にたくわえた老紳士だ。工芸品に敬意を払い、その持ち主にも同様だった。公爵は物腰柔らかにグレースへ低頭する。


「夫人がお持ちの品々、どうかこの私に譲っていただけませんか? 無論すべてとは申しません。ご提示された金額に一切の文句はつけません。なにとぞ、ご一考を」


 コレクターにとってハンスの作品は、喉から手が出るほどほしいものだった。グレースも真の価値がわかる人の手元にあるほうが良いと思う。しかし彼女は了承しなかったのである。


「公爵様がお支払いになったお金を、ハンスさんにお渡しする手立てがありません。ハンスさんから陶器をいただいて、公爵様からお金までいただいたら、わたしの二重取りになってしまいますわ」


 聞くところによれば、ハンスは各地を転々と放浪する癖があるらしく、住所を突き止めることは非常に難しいという。製作者にお金を届けられないのに、グレースが勝手に売って儲けを得るなんてできなかった。

 公爵家を相手に反対意見を主張するなんて、下手をすれば家ごと潰されるところだったが、エバーハート公爵はグレースを尊重してくれた。


「お気持ちはわかりました。ハンス氏も夫人だからこそ、お譲りしたのでしょう。ですが私にも交渉の余地をください。ハンス氏の作品をお借りすることを、お許しいただければありがたく存じます」


 貸し出しなら構わないとグレースが頷けば、公爵は熱烈な握手をして喜びと感謝を表すのだった。貸し借りに際し、その場で誓約書が作成された。貸出料は公爵自ら提示してきたのだが、あまりの高額にセドリックもグレースも目を丸くした。


「ただお貸しするだけですから、こんなに必要ありませんわ」

「いいえ、夫人。持ち運びの際に破損してしまったり、私や配下の者に邪な心が生まれて盗む可能性があるのです。これはお手元に無事返すことが叶わなかった時の、いわば保険ですよ。私もこれだけお渡ししなければ、快くお借りすることができませんので、ご了承ください」


 滔々と説得されると、二人は首を縦に振らなければいけない気がしてきて、合意するのであった。エバーハート公爵はしきりに感謝を述べてから、今後の良い付き合いを願い、帰っていったのだった。

 意外すぎる形ではあったが公爵のおかげで、セドリックとグレースの結婚資金は一気に目標額への近付いたのである。

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