③デュエット〜闇の煌めき
「はい、お父さん、酢昆布」
クローゼットの中のポップコーンに、お菓子を分けてあげる。
《ありがとう、愛してるぞ、美紅》
「はぁ」
ある日は、こっそり買ってきたハンバーガーとドリンクを。
ある日は、夕飯の残りの煮魚を、こっそり。
その度、その度、
《愛してる》
父親は言う。
「はぁ」
「愛してます、美紅さん」
誰かにも、最近言われた。
実は、学校でも言われたことがある。
意外と、美紅はモテる。
(愛って、なんだろ……)
父親のあだ名は、ポップコーン。
ポップコーンは、母親となにやら口論しまくったあげく、蒸発した。
美紅が、8歳の時だった。
美桜が言った。
「みんな、お父さんは死んだ━━これまで通り、お母さんと仲良くしてね」
(みんな、お父さんが成仏したって、信じてる。
お母さん、なんでそんな嘘……)
「ええ⁈ ミクって、美紅ねーのことだったの?」
弟のガールフレンドたちが、訊ねてきた。
パート行ってる母の代わりに美紅が出迎える。
ついでに、牙もバイト中だ。
喜美枝と、
「あら、喜美枝ちゃん、久しぶり」
双葉。
「……」
美紅の目が、一瞬、金色に光る。
「はい、オレンジジュースと、ケーキ♡」
美紅が、自室でおもてなしをしていると、
クローゼットの辺りが、揺れた。
「?」
「美紅ねー、なんか音した」
「さ、さぁ? 聞こえなかったなぁ〜……」
斜め上向きつつ、頭を掻く美紅。
「あ〜〜ん、喜美枝ちゃん、双葉ちゃん、よく来たよく来た!」
いきなり、二人に抱きつく。
「ちょ、美紅さ」
「美紅ねー、くすぐったい!」
「もう2人とも、かわいい! 食べちゃいたいくらい♡」
盛り上がってる、美紅。
そこへ、
また、家のチャイムが鳴った。
「は〜〜い!
チッ、だれよ。いいとこに……」
「ボンジュール! スウィートハート美紅!」
銀次だった。もちろん、銀髪美青年の姿だ。
「ぎ、ぎんちゃん」
「我は決めたぞ。アダルトチェンジした美桜も捨て難いが、やはり、我の花嫁は、無垢な美紅に1票!」
「はぁ??」
「デートに行くぞ、来い!」
「え、ちょっと、ぎんちゃん」
手を引っ張られる。
(あぁ、そうか)
銀次と白馬に乗りながら、
(どこかで見たことある思ったら)
12年前、父親が蒸発する前に、どこかで見かけた?
━━あまり覚えてないけど。
(それにしても)
周りの視線が痛い。
「やっぱり恥ずかしいよ、ぎんちゃん!」
「━━飛ばずぞ、捉まってろ!」
馬がスピードを上げる。
「ちょ……」
美紅は、仕方なく、銀次の背中に捉まった。
銀次が嬉しそうに笑った。
「さて」
美紅のために、銀次は高価なドレスを買い、高級レストランに行き、
とどめは、
「さぁ、美紅。どれでも、好きなものを選べ!」
ジュエリーショップ。
たくさんの、高価な煌めきが並んでいる。
「いらしゃいませ、銀次様!」
「お久しぶりでございます」
「そちらの女性と、結婚指輪のご相談でしょうか?」
定員が声をかけてくる。
「ちょ、結婚って……」
「美紅、これが我の気持ちと、今日の記念だ。どれでも、好きなものを選べ」
「も、もう、ぎんちゃんたら……」
美紅は恥ずかしさで、頬を赤らめる。
「フフ」
「な、何よ、ぎんちゃん」
「かわいーな、美紅は」
美紅の頬が更に赤くなった。
バイト帰り。ふらふらになりながら、チャリで牙帰宅。
「え?」
牙は見てしまった。
玄関先に銀次と美紅と馬。
「美紅、楽しかったぞ」
「……べ、別に」
「ふん、美紅は素直じゃないな」
銀次は屈むと、素早く美紅にキスした。
「ちょ、ちょ、ぎ、ぎん……!」
唇を押さえ、うずくまる美紅。
「ほんとかわいいな、美紅は」
「ふふ……」
クローゼット親父のことも忘れ、
布団にダイブした美紅は、
はめた指輪を見つめる。
そのときだった。
クローゼットが揺れ、部屋のドアが叩かれた。
「お父? ちょ」
「ねーちゃん! 開けろ!」
ものすごい勢いで連打されるドアを開けると、
