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シークレット・ブラッド  作者: うさぎさん⭐︎
エピローグ

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11/19

星と月と



「……のさ……」

「ん?」

 風に吹かれて早くも惚けていた牙に、若木は掠れた声で訊いた。

「……俺さ、こんなんだけど、友だちでいてくれるか?」

「――もちろんじゃん」

 おとといと同じ場所で、おとといと似た風。

 違うのは、若木が双葉の……女の子の姿だってことだ。

 でもそんなのきっとなんでもないことだ。

 牙だって今日は制服着てるけど(あ、若木も)、私服だって制服だって、赤羽牙ってことに変わりはないし。若木も双葉もきっとそうだ。

「僕のほうこそ、こんなだけど、これからも友だちでいてくれる……?

 あは、こういうのって、なんか照れるね」

 驚いた。若木の肩が小刻みに震えている。

「え、あ⁈ ちょっと若木⁈」

「赤羽ぇ……おまえって、とに……ボケてて、貧血で吸血鬼だけど――いいヤツだよな……」

「えっ⁈ あっああ⁈」

 泣かせてしまった。

 冷血と名高く、『ウサ公物語』観ても『世界一の吸血鬼』観ても泣かなかったこの人を……!

  ダイヤモンドみたいな、アクアマリンみたいな綺麗な涙だった。

「うわっ⁈ ちょっ、双葉さん⁈」

 若木なんだけど、一応今、女で双葉さんで憧れの人で、その双葉さんが泣いてて泣かしちゃって、今僕、傍目には女の子を泣かすすげーあくどいボーイに見えてんじゃ……⁈

 と心配する必要はなかった。

 人魚姫みたいな綺麗な涙と共に、若木が、双葉バージョン(女)から若木バージョン(男)へチェンジしたからだ。

 別に変身シーンだからって、キラキランとか光んなかったけど。もちろん裸になんかなんなかったけど。

 というより、どんなハイパーな機械使ってもはかれないほど、ゼロに限りなく近い速さの変身シーンだった。

 変だった。やっぱり、変だった。

 だって、いきなり目線高いし、ベストやブラウスきつそうだし、若木なのに髪ほどいててでこ出しだし━━、  

 スカート、だし……。

「うわっ⁈  やっべ、俺コレじゃ変態じゃん」

 若木はブルーのベストや白いブラウスのボタン全部外して、それ脱ぎ捨てて(なんか女んときの胸、形いいくせに、ノーブラだった……)上半身裸になって、ヘアピン全部外して、どっかから取り出した黒ゴムで髪縛って、青いスカート見下ろして……、沈黙した。

「う、どーしようコレ。今着替え持ってねー」

 頭抱えた若木は、とりあえず脱ぎ散らかしたもん、グリーンのリュックに詰めた。……意外とまめである。

 ちなみにラッキーなことに辺りにはちょうど人影がない。

「な、赤羽……頼む‼︎ このとおり‼︎

 『丘の下の角を右に行って神社の境内突っ切って、さい銭入れてそのまま三べん回って止まった方角へ向けて全力疾走、300メートル寄ってらっしゃい見てらっしゃいスーパー』行って、なんか穿くもん買ってきてくれよ‼︎」

