4 貧血少年・清涼少年②
色素の薄い瞳や髪や肌。長い前髪を無造作に下ろし、あとは肩上5センチ(推定)の髪を首の後ろで1つに纏めて、黒いゴムで縛っている。
涼やかな目元。筋の通った高い鼻。ニヒルな口元。
牙とお揃いのグリーンな作業服を着ている。
ついでに靴も2人とも白のやつ(デザインは違うけど)。
掃除の時は、白い靴を履くことになっているのだ。
特筆すべきは、若木のその姿というか顔。ついでに苗字。あと雰囲気とかも。
こりゃもう兄妹(姉弟)じゃねーかってくらい、若木はあの海山双葉に似ているのだ‼︎
しかし、若木も、あと双葉に訊いても、兄も妹も姉も弟もいないというのだ。
ついでに同じくらいの年頃の親戚もいないと。
━━でも、本当にすげーよく似ているのだ。
牙は最初と思ったが、本人たちが違うというし、世の中には似てる人が3人とか5人とか10人とかいるとかいうし(?)、とりあえず気にしないことにしている。
しかし、なんで、苗字まで一緒なんだろ……。
「おつかれさま」
牙の背筋がたぶん5センチくらい伸びた。
これは双葉の時と違って、意識的にやっている。
姿勢を正し、牙はクラスメートが見たら「誰コイツ⁈」と目を30センチくらい突き出して驚くかっこいい表情(本人談)を浮かべ、
「よぉ、今日はどうだった?」
超かっこいい低い声(本人談)でそう言った。
目なんか眇めちゃったりして、超かっこよすぎ(本人談)。
「別に。いつもどおり」
若木はかったるそうにそう言った。……牙より100万倍かっこいい(通りすがりの美人看護師・美雪さん談)。
2人は横断歩道を渡って、事務所のあるアパート(オンボロ)に向かっていく。
「あ、そうだ。海山、これいる?」
牙はかっこよく(以下略)ポケットから菓子類をいくつか取り出した。キャンディとか菓子パンとか。若木はそれを受け取った。
「サンキュ。……おまえ、また患者さんからもらったのかよ」
「ああ」
「まじかよ。俺なんか一度ももらったことないぜ? ってか、もっと速くしろとか、もっと綺麗にしろとかいわれちまう」
「あ……まぁ、いるよね、そういう人も」
「赤羽って話しかけやすそうだもんな。……かわいいから」
若木はクールなままそう言った。牙のかっこつけな顔が崩れた。
「かわいいっていうなぁ!」
「おまえさ、気づいてねーと思うからいい加減言っといてやるけど。
すげー似合ってねえぜ、かっこつけんの。
っていうより、逆にそれ、かわいいだけだぜ?」
「うぅぅ〜‼︎」
牙は大きな目に涙を滲ませた。
牙がバイトを始めたわけ→自分を変えたいから。だったりする。
いや、単に掃除とか人が好きとか金が欲しかったという話もあるけど。
学校じゃ牙の知名度は檄高い。
「貧血少年・牙」「双葉の犬・牙」を知らんヤツはモグリだ。
でも、学校でもかっこよくなろうとがんばった。がんばったけど、そううまくいくもんじゃない。
ってことで、新しい環境で、自分を磨くことにしたのだ。ここなら、誰も学校での自分を知らないし、幸いなことに、牙の理想の「かっこいい男」にぴったりな若木がいて、彼を見習って、そのクールビューティーさを少しでも盗もうとがんばっているのだ。
がんばってるんだけど……
牙の前に、階段が現れた‼︎
事務所(3階)まで続くビッグモンスターだ。
牙は手すりというアイテムにすがって、一段一段泣きそうになりながらヤツをやっつけていく。
いや、ビッグダンジョンでもいい。
とにかく、なんとか攻略して、ゴール(事務所)まで辿り着かないといかん。
そうしないとお宝(給料)が手に入らない。
━━ 特に、仕事終わった後の、疲れた体にこれは辛い。
「ほら」
若木が無表情に牙に手を差し伸べた。
「おまえ、そんなんじゃ日が暮れちまうぞ」
「……ありがとう」
かっこわるい。けど、ここは大人しく彼の好意に甘えた。
困ったときはお互いさま。そういうことにしとけ。
「赤羽って、ほんとに体弱いよな」
「はぁ……はぁ……んなことねー……たぶん」
青白い顔で死にそうに呼吸乱しながらかっこつけても様にならない。
でも、牙はまだ頑固に健気に「自分は今かっこいい顔してる! と思い込んでいる。……無理がある。
