1 秘密と嘘(前編)
「うぉー‼︎ 公園公園血が騒ぐー‼︎」
自転車をその辺に止めて、2人はなんとなく散歩を始めた。
「ねぇねぇ海山知ってるー? この公園結構穴場なんだぜ。
夜だと思って油断したイチャつくカップルとかいてさー!
あの辺の暗がりとか、あっちの茂みとか、あぁあともっと奥のほうのあそことか、すげーんだぜ‼︎
なんかもう僕ヤバイ、興奮してきた」
若木が軽蔑しきった声で言った。
「なにおまえ、そんなん興味あんの? ガキだよな。
かわいい顔して、陰でんなことばっか考えてたんだな。
クラスの女子に話したら、てめぇの人気も地に落ちるな」
「え、え、……?」
「てめーも、男なら、もう高校生なら、もっと他にやることがあんだろ?」
「え、えっと……? 受験勉強、とか……?」
「ちげーよ。ばか」
「え? んと……? もっと自制できるようになれってことかな。
それとも、お日様とも仲良くなれってこと?
そういえば僕、せっかく太陽学園通って、体も心も鍛えようと決めたのに、全然だめだもんなぁ……。
それとも……、あ、まさか恋とかっ?! じ、実は僕、クラスに好きな娘がいて……」
「ちげーよ」
若木は、、鼻で笑い、牙の肩に腕を回して、白く細い指を夜空へ向けた。
「……男なら、大人なら――星だっ!」
「はあっ?」
公園の小高い丘。
太陽学園の丘とは比べもんにもんなんないくらい低くて狭いけど、結構風情がある。
そこのベンチの上に若木は座った。
牙も無言でそれに習った。
海山若木の知られざる趣味その2:星(もちろん1は映画)。
今日一日で、牙の頭んなかの知人リストの海山若木の項目には、いろいろデータが書き込まれていた。
……そういえば、こんなふうにじっくり星を眺めるのなんて、何年ぶりだろう。たまに、月を仰ぐくらいのことはあっても(太陽はパス)、星なんてあんまり……。
いくらネオンが増えていったって、それでもまだ見える星はある。この辺は、わりとのどかだし、星ってほんと、一杯あるんだ。
「昔の人ってすごいよな。こんな、星を繋げて、いろんなものに見立てたり、いろんな話作ったりしてさ」
「……ほんとだね」
牙は素直に頷いた。なんだか星の光って、安心できる。
「なんかさ、人って生まれたときからかな? 自分の星を持ってんだって」
「え? 12星座とか?」
「いや、もっとさ、たくさんの、その人━━一人だけの星」
「……自分だけの星?」
「そう。誰とも違う、同じ星なんかない、たった一つの、自分だけの星だ」
「へぇ……」
牙は夜空を見回した。
「でも、俺は、それがどの星なのか、わかんないんだけどな……」
なんだか若木はさみしそうだ。
「え、あ、うん、あの星なんかは……?」
牙は一際明るく輝く星を指差した。若木は笑った。
「なんで?」
「だって、海山の星ってさ、なんかキラキラ輝いてる気がする。
……あ、それかさ、月? なんか優しくて綺麗で海山に似合ってる」
「……そかな……。俺は、自分の星は、きっとすごく変わってると思う」
「どうして?」
「……俺って変わってるからさ」
星を眺めて、若木はまた小さく笑った。でも目がまださみしそうだった。
「えっ?! どこが?」
「……さあな」
「海山は変わってるんじゃなくて━━その……、映画とか、星とか、趣味あってさ、そういうの、個性があるっていうか、しっかりしてて、いいじゃん」
「……サンキュ」
「変わってんのは、僕のほうだよ」
「……? 貧血のことか? そんなの……」
「違うんだ。━━人ってさ、きっとみんないろんな事情を抱えて生きてると思うんだ。
きっと、誰だって大なり小なり秘密や悩みを抱えてさ、でも、一生懸命、みんな生きてるんだ」
「……赤羽の星は、きっと……太陽みたいな、あったかい星だろうな」
「ありがとう」
牙は若木の顔を眺めた。今日一日で、若木のことがもっと好きになってしまった。
ただのクールなだけの若木じゃなくて、なんかいろいろ考えて生きてる――そんな若木がかいま見えたからだ。
若木は一心に星を見ている。
牙もまた、星を見上げた。
いつか見つかるといいな、海山の星……。
「今日は、つきあわせて、悪かったな」
星を見つめたまま、若木は言った。
「楽しかったぜ」
「あ、うん、僕も……」
街灯が輝いていた。
人が作り出した光。街は光で溢れている。
けど……、牙はなにより、この、夜空の、人の光におされて輝きを弱くして、でも一生懸命輝いてる星々を━━美しいと思った。
涼やかな風が吹いた。
若木は、気持ちよさそうに瞳を細めた。
夏の夜。風に吹かれて、誰かと一緒に、星を見上げる。
こういうのってなんかいいなぁ……。牙はそう思った。
星と街灯に照らされて、若木の白い顔が輝いている。本当に綺麗な瞳をしている……。
薄い茶色の、意志の強そうな瞳。よく二重のほうがいいなんて話を聞くけど、若木は一重だ(そういえば双葉さんも……)。
でも、一重ってなんかいいと思う。だって、若木の目は、こんなに綺麗だ……。
(あれ?)
なんだか急に動悸がしてきた。でも、これって貧血のせいじゃないかも……。
若木の綺麗な瞳を見てると、たまらなく胸が高鳴るんだ。
だって、若木が、こんなにも、双葉に似てるから……。
いや、違う。若木だから、こんなにも苦しいんだ。
(ヤバイ)
コレは……!
「海山、逃げろ……!!!」
牙は若木を突き飛ばした。
(え……?)