「あ、いや……その……」

「ちくしょお。笑いたきゃ笑え‼︎

 いや、やっぱ笑うな‼︎

 笑ったらサマーソルトキック100発だからな!」

「いや、そうじゃなくて……」

「なんだよ? もともと、赤羽のせいでこんな目に遭ってんだぜ⁈

 泣かすだけ泣かして知らんぷりなんて最低の男だぞ‼︎」

「ちが……。もうそろそろ、辺り暗くなってきたし……僕、結局なんだかんだでおとといとか、血吸ってないし、若木今男だし……」

 恥ずかしい姿で混乱してた若木は、やっと気づいた。

 牙の目が、いつのまにか赤く変わってる‼︎

「ぼ、僕……オレ……」

 若木は恥ずかしいカッコのまま固まった。

 背筋をいや〜な汗が伝った。

「アハハハハハ。また逢ったな、少年‼︎

 こんなに早く再会できるなんて、これはもはや運命かな、ハニー?」

 ……高笑い&へんてこなセリフ。

 間違いない‼︎ あっちのほうの牙だ‼︎

「もっとゆっくり語らいたいけど、こないだは余裕ぶっこきすぎちゃったけど、ほんとはそろそろ血が足りなくて、オレもう倒れそうなんだベイベー。

 ページも少なくなってきたし、いきなりスゴロクで全マス進め的に、いただきま〜〜〜すっっ‼︎」

「うわあぁぁっ⁈ なんだそりゃあぁぁぁ⁈」

 上半身裸ついでにスカートの若木に、牙は飛びかかった。

 危うし若木⁈

「はぁはぁはぁ」

 若木の胸の上でしかぁーし、牙は息切れ。

「はぁはぁはぁヤバイ。血が、血が足りん……」

 牙にのしかかられたまま、若木は右手で地面を探った。

 その手が緑のリュックを捉えた。

「ぐわぁぁぁぁぁっ‼︎」

 と声に出して口を全開した牙は、若木の柔らかすべらかな首へ襲いかかったっ‼︎

 若木は、こっちも口を開けたリュックを、牙に向かって投げつけたっっ‼︎

「くらえ‼︎ 必殺‼︎ 吸血鬼バスタァァァ‼︎!」

「ぐおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!⁉︎」

 さっき突っ込んだ服類の後から、後から後から後から四次元ポケット並みに、ニンニクやら十字架やら銀の杭やら、吸血鬼撃退アイテムが飛び出して、牙に痛恨の一撃を食らわせた‼︎

 なぜか藁人形とかおふだとか、くまのぬいぐるみとかも出てきたけど、それはほんのおちゃめだ。

 ちなみに、教科書類はなかった。

 牙はあえなく気絶した。

 ……情けなかった。

「はぁ……危なかったぜ。念のため用意しといてよかった」

 若木は汗を拭って、クールに笑んだ。

 でも相変わらず恥ずかしい格好のままだった。


「おい、こら」

 顎を蹴り上げられ、牙は目を覚ました。

 若木がいた。男の若木だ。もう恥ずかしい格好をしていなかった。

 センスのいいグレーのジャージ姿だ。

 でも場所はやっぱり太陽公園(の、例の小さな丘)だった。空も暗い。

 ベンチの上に寝かされていた牙は痛む体を押さえ、身を起こした。

「うわよわぁぁあっ⁈」

 牙は吠えた。

 なぜか自分が上半身裸で、スカート穿いてたからだ。

「なっ、なっ、なんでっ⁈」

「ほらよ」

 太陽学園男子制服を若木はほうった。

 牙は急いでそれに着替えた。

「悪りぃな。あの格好じゃスーパー行けなかったから、代わりにおまえの服着せてもらった。

 小さくて破れるかと思ったけど、やっぱり今さっきどっか破れる音したけど、たぶん平気平気」

 空いてた。お尻とか膝とか背中とか。なんかボロ雑巾みたいに。いくらなんでも穴空きすぎだった。

 とりあえず、恥ずかしいから、ワイシャツ伸ばしてお尻は隠した。

「仕方ないだろ。てめーが吸血鬼になっから、やっつけるため暴れたら、切れちまったんだよ。

 見せてやりたかったぜ。ジャブ、アッパー、そして昇竜拳‼︎

  で、ノックアウトだ」

「そうなの……? ごめん。そういえばなんか体、激イタイ……」

 ホラだった。本当は気絶した牙を起こすために暴れただけだ。

「その代わり、ほら、いいもん買ってきてやったぜ」

 スーパーの袋を、若木は下向けた。音を立ててこぼれ落ちるトマトジュース、レバニラ炒め、ヒジキ、梅干し、昆布、小魚、牛乳、チーズ、ヨーグルト、納豆、酢の物、レモン、青汁、コーヒーゼリー。

「なんかとにかく体によさそうなもん、買ってきたぜ。

 ちゃんと食わないから、あんな変態吸血鬼になっちまうんだよ。

 ほら、遠慮はいらねぇ、食え食え」

 なんか全部特売品だった。

 豆知識:スーパーやデパートは閉店間際に行くとセールしてて安い!

     特に次の日休みの時は狙い目だ!