「どういうことだよ⁈」
牙が激怒している。
「な、何よ⁈」
「なんだソレ⁈」
「え、これはぎんちゃんに」
「いますぐ外せよ!」
指輪を無理やり外そうとする牙。
密かに揺れてる、クローゼット。
「な、何言ってんの! 牙!」
「若木に申し訳ないと思わないのかよ!」
「え? 別に私、若木くんとは、何も」
「ねーちゃんのバカ‼︎」
言い捨てると、牙は部屋から出て行った。
その瞳に、涙が溜まっていた。
「何よ、牙ったら……」
ため息つく、美紅。
そこへ、クローゼットの振動が激しくなる。
「お父さん? またお腹すいたの? ほんと、霊体なのに、いみふ」
美紅はいつもどおり、
《霊体というか、ただしくは、銀次と<もろとも封印>の影響で、まだ完全復帰してないだけだよーん》
とかなんとか言うと思った。
でも、この日は違った。
不気味なほどに揺れ動いたクローゼットの中から、一陣の風が吹き抜けた。
「え? お父……」
美紅の長い髪が舞った。
《ハーハーハ! 伝説のシークレット・ブラッド、ポップ様がきたぜ
ぇ! 今日のベイベーはどこかなどこかな》
時計台の上に腰掛けて、ポップは腹を押さえた。
《腹、減った……。美紅のやつ。酢昆布ばっかよこしやがって! おまけに、銀次なんぞに……あんなチャラ男に、美紅はやらんし》
ポップは紫色に煌めく瞳に憂いを浮かべた。
《牙のやつ。大丈夫か?》
牙がベッドで一人泣いているのを、ポップは知っていた。
家族のことならお見通しなのだ。
「これは……」
赤羽家の客間を占領している立花が、布団を蹴飛ばして、目覚める。
「それでさー」
「うんうん」
夜の埠頭を歩くカップル。
突然、男の方が倒れる。
「な……」
女は聞いた、あちこちから悲鳴。
足元に転がった男の首筋からは、血の赤。
《ベイベーが1人、2人、3人、4人……》
誰にも見えない速さで、ポップは男たちを気絶させていく。
《5人……》
「お待ちください!」
少女の声が響く。
「ポップさま〜。少し吸いすぎですわ!」
《……立花》
ポップが振り替える。
紫の瞳が不機嫌に光る。口元には白い牙。
《おまえ、また邪魔する気か》
「邪魔ではありません。これも愛です」
立花はポップに近寄ると、
「ど、どうぞ、マスター」
顔を赤らめた。
《いらんわ! 女の血なんぞ》
「マスター。立花は、12年前から……」
大胆に立花は抱きつき、ポップの唇を塞ぐ。
《やめい! 俺は、妻子持ちだぞ!》
「ポップ様……」
立花また迫ってくる。
《だ〜か〜ら〜》
立花の唇が近づき、ポップの生気を奪っていく。
《おま……ただでさえ、腹減りなのに、ひどいな》
「あ〜ん、おいしすぎですぅ♡」
《お供が、あるじの気、ふつう吸う……?》
「立花にはこれしかできません」
ポップが勢いよく、倒れた。
クローゼットに親父を運ぶと、立花は去っていった。
「な、何?」
部屋に残された美紅が、困惑顔。
「はぁ……」
牙の部屋のドアを叩く。
応答がない。
「牙、ごめんね」
美紅は、構わず続ける。
「牙。わたしね。愛って、わからない。
あんたは覚えてなおかもしれないけど、
昔は親は喧嘩ばかりしてた」
(やめて。どうして? みくがわるいこだから?)
「ある日、お父さんがいなくなった」
(パパは? ママ。パパは、どこにいったの?)
昔を思い出し、美紅は暗い気持ちになる。
「愛って、なんなの? わからない」
ドアが開かれた。
「美紅ねー」
うさぎのような泣き腫らした目。
牙は不憫そうに、姉を見た。
「とーちゃんのせい?」
「……別に」
美紅は目を逸らした。
「美紅ねー、若木のこと、少し考えて欲しいんだ」
美紅は視線を落とした。逡巡する。
「……わかった」
仕方なく、呟いた。
「考えてくれって言われてもなぁ……」
美紅は困惑顔。
若木には感謝している。
たくさん、助けてくれた。
でも……。
全然、ときめかないのだ。
「はぁ……」




