第85話
私はぎこちなく神藤さんを見つめる。
「まあ、端的に言うと、私が悪いです」
「そんなことは見たら分かる。君は民間人に迷惑をかけるなと訓練生時代に言われていなかったか?」
神藤さんは思い切り正論をