第89話
今日はお悩み相談の日だ。定期お悩み相談室、春の部である。前回は12月で、今回は4月。
ずっと疑問に思っていたが、なぜ半年ごとにやらず、4月と12月という時期なのだろう。
4月はまだ分かる。春だし、色々新しく始まる時期だし、まあ不安もあるだろう。しかし12月はなぜ?色々イベントもあって憂鬱にならなそうなのに不思議だ。
まあ、そんな疑問はともかく、私は北海道署に来ていた。
こんこんこん、とドアをノックする。
「失礼します……」
「こんにちは」
中に入ると、そこには以前とは違う人がいた。前の人は辞めたんだろうか。
とりあえず勧められるがままに椅子に座る。窓から差し込む光は暖かく、空気は柔らかい。季節はすっかり春だ。
緩く巻かれた髪を一つにまとめて微笑むカウンセラーに、私はなんとなく安心する。
良かった。変な人だったらどうしようと思っていたのだ。まあ、カウンセラーに変な人なんて基本いないけど。
「こんにちは。調子はどうですか?」
優しく話しかけられて、私は気を抜いて話す。
「大丈夫です。えっと、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。それにしても、今日は天気が良いですね」
「そうですね」
窓の外を見ると、雲一つない青空が広がっている。明るい色彩は目に染みる。昨日も遅くまで空の稽古つけてたからな……。
カウンセラーはゆったりとした話し方で私に向き合った。
「最近どうですか?何か悩みとかありますか?」
「どうでしょう……特にはないですね」
流石に空のことは言えない。悩みの種だった神藤さんの病気は治ってしまったし、そうすると、今の私は比較的悩みの少ない人間である。
「そうですか……クマがあるように見えたので、寝不足なのかと思ったのですが」
「ああ……任務のことを色々と調べていて」
「勉強熱心なんですね」
「どうでしょう……」
はは、と曖昧に笑ってごまかす。
カウンセラーの女性は不思議な雰囲気だった。口調は優しいが何もかも見透かすようで、時折心を読んだようなことを言ってくる。
「それで、任務はどうですか?聞くところによると、三浦さんは神藤さんとバディを組んで活躍されているそうですが……」
「問題ないです。神藤さんは厳しいですが、その分褒められると嬉しいですしね」
もちろん、性格に難があるのは否定しないが。あの人、指示が時々簡潔すぎるし、言わなくても分かれオーラがすごい。自分が何でもできるからって人にもそれを求めるなと思うが。
私の気持ちを知ってか知らずか、カウンセラーの女性は苦笑した。
この人、本当にすごいな。時々心を読まれているような気がする。
「そ、それでは、次の質問にいっても良いですか?」
「はい」
なぜかカウンセラーの女性はどもったが、特に気にせず話を続ける。
「最近日常生活で困ったことはありますか?」
「困ったこと……」
やはり空がエミュレイターであることを隠すのは、それなりに骨が折れている。長袖長ズボンコーデだと虐待児風になってしまうが、半袖半ズボンだと怪我したときに終わる。
今までバレていなかったのが奇跡というレベルだ。
でも、そんなこと言えるはずもない。
「えっと……何か、隠さなきゃいけないことがあって困っているとか」
「えっ、いや、そんなことは……はは」
なんで分かったんだこの人!?カウンセラーって本当に心を読めるのだろうか……。
少し私が怯えると、カウンセラーの女性は慌てたように「何もないならいいの!」と笑った。若干ごまかされたような気もするが、まあ本当に心を読めるはずもないので気にしないことにする。
それからもいくつか話をして、私は相談室を出た。
春うららかな空模様と鳥の鳴き声に癒やされつつ、一階へと降りる。
そこで見知った顔を見つけて、思わず声をかけた。
「森先輩!」
「ああ、史詩夏。お悩み相談?」
先輩とはこんなところでなければ会えないので、思わず顔を綻ばせる。
「そうです。先輩は?」
「私もお悩み相談。さっき受けて、ついでにキューブを回収してもらった帰り」
「なるほど」
じゃあ、私の前が森先輩だったのかもしれない。
私たちは近くの椅子に腰掛けた。久しぶりに色々話したかったのだ。
「でも、あのカウンセラー、気をつけた方がいいよ。まあもう遅いかもしれないけど」
「え?何でですか?」
突然そんなことを言った先輩に、私は思わず不思議に思って尋ねる。
先輩はつかの間口を閉じかけたが、ゆっくり開いて一言。
「心が読めるって噂されてるんだよ。史詩夏は知らない?読心の能力持ちの話」
「え……知りません」
読心?何だろう。
確かにあの人は心が読めるのではないかと思わせる言動をしていた。とはいえ、それで本当に心が読めると思う人はいないだろう。
しかし森先輩は確信を持っているような口ぶりだったので、私は気になって耳を傾けた。
「大体、超人は戦闘隊員になる。けど中には、スカウトされて別の仕事をやる人もいる。例えばスパイとか」
スパイ、という単語に不穏なものを感じる。
「それって、警察でいう公安みたいな立ち位置ですか?」
「うん。で、その中に、心を読む能力者がいるって話があるんだよ。まだ若い女の人で、小柄らしいんだけどね。あの人、その特徴に当てはまってると思わない?」
私をチラリと見て、森先輩はそう言った。
心を読む能力者か……スパイにはもってこいな能力ではあるし、戦闘隊員よりも向いた仕事が他にありそうだ。
実際、超人の中には戦闘に不向きな能力を持つ人もいる。そういう人たちは副業をするのが定番で、有名なのは器用という能力を生かしてハンドメイド作家として売れた夏村敦子さんだろう。
とはいえ、副業はあくまでちゃんとしたもの。スカウトされて後ろ暗いことに足を突っ込むなんて話は聞かない。
「確かに、当てはまってますけど。でも、若い小柄な女ならいっぱいいますよ。それに、スパイがわざわざ私たちの悩みを聞くメリットは?」
「そう、そこ。最近、この辺りで妙な噂が流れてる。超人のふりをしたエミュレイターがいる、ってね」
……っ!
その言葉に、心臓をわしづかみにされたような気持ちになった。
ドクドクと鼓動が高鳴る。
空のこと、じゃないよね……?
特徴は完全に空だ。いやでも、バレるようなことはしていないはずだ。
私は一気に緊張して、平然を装いつつも慎重に話す。
「それで、その情報を掴むために彼女が来たということですか?」
「その可能性は高いんじゃないかと思ってる。実際、あの人、妙に鋭かったよ。史詩夏もそう思わなかった?」
「確かに、思いましたけど……」
でも、まさか本当に、そんなことがあるのか?
もし、本当に、空のことが何かの拍子でバレていて、探られているのだとしたら。
だったら、私の心を読んだあの人がその後どうするかなんて、想像に難くない。
私は冷水を浴びせられたような気持ちになった。
「だから、もし秘密があるんなら、なるべくそのことについては……史詩夏?」
私は立ちあがって森先輩を見た。
森先輩はぽかんとした表情で私を見ている。
「すみません、ちょっと用事があったのを思い出したので行きます」
「え、ちょっと」
森先輩が尋ねるより早く、私は言った。
「転移」
視界がぐにゃりと歪んだ。