「気持ちも、払ってくれた代金も嬉しいけど、けど――僕……トマトもレバーもニラもヒジキも梅干しも昆布も魚も乳製品も納豆も酢の物もレモンも青汁も大っ嫌いなんだぁぁっっ‼︎」

「そんな好き嫌いばっかしてたら大きくなれません‼︎

 ほら、牙ちゃん、食べなさい‼︎」

「そんなあぁ、先生ぇえっ‼︎」

 なんか知らんが幼稚園の先生と園児ごっこしてしまった。しかも息ぴったり‼︎

「……いっとくけど、代金全部そっち持ちな。

 だってソレ食うのおまえだからな」

「そんなぁぁっっっ⁈」

「つべこべ言わず食え。

 おととい、源さんの店でおごってやっただろ⁈」

「うぅぅ〜。おととい映画行ったりしたし、今給料日と小遣い日前でお金きついのに〜〜〜。

 それに、おごってくれたってったって、僕キャベツ吐いただけなのに……」

「あぁ⁈ なんか言ったか赤羽 牙⁈」

 若木の眼が先端恐怖症泣かせに鋭く尖った。

「滅相もございません。何も申してません」

「いいから食え」

「……はい。食させていただきます。……う、ううう。るるるる〜。ひゅるりらひゅう。……あっ、でもコーヒーゼリーなら食べれるや」

「それはやらん。俺の好物だからな。

 これは、いわゆるお使い代ってことで、俺がもらう」

「僕お使いなんて頼んでないのに〜〜」

 ベンチの上の牙の隣りに腰かけ、うまそうにコーヒーゼリー食う若木。

 牙は恐る恐る何か少し口にしては吐きそうになっている。

 早々と食い終わった若木はクズ籠にゴミ捨てて、飽きることなく夜空の星を見上げる。

 牙が人生のように長い時間をかけ、食い物と戦い、何度も何度もやられそうになりながら、それでもなおかつがんばって、でももうだめだ死ぬぜエンドだ━━ってトコで、だがまさかまさかの大ドンデン返しかまして奴らをやっつけ終わるまで、若木は黙ってそばにいてくれた。

「おう。やればできるじゃん?」

「…………うう”〜〜もうなんも食べたくない」

「じゃっ、帰るか」

 若木は立ち上がった。 

 なんかいろいろ入ってて膨らんでいるリュックを背負って颯爽さっそうと歩く。

 牙も立ち上がった。

 腹さすって、教科書・ノート入りの青鞄背負って、ボロボロの学生服で、食い過ぎだ気持ち悪いぜよく死ななかったぜとか怪しく独り言呟きながら。

「おまえ、もっと運動して体鍛えないとな」

「……うん」

「あと、朝ちゃんと登校できるようにしないとな。

 あんまほんとにあれなら病院行って調べてもらったほうがいいかもな」

「……いや、単に吸血鬼体質なだけ」

「今度、本とかでいろいろ調べてみるよ」

「ありがと……」

 太陽公園の出口に達した。

「んじゃま、俺、家あっちだから」

「あ……。僕はこっち」

 2人は別方向に歩きだした。一歩、二歩、三歩……。

「――双葉さんっ‼︎」

 牙が振り返った。

 だいぶ先の角を曲がろうとしていた若木も、その声に振り返って、少し歩を戻す。 

 街灯に照らされて、佇む。

「ごめんっ、若木!

 僕、無神経かもしれないけど、今だけ双葉さんとして聞いて欲しいんだ。

 僕、僕……双葉さんのこと、ずっと好きだった‼︎

 双葉さんがいたから、学校すごい楽しくて、前よりずっとがんばって登校できたんだ。

 授業もずっと出るようになった。友達も増えたし、勉強も前よかちょっとわかるようになった。

 僕、小学校の時、失恋して、すごく大好きだった女の子が、僕に好意を寄せてくれてたのに、僕、親友だった男友達とその子と一緒にいたとき、血が足んなくなって、よくわかんなくなって、親友の首に噛みついちゃったんだ。

 したら、次の日学校に行ったら、黒板に『赤羽 牙はホモだ』って、でっかく書いてあった……」

 悲愴な話だった。

「それでその子はもう二度と口きいてくれなくなった。

 でも僕、ずっとその子のこと忘れられなくて、もう一生他に好きな子なんてできないと思った。

 だけど━━もし、もしも、またいつか好きな人ができたら、僕は絶対後悔しないように、一生懸命恋するって、決めてたんだ……。

 けど、また失恋しちゃった。双葉さんは若木だもん。

 これって完璧、失恋だよね。

 あきらめなきゃいけないよね。

 あぁーあ、失恋失恋大失恋! 