いきなり突き飛ばされて、ベンチから落ちた若木は、間近に立ちつくす牙を見た。
「ご、ごめん海山。僕、まだ大丈夫だと思ったんだ……。
でも、最近学校とか、バイトとかできるだけ行ってたから……血が……血が……」
「赤羽……?」
若木は息を飲んだ。牙の大きな瞳が━━その色が、赤黒く変色していたからだ。
「なに……?」
「に、逃げて……僕、血があんまり足りなくなると、そんで特に夜だと、自分で自分が何してるか、わかんなくな……」
「赤羽?」
「…………」
「おい、赤羽……」
「アハハハハ」
聞いたことない低い、背筋の寒くなる声で、牙が笑った。
「こりゃ、上玉だぜ。オレ好みのすげー美少年だぜ」
「なに言って……」
「そう怖がるなよ、痛くしないぜ。すぐ気持ちよくなっからさ」
なんかヤバそうなセリフを吐いた牙は、やっぱりはっきりヤバイ顔をしている。
あのかわいい牙とは思えないほど、妖しく、まがまがしく、思わず取り込まれそうになるようなその顔、その瞳……。
「きっと、綺麗な赤い血をしてるんだろうな。うまいんだろうなぁ。楽しみだなぁ」
牙は、自分の唇を赤い舌で舐めた。その口から、その名と同じ━━鋭く白い牙が覗いた。先程まで、あんなもの、なかったのに……。
牙は有無を言わさず、若木を組み敷く。
その小さい体からは想像もつかないパワーだ。
「な、な……?!」
「いただきます」
若木の白く透き通るような首に、牙は噛みつく━━、
「うわぁああああああっ⁈」
間一髪、渾身の力を込めて、若木は牙を突き飛ばすようにして、その手から逃げ出した。
一目散に、その場から走り去る。
「ハハハハ。逃げろ逃げろ。そう簡単に捕まっちゃ、おもしろくない」
余裕の表情で、牙はそれを追いかける。
身長差のある若木のすぐ後ろを、わざと捕まえず、焦らすように追いかける。
「うわあああ⁉︎」
いくら走っても離れず着いてくる牙。
若木は足を止めず、振り返る。途端、その辺の茂みに突っ込んで、何かに引っかかって転んだ。
「ちょっと、なによぉ。今いいトコなのにぃ」
……イチャつくカップルだった。
はでな赤いワンピース着た女の脚につまずいたらしい。
「なんだてめー」
語気荒い強面の男。でも、そんなのに構っている暇はない。
若木はそれらを避けて、再び走り出した。
牙がそれを追いかけていく。
「……なんだったんだ?」
「ねぇねぇ昌樹ぃ、見た見た?
片っぽすっごい美少年だったわよ!
もう一人も、かわいい感じなのに、妖しくて綺麗でかっこよくて!
あの二人、どんな関係かしら?」
「さぁ?」
「きゃっ、もしかして、あの二人、恋人かしら⁈
逃げる美少年、追う妖しく麗しい、謎めいた少年! あぁ絵になるわ~」
「……美佳、てめー普段どんな本読んでんだよ……?」
クズ籠を倒し、目の前を横切ろうとした黒猫を蹴りつけそうになり、たくさんのカップルの邪魔をし、若木は太陽公園を10周する勢いで逃げ続けた。
マッハのスピードで、本当に公園を10周した後、彼は、太陽学園の丘を登っていた。
「こ、ここまでは追ってこれまい……」
例によって振り返った若木は、間近に赤い瞳を見て、
「げ?!」
と首を前に戻した。長い足を忙しく動かして、とにかく丘を駆け登る。
……数分後。
「なんで、引き離せねぇんだ~⁈ いつもはここですぐへたばるくせにっ⁈」
「なにをハテナなことを言っている?」
「ちくしょおぉぉ」
さらに数分後。
「はぁはぁ……あ、やべ、そろそろさすがの俺もへばりそうになってきた」
「ハハハハ」
「あー、はぁはぁ、むかつく。
いつもは息切れすんのはあっちなのに。
走りには俺、自信あったのに。なんで、そんなに、はぁ……余裕なんだてめー」
「アハハハ。少年、そろそろ潮時かな?」
「っきしょ……はぁはぁ……うげっ?」
若木は石に蹴躓いた。……無様に転んだ。
「ハハハハ、ハニー。そう焦るなよ。夜道は危険が一杯だ。
そんなに急ぐから、オレのことばっか見てるから、転ぶんだぜ? フフフ」
牙は、俯せに倒れた若木を、無理やり仰向けにし直して、その上に馬乗りになった。
「はぁはぁはぁ」
「そんなに興奮するなよハニー。夜はこれからだぜ」
牙は若木の髪をその手で撫で回した。乱暴に、彼の髪を縛るゴムを外した。
「痛っ……!」
形のよい白い頬を撫で、唇をなぞり、顎を伝い、牙の手は、若木の首筋へ移動した。
「たまんねぇ」
「や、やめ……!」
牙の息が、若木の耳元に迫る。
「や、あかば……はぁ……やめ、あ……⁈」
若木の首筋が湿った。牙が、赤い舌でその白い首筋をしきりに舐め回す。
「ん……だめ、やめ、赤羽……嫌だ。いや……」
「大丈夫。死にはしないよ。
ちょっと、その綺麗な血をくれればいいんだ。
欲しいんだ。オレ、おまえの血が……」
牙の赤い目が、若木の茶の瞳を見つめる。
思わずその赤い瞳に魅了された若木の首に、口を開いた牙が、白く鋭いそれを突きつけた。
「嫌だぁぁぁぁあああああっ‼︎」
夜を振るわす悲鳴が、響きわたった。




