第88話
そうと決まれば、早くやろう。
私は神藤さんに神藤さんの通う病院を尋ねて、その場所に二人で転移した。
「二階堂医師ですか?ああ、いますよ」
今日はたまたま勤務日だったらしい。神が私たちに味方してくれているとしか思えない。
二階堂さんという神藤さんの担当医に話ができないか、と私は尋ねた。
すると、二階堂さんは今手術中だとの返事が。
仕方なく、手術が終わるまで待つ。
どうやら手術は長引いているらしい。予定では既に終わっているはずだったそうだが、難しい手術なのだろう。
二人で廊下の椅子に腰掛けて待っている間、神藤さんは何も言わなかった。
私も別に何も言わない。ただ、少しだけ緊張していた。
助けられるとは言ったものの、もしかしたら、なんらかの医療的制限で難しいかもしれない。私も転移で手術というのは聞いたことがないし。
それから暫くして、手術中と光っていたランプが消えた。
ぞろぞろと人が出てくるのを見送る。
そのとき、一人が私たちの方を見てあっと声を上げた。
「神藤さん、なぜこんなところに?」
「……二階堂先生、少しお話があるのですが、この後時間はありますか。迷惑を承知で伺いますが……」
私が言う前に、神藤さんが言った。
二階堂さんは戸惑った様子だったが、とりあえず待っていてくださいと言い残して去って行く。
時計の針が10分ほど進んだ頃、二階堂さんは戻ってきた。
先ほどまではマスクをしていたので気づかなかったが、この人は結構若い。どことなく疲れた感じがするけれど。
「それで、お話というのは?病気について、何か緊急のお困りごとでしょうか?」
「その前に、彼女のことを紹介してもいいでしょうか」
神藤さんは、私に手を向けて言った。
二階堂さんが私を見る。
「あ!この子、三浦史詩夏さんでしょう。知ってますよ」
え、なんで皆私のこと知ってるの!?怖い。
私は衝撃で思わず固まった。そんなことある?
そんな私を無視して、二階堂さんは神藤さんと話す。
「そうです。彼女の能力を、先生はご存じですか?」
「えーっと、転移でしたっけ?」
あと強化もあります。一応。
神藤さんはゆっくりと頷いた。
「はい。もし、がん細胞だけ転移することができれば、私の病気は治せるのではないでしょうか」
ド直球だった。しかも軽い。まるで天気いいですね、と言っているがごとく軽い。
「……なるほど。そうですねぇ、うん、可能でしょう」
そして、二階堂さんはあっけなく私の仮説を支持してくれた。待って、心の準備が追いつかない。
私はバクバクと鳴る心臓を落ち着かせようと深く息を吐いた。
「じゃあ、私が、がん細胞を転移させても、大丈夫でしょうか……?」
おずおずと尋ねる。語尾は弱め。
それに対して、二階堂さんは即答した。
「いいですよ。むしろお願いします」
即決ーー!!
良いんですか、そんなにあっさり頷いちゃって!いや、そうしてくれないと困るけども!心の準備が追いつかない!
私は口を半開きにして、暫く放心した。
いけてしまう。本当に、神藤さんのことが救える。
良かった……。
そして、私の責任の重大さがすごい。
気合いを入れなければ。私はぐっと拳を握りしめた。
「では、神藤さんのがん細胞の位置や大きさなど、なるべく具体的に教えてください」
「分かりました。えーっと、それなら、検査の時の写真を持ってきますね」
そう言って二階堂さんは去って行く。
その後、写真をもらった私は、何度も何度も大きさを確認し、3Dでも見せてもらった。
神藤さんのがん細胞はかなり大きい。しかも、位置があまり手をつけづらい位置らしい。
私は頭の中にがんの情報を全てたたき込んだ。よし、やろう。
「では、やります」
「ああ」
二階堂さんが見守る中で、手術室の寝台に横たわった神藤さんをジッと見つめる。
えーっと、この辺、このくらいの大きさ……よし。
「転移」
瞬間、置かれていた銀色の皿の上に、べちゃっとした赤いものが現れた。
同時に、神藤さんがうっとうめく。
「大丈夫ですか」
二階堂さんが慌てて神藤さんに駆け寄った。
「いや……大丈夫だ。腹の感じが変だが……」
しかし、特にそれ以外は問題ないらしい。
私はとりあえずホッと息を吐いた。これで、一応、成功した……のか?
「とりあえず、次の検査日まで、様子を見ましょう」
「分かりました」
神藤さんは神妙に頷いた。
次の検査日は半月後らしい。それまではまだ分からないが……だが、希望はある。
それから私たちは二階堂さんと別れてそれぞれ家に帰った。
そして、4月上旬。無事、神藤さんのがん細胞が完全になくなったことが分かった。今のところ、他の場所への転移はないため、実質完治したと言っていい。
神藤さんはそれを私に直接伝えに来た。検査の日は神藤さんは休みだったにも関わらず、だ。
神藤さんなしだったので、危険度Aは倒さず、それより下の危険度のエミュレイターだけ倒した。
一通り任務が終わった後に、北海道署に行くと、そこにはなんと神藤さんがいて。私は驚いて思わず声をかけた。
「神藤さん!なんでこんなところに?検査は終わったんですか?」
神藤さんは、無言で私に近づいて、ぽつりぽつりと話し出す。
「……がんは、完全になくなっていた。すさまじいことだ。二階堂先生も驚いていた。君には感謝してもしきれない」
そう言って頭を下げられて、思わず目を丸くする。
私はそんなに大したことはしていない。いつものごとく転移をさせただけである。
いや、でも、そうか。となると、私の能力は医療の現場でかなり重宝されるのかもしれない。戦闘隊員を引退したらそういう仕事もありだな。
私は不思議な気持ちになりながら、神藤さんに向き直った。
「神藤さんが無事なら、それで良かったです。また、バディとして、よろしくお願いします」
「ああ」
神藤さんは真顔で頷く。
こういうときくらい喜んだそぶりを見せれば良いのに、全然この人は表情を変えない。
だが、それが神藤さんらしい気もした。それによく見ると、この人はほんの少しだけ、口角を上げているのだ。
「そうだ、今日、危険度A-を4分半で倒せたんですよ!」
「……そうか」
え、それだけ?
私は釈然としない気持ちになって神藤さんを見つめた。
しかし、神藤さんは無表情のまま。
まあ、そうか。この人に褒められるには、もっと高みに至らなければいけないんだろう。
少し拍子抜けしたが、私は素直に神藤さんの反応を受け入れた。
「神藤さんは、何しに来たんですか?」
「君に伝えに来ただけだ」
「それだけのために?」
「ああ。もう帰る」
そうなのか。律儀な人だ。
神藤さんは私に背を向けて、歩き始める。
藍色の空には星が輝き、夜を小さく照らしていた。柔らかな春風が頬を撫でる。美しい世界の中を、神藤さんは歩いて行く。
私は暫く、その後ろ姿を静かに見つめていた。特に何も考えなかった。
その姿が見えなくなってから、なんとなくホッとして、空を見上げる。
ちょうど雲に隠れていた月が現れた。途端に世界は明るくなり、月光が私の顔を照らす。
私はそっと瞬きをした。
なんとなく、幸せを感じた。
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