牙はバイト先じゃそれなりにかっこいい自分になれていると思っている(本人比:たぶん、学校よか8割増しくらいかっこいい。一応無遅刻無欠席だし、失敗やらかしたりしても、ぶっ倒れたことはないのだ!! ……奇跡的に)。
若木に助けられて、階段クリアした牙は、事務所に辿り着いた。
流しでよ〜く手や腕を洗い、うがいもして、あとは来たときと逆で、私服に着替え、作業服をロッカーに突っ込む。
「お先に失礼します」
「おつかれさま」
なんてお決まりのやりとりをして(おばさんたちの多くは午後もお仕事なさる。ご苦労さまです)、またタイムカードと格闘すれば、本日のバイトは終了である。
ちなみに日曜は休日出勤扱いで給料高いらしいし、作業もいつもと違う感じらしいけど、なんとなく行ったことはない。
牙は日曜はとにかく寝るか、たまに家族に叩き起こされて、家族みんなでどっか行かされる――感じだ。
だって寝とかないと学校行くのが辛い。=双葉さんに会えない‼︎
……まぁ、それはいいとして、牙は今度は私服姿の若木(青灰色のシャツに黒いズボン。なんでか双葉のと同じ緑のリュックつき)と共に下りのダンジョン(ってか階段)をまぁクリアして、アパートの外へ出た。
陽射しが眩しくて、目が回る。
いつもならこの辺で、じゃあなとかいって若木と別れて、自転車乗って自宅戻って、そのまま疲れた体を休めるため眠って、起きてからおそ〜い昼食を自分で作って(赤羽家、家訓:自分のことは自分でしろ)……という感じだ。
だが、
「なぁ、赤羽、今日、暇?」
若木が訊いてきた。牙は青い鞄背負い直して首を傾げた(……拍子にめまいがして、ちょっとしゃがみ込んだ)。
「なんで?」
海山若木。
牙にとって、こいつも結構ナゾな人物である。
バイトはたまたま牙と同じ土曜に、でも牙と違って朝早くから昼まで出て、あとは、たまに都合がいいときとかも顔出すらしいが、なんか学生らしいから、あんま出てこない。
2人ともなぜこのバイト受かったかナゾだ。
あと、若木は日曜はここより時給いいとこで働いてるらしい。……よくは知らん。
その若木が、
「今日俺暇なんだ。どっか行かねぇ?」
とか言っている。
━━バイト仲間。これって結構ドライな関係。あんま交流ってない。
たまに親睦会とかもあるけど、たいして出たことないし。
話すってもせいぜい仕事のときだけ。━━ってな図式が、なんか崩れそうだ。
「いいけど……」
本当は今すぐ家帰って寝たかったけど、牙はそんなこと言わなかった。
だって、若木なのだ。クールビューティーでちと憧れの目標な男の若木からの誘いだ。
断れるわけない。ってか、逆に尻尾振ってついていきたいくらいだ。
――暇なんだ。
なんていい響きだろう。
一度でいいから、双葉さんの麗しのお口から、そんな言葉を聞いてみたい……っ‼︎
「双葉さん、今日、お暇ですか?」
「ええ。暇よ」
「じゃっ、デートしてくれますかっ?」
「ええ。もちろんよ」
なぁ〜んちゃって。
妄想モードの牙を、現実に連れ戻すように若木がクール・ヴォイスで言った。
「じゃさ、教会行かない?」
「はっ⁈」
自転車の鍵外しながら言葉を続ける若木。
「俺、別にクリスチャンじゃないけど、あのステンドグラスとかが好きでさ〜。なんか、映画のワンシーンみたいじゃん?
なんかもう、俺、ワイルドな主人公になったような気がしてさぁ……」
いつになく饒舌な若木。
しかし、牙は青い顔をさらに6割増しくらい青くして、
「……ごめん。僕、教会だめなんだ……」
愛チャリに鍵を差し込んで、ロックを解除。
「なんで? 宗教かなんか?」
「っていうか、十字架とかがだめ……。もう、見てるだけで死にそうで……」
小さな駐輪場から、自転車を押しながら、出ていく2人。
「変なの。十字架アレルギーかなんか?」
そんなんあんのかよ⁈ と、突っ込むヤツはここにはいない。
「っていうか……生まれつき……」
「ふーん? ま、いいや。じゃあさ、飯、食いに行こうぜ?
俺、うまい店知ってんだ」
「あ、うん」
チャリを走らせて、若木おすすめの店へ2人はGo!