 僕、もしかして、一生まともな恋なんてできないのかな……?」

「赤羽…………」

 若木がすぐ近くに寄ってきた。

「ごめんな……俺、気持ちはすげー嬉しいけど、俺やっぱ男のつもりだからさ……。 

 女じゃねーと、そういう対象に思えねーんだ」

「いいよ。ただ言いたかっただけだから。

 ……聞いてくれてありがとう」

「ごめん。赤羽が嫌いってんじゃないんだ。むしろ、いいダチだと思ってる。

 俺はその……たまたま、もっとワイルドなのが好きなだけで、赤羽は赤羽ですげー魅力あると思う」

「いいよ。もう……。

 はは、ワイルドな女の子か。きっと、若木によく似合うね」

「ごめん……」

「僕、若木のクールなトコとか、意外と優しいトコとか、趣味に生きてるトコとか、一生懸命生きてるトコとか、好きだよ」

「俺も、おまえのばかなくらい素直でかわいいトコとか、体弱くても努力してるトコとか、好きだ。

 ――そんな小学生の頃からすげー好きだったヤツいたのに、その、俺なんかのこと好きになれたんだ。

 きっとすぐまた、もっと最高に素敵なさ……女、好きになれるよ」

「…………ありがとう……」

「元気だせよ。世の中にゃ星の数ほど、女はいるんだ」

「……星、か」

 牙は空を見た。

 吸い込まれそうな夜空のなか、一生懸命輝くたくさんの星と、たった1つの月。

 ━━それからまた若木を見た。

「そだね。ありがとう。なんか、引き止めてごめんね。

 じゃ、また明日学校でね」

「ああ。じゃあな……」

 若木は気がかりそうに牙を見たが、きびすを返した。

 牙はその背中を見送る……。

「あ」

「ん? なんだよ? まだなんかあんのか?」

「その……僕、訊き忘れてたんだけど、若木ってさ、泣くと性別入れ替わるんだろ?  普段どうしてんの?  その……バイトの日とか」

 たとえ親が死んでも恋人できなくとも宇宙最後の日が来てもニンジン1億個食べても泣かないと名高いこの人。

 まさか、土日にゃ犬に噛まれてるわけではあるまい……?

「あぁ」

 なんでもないように若木は笑った。

「まぁ、いろいろ方法はあるけどさ……。知りたい?」

「知りたい‼︎」

「ま、あれだ。一番よくやんのは、映画。

 何度観ても泣ける映画のビデオ持っててさ、ソレ観てれば、ソレ終わる頃にゃ自然と性別チェンジしてるって寸法」 

 冷血コールド・ブラッド双葉(若木)が何度観ても泣く映画‼︎

「な、何々⁈ そんなの本当にあんの? 僕の聞き違い⁈ なんてヤツ?」

「それは、内緒」

「えー? じゃ、他の泣ける方法ってのは?」

「秘密」

「なんでー⁈」

 頬を膨らませる牙。

 若木はいたずらっぽく笑った。

「……もっと仲良くなったら、教えてやるよ」

「……ちぇっ」

「ああっ⁈ そういえばっ‼︎」

「え⁈ あ⁈ なに、若木⁈」

「忘れてたっ‼︎ 新作ビデオっっ‼︎

 やっべーぇ! もう全部レンタルされちまったかなぁ?

  急がないとっ‼︎」

「あぁごめんっ‼︎」

 ジャージの裾揺らして、若木はダッシュした━━、

 でもなぜかすぐ戻ってきた。

「? なに?」

「うん……あのさ」

 ズボンで手を拭いて、若木はその手を牙に差し出した。

「じゃ。ま━━ってことで━━、

 これからも、よろしくな!」

 牙はその手を握り返した。

「……うんっ‼︎

 こちらこそ、よろしくな‼︎」

 若木は今度こそ走り去っていった。

 牙はそれを見送った。


 ━━頭上では、星と月が微笑んでいた。


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