①エチュード〜牙の猛特訓
僕がもっと、強ければ……
若木をあんな目に遭わせずにすんだのに……
***
「よし!」
白い道着と、白い鉢巻きを装備した赤羽牙。
紙に書いた、修行メニューの数々に満足する。
「強くなって、戻ってくる!」
『メニュー』
・先ずは、自宅で、腹筋・背筋。正拳突き・キック千本。
・近所の公園で、タイヤ引き。瓦割り。巻き藁突き。
・鉄棒で、バット・クランチ(鉄棒に足だけ引っ掛けて、コウモリ
みたいに逆さ腹筋。
・駅までダッシュ! 駅の階段を登り降り。
・電車に揺られて、とりあえず滝を目指す。
・車中では英単語帳。
・着いた駅では、兎跳びで、階段登り。
・昼飯は、ニンニクラーメン・ニンニクましまし。
・滝浴びをし、鉛入り道着でランニングし、宿に。
・宿では、写経。早口言葉。格ゲー特訓。
「ぶお!」
双葉がジュースを吹き出した。
「本当にこれ全部やる気?」
夕方のファミレス。
メンツは、牙、双葉、喜美枝、なぜか忍も。
「あぁ、僕は強くなるんだ!」
「なんで、急に?」
「そ、それは……」
牙は気まずそうに、目を逸らす。
「無理じゃね?」
「双葉。そういうこと、言わないの!」
「喜美枝。だって」
「キバ様なら、できます!」
忍が食ってかかる。
「だって、これ……!」
ジュースをまた吹きそうになってる双葉。
「無理無理」
無情に、右手を振る。
「無理じゃない!」
牙がイス蹴って立ち上がる。
「仮に赤羽くんが吸血鬼でも、無理」
「む〜〜〜〜!」
ファミレスを出ると、上空は暗い。
もう夜だ。
「じゃあな〜〜」
「ばーい!」
今日は、現地解散。
この辺は街灯りで明るいし、みんなの家が近いので、安心なのだ。
「はぁ」
見上げると、お月さま。
特訓の紙の、マル秘の2枚目を取り出す。
(吸血モードでも、強くならなきゃな!)
暗い路地に走る。
(僕の中に眠る、シークレット・ブラッドの直系の血よ。
力を━━……)
「ハーハーハー! キバ様登場!」
どこからか調達した黒いマントを翻す。
「さ〜そく、行くぜ!」
跳躍すると、裏路地のカップルに突撃!
素早く、男の方に吸血。
「きゃああ‼︎」
女は悲鳴を上げるも、
「━━ありがとう!」
手を組んで、瞳を潤ます。
「こいつと別れたかったの、ありがとう!」
「なんじゃソレ!」
「ありがとう! 噛みつかれたら、長年の肩こりがなおったよ!」
「なんだぁ、ソリャ!」
「血が余ってたんだ。助かった!」
「己は、どこぞのダンス狂か!」
牙は、不機嫌に舌打ちする。
さっきから、噛みつくたびに感謝されてばかりなのだ。
「闇を生きる吸血鬼が、カッコ悪いったら、ないぜ!」
跳躍して、獲物を探していると、
「うわぁ! なんの脈絡もなく、サーカスから熊が逃げ出したぞ!」
「━━ハ?」
巨大な熊が牙に突進してくる!
「なにくそ!」
牙が両腕でそれを止める。
「グルルルル」
「オレ様にかかれば、熊など!」
唐突に熊が牙を舐めた。
「ハイ?」
遠巻きにしていた人たちがざわめく。
「おお! あの子供、熊に懐かれてるぞ!」
「一体、何者なんだ?」
「ジョセフィーヌ!」
サーカスの格好をした人たちが駆け寄る。
「あぁ、ジョセフィーヌ、どれだけ、心配したか!」
「ありがとうございます! あなたは、ジョセフィーヌの命の恩人です!」
サーカスの人たちに口々に感謝せれ、ギャラリーにはやし立てたれる。
「なんじゃソリャア〜〜〜〜!!!」
帰宅した牙は黒目に戻っていた。
「はぁ〜〜なんか、疲れた」
ベッドに倒れる。
「そ、そうだ、忘れるとこだった」
マル秘の紙と、プリクラ帳を取り出す。
クラスメイトたちのプリクラが、ぎっしり貼られている。
男子も、女子もたくさんだ。
めくると━━……
(精神修行。精神修行)
双葉の写ったページがあった。
「双葉さんを見ても、なんとも思わない<賢者>になる特訓!」
目標:双葉を見ても、心拍数が上がらなくなる!
(だめだ)
顔がにやついてくる。
(だって、かわいいんだもん……)
「あ〜〜〜! どうして、若木なんだ、双葉さんっ!!!」
牙は頭を抱える。
「双葉さん……双葉さん……いや、双葉さんと思うから、ドキドキするんだ。
これは,土偶、土偶……って、双葉さんのどこが土偶やねん!」
自分でツッコミを入れて、双葉のプリクラを見つめ直す。
「双葉さん……好きでした」
涙が、双葉の笑顔の上に落ちる。
そっと、プリクラ帳を閉じた。
***
あれは,2年生に進学したばかりの春。
もう恋なんてできないと思ってた。
***
「行っけぇー! ジョセフィーヌ!」
サーカスのテントの中、双葉が拳を握りしめる。
猛獣使いケンVS熊のジョセフィーヌ!
ケンが鞭を振るい、ジョセフィーヌが、玉乗りアタックをかます。
格ゲー顔負けの大迫力のバトルに、双葉は、瞳にお星様を浮かべ、歓声を上げる。
「今日は誘ってくれて、ありがとな! サーカスってあんまり来たことなかったけど、楽しかった!」
私服姿のとびきりかわいい双葉が、笑顔で言う。
「お、おう。なんか、感謝分と共に、チケットが2枚送られてきたから」
笑顔から目を逸らす牙。
そう、決めたのだ、もう恋心を完璧に諦めると。
これは、若木。若木との観戦。
これは、修行。修行ったら、修行。
双葉を見ても、ときめかない修行。
……なーんて。
本当は、ただ……
最初で最後のデートがしたかった。……
「このあと、どっか行くか?」
「……覚えてる?」
「は?」
「いや、なんでもない。さよなら、双葉さん」
牙は双葉に背を向けた。
(なんか、赤羽、変だったな)
帰りながら、双葉はふと、疑問符。
『さよなら、双葉さん』
(双葉? なんで双葉呼び? いつも学校とか以外の、2人の時は、<若木>なのに……)
『さよなら』
あぁ、そうか……
(ごめんな、赤羽…)
***
「大丈夫?」
女の子の声がした。
登校途中、貧血で倒れていた牙に、誰かが声をかけた。
あれは、4月。
桜が早々、散り始めたころ。
「あ、すみません、ありがとうございます」
「ほら、そこ座って。顔、真っ青」
言いながら、地面の砂を払って、彼女はハンカチを敷いてくれた。
白い、レースのいたハンカチが、少し汚れる。
「あ、すみません! 洗って返します」
「大丈夫? しばらく休んで」
桜舞う、あたり一面、薄ピンク色の広がるなかで。
牙は見上げた。
心配そうに自分を見つめる……
ボブヘアの少女。




