第87話
神藤さんのすぐ横に追いつき、スピードを緩める。
しかし、病院というのは不思議だ。病気を治す場所だからか、いると安心感がある。
神藤さんも病院に通っているんだよな。だって、病気なんだから。病院にもしエミュレイターが来ても安心……と、思うと、戦闘隊員はいるだけでそれなりに人に安心感を与える存在なような気もする。
そこでふと、疑問が浮かんだ。
「そういえば、神藤さんの病気って何ですか?」
今更過ぎることだ。だが、不治の病など想像がつかない。ましてや、この健康そうな神藤さんに関しては、なおさら。
まあ、この人のことだから、症状があっても言っていないのだろうが。
実際、ひどい病気なら、痛みを伴っていてもおかしくない。それなのに、この人は普通に動けている。それはすごいなと思う。
「膵臓がんだ」
「へえ……え?」
私は思わず立ち止まる。
神藤さんは訝しげな表情で立ち止まって私を振り返った。
「どうした」
「い、いや、え、それって」
動揺のあまり言葉が満足に紡げない。
しかし、私の中には一つの大きな仮説があった。
「何かおかしなことを言ったか?」
「いえ……ちなみに、なぜ余命宣告されるほどひどいんですか?」
「なぜと言われても。まあ、医者は手術できない位置にあるからだと言っていた」
「えー……」
それは……もう、完全に。
私は呆然として暫く言葉が出なかった。
神藤さんはそんな私に顔をしかめつつ、私の腕を取る。
「それより、早く次の任務に行くぞ」
「そうですね。あの、任務が終わったら、ちょっとお話をしても……?」
私がそう問うと、神藤さんは眉間のしわを更に深く刻んだ。
「必要なのか?」
「絶対に」
即答した。
もう、こればっかりは、絶対に覆せないくらい重要なことだ。私が話したいことは、本当なら今すぐにでも話すべきことだ。
私の真剣な目を見て、神藤さんは小さくため息をついた。だが、何も言わず頷く。
「分かった。とりあえず任務に行くぞ」
「はい」
私も頷いて神藤さんと共に転移する。
そこからはいつも通り、危険度Aクラスを倒しまくる。倒して、倒して、倒し続ける。その繰り返しだ。
任務が終わって、私は一息ついた。
神藤さんはそれで、と私に向き直る。
「君のしたい話とは一体何だ?」
その目は明らかに早く終わらせろと私に訴えかけていて、この人は……と私は思わず呆れた。
しかし、すぐに真面目な顔になって、神藤さんを見つめる。
息を大きく吸った。覚悟を決める。
「神藤さんの病気、多分治せます」
瞬間、神藤さんの目が見開かれた。
珍しい顔だな、こういう意表を突かれたって顔。基本冷静だし、表情筋もそこまで動かないし。
「……見つかったのか?私の病気を治せる者が」
「というか、初めからいましたよ。あなたのすぐ側に」
私がそう言うと、神藤さんは信じられないというように眉をひそめる。
神藤さんは私の側に歩み寄って私の肩を掴んだ。普通に神藤さんは身長が高いので、そうすると私の顔に影が落ちる。見下ろす目は、奇妙なほど揺れていた。
「それは、誰だ。教えろ」
肩を掴む手に力がこめられていくのが分かる。少し痛いくらい。それが、神藤さんの心を雄弁に物語っているようだった。
私はゆっくり笑みを浮かべて、自分を指さす。
神藤さんは顔をしかめて不思議そうに目を瞬かせた。
「私です」
「は?」
「私の能力、忘れてませんか?転移。この力があれば、がん細胞をまるごと転移させられるんですよ。例え手術できないような位置にあっても」
そう言うと、神藤さんはようやく理解できたらしい。
私の肩を掴んでいた手から、力が抜けた。神藤さんは呆然としたように私を見ている。
「君が……私を、救うのか?」
「そうなりますね」
私としても変な感じだけど。
神藤さんは頭に手を当てて唸った。その顔は葛藤しているようにも見える。
「そうか……」
「神藤さんは、助かりたくないんですか?」
私は不思議に思って尋ねた。
今の神藤さんは、喜びをかみしめているというよりかは、苦虫をかみつぶしたようだ。
「死ぬと思っていたのが、急に助かると分かった。しかも、治す方法はちょっと考えればすぐ分かることだったのに、それに気づけなかった。私は完全に諦めていたんだと、今悟った」
「はあ……」
あまり話の本筋が掴めない。神藤さんにしては珍しい。
だが、なんとなく、言いたいことは分かった。
神藤さんは、受け止められないのだ。自分が既に割り切ってしまっていたから。もう、受け入れてしまっていたから。
そして、神藤さんは死ぬことを前提に生きていた。それが急に生きられると言われたとして、すぐに受け入れられない方が自然だ。
「私は、どうすべきなんだ?私自身が生きようとしていなかったことを自覚してしまえば、生きられると言われても、その資格がないように思える」
哲学的だな。
生きようとしていないから、生きる資格がない。そんな考え方は私には理解できない。
生きる資格は生まれた時点で誰にでも平等にあって、それはいかなる理由があっても脅かされるべきじゃない。
もちろん世の中には極悪人がいて死刑、なんてこともあるが、その人たちだって、最後まで生きようとする権利はある。
逆に、どんな人にでも死ぬ権利はある。死にたいと思うなら死んだっていい。
死も生も、本人次第だ。生きる資格なんていらない。神藤さんは死ぬ必要があるわけでもないのだから、本人が好きに決めればいい。
「資格なんていりません。神藤さんが生きたいと思うなら、今生きる方法があるのだから、それを選べばいいだけです」
私が単純明快に答えると、神藤さんはぐっと目を開き、それから閉じた。
暫くそうやって目をつむって、静かに何かを考えているみたいだった。
私は答えを待った。ただ、神藤さんの気持ちを尊重しようと思った。
もし、神藤さんが死ぬことを選べば、私は悲しい。でも、仕方のないことでもある。生きたくないなら、無理に生かそうとしてもかえって苦しめるだけだ。
……私は神藤さんに生きてもらって、これからどんどん幸せになってもらうつもりだ。せめて、それだけは伝えよう。
「神藤さん、私は神藤さんを幸せにしますよ。きっと。神藤さんが生きてたら、私が神藤さんに幸せを沢山あげると思います」
まあ、できるかどうかは置いておいて、そうするつもりではある。
この人が生きているだけで、救われる人は今後も数え切れないほどいる。この人は正真正銘日本一の戦闘隊員で、沢山の人の希望なのだから。
「……私は、生きてもいいのか?」
「いいですよ」
私はまるで世間話をするみたいな声色で言った。
今気分はどうかと聞かれて、いいですよと答えるくらいのものだ。私には、それくらい単純なのだ。
神藤さんは黙って目をつむっていたが、やがて、そっと目を開けた。
「そうか」
なら、生きようか。
その言葉に、私は思わず笑みを浮かべたのだった。