「らっしゃ〜いい」
おやじのよく響く声。
――なんてことはない。どこにでもあるラーメン屋だった。
2人は、白い帽子被って白いかっぽうぎ着たおやじの目の前のカウンターに座った。
昼時だというのに、なぜか店は空いていた。木枯らし吹きそうなくらいガラ空きだった。おやじと自分たち以外誰もいやしね〜。
……嫌な予感がした。しかし、あの若木おすすめの店だし、こういう穴場っぽいとこは、きっと、たぶん……ウマい店に決まっている‼︎
「なんにする? 俺のおすすめは、スタミナジェットコースターラーメン」
「ス、スタミナ、ジェットコースターラーメン……?」
想像した。
なんか麺がカーブしたり、3回転半ジャンプしたりしてた。
……牙はさりげなく、メニューを手に取った。
• 逆上がりしまくりラーメン
• 大車輪して味噌ラーメン
• 後ろ回り失敗しちゃった五目ラーメン
• スタミナジェットコースターラーメン
• バック転ハイパーチャーハン
• ホップステップあとちょっと餃子
• 激辛アイドル味噌汁
• ドリームジャンボ宝サラダ
• 世界一周地獄絵図カリーライス
• あなたが好きですラブラブステーキ
まだいろいろ書いてあったけど、牙はメニューを閉じた。
もはや、何でラーメン屋にステーキが? とかいう問題ではない。
牙は入り口ののれんを振り返った。
入店時は惚けてて気づかなかったが、毒々しいまでの文字で『命知らず#グッバイ現世bこんにちは来世あははん♪ ラーメン』と書いてある。
……この店って……。
……若木って……。
「じゃっ、俺はスタミナジェットコースターラーメンな!
赤羽も同じのでいいよなっ?」
「い、いや……僕はその……」
メニューを見た。溜め息をついた。
若木とおやじの視線が恐ろしい。
いらない、とは言えない……。
「じゃっ、ドリームジャンボ宝サラダ1つ」
……これがたぶんベストだ。
「なんだよ? それだけか?」
「え、えーと……。その……」
「そんなんだから、いつも遅刻したり、ぶっ倒れたりするんだぜ?」
「えっ……?」
バイトに遅刻したことも、バイト先で倒れたことも(まだ)ないのに……⁈
牙が一瞬沈黙した隙に、
「もういい。じゃ、注文決まり! スタミナジェットコースターラーメン2つに、ドリームジャンボ宝サラダ1つ! あと、ホップステップあとちょっと餃子1つ。
━━以上な」
「あいよ!」
おやじの威勢のいい声。
牙は突然立ち上がった。
「えぇえ〜⁈ ぎょうざぁっ⁈」
若木はうるさそうに右耳に指を当て、
「あぁ気にすんな。全部俺がおごってやるから」
そう言って、牙をまた座らせた。
牙の顔が、今度は8割増しくらい青ざめた。
「んな恐縮すんなよ。こないだ、日曜バイトしてるトコの給料出てさ、懐あったかいんだ」
「……ちがう。僕……」
「お待ち‼︎」
威勢よすぎるおやじの声。
異様な速さで出来上がったメニューが、カウンターに並んだ。
スタミナジェットコースターラーメンは、別に普通の醤油スープに少し太めな麺のヤツだった。
……ただ、麺の上にこれでもかってくらい載ったガーリックが大運動会を開いている。
心臓破りな急カーブを繰り返し、見事なサークルを3度描き、太陽学園の丘なんて恥ずかしがって死ぬくらいのエベレストじみた山を築く……ガーリックたち。
ついでに、ホップなんとか餃子からもガーリックの匂いが凄まじく漂う。某中華街の中華マンクラスに膨らんだ餃子に贅沢一杯に詰められた、エレガントでスウィーティーでカウィー!(わけわからん)なガーリックが、なななんと‼︎! 餃子の皮を突き破って、皿一杯に広がっている‼︎!(……おやじが失敗しただけなのか、わざとかは定かではない)
牙がオーダーした、ドリームジャンボ宝サラダは至って普通。っていうか、単にキャベツの千切りだった。
「やっぱ、たまには、スタミナあるもんドカーンと食わねぇーとな‼︎ 体丈夫になんねぇーぜぇ?」
割り箸手にして、ラーメン食おうとして、ふと横を見た若木は、
「あっ⁈ おい、赤羽⁈」
家でも倒壊したような音を立て、イスひっくり返し、仰向きに倒れる牙の姿を目にしたのだった……。




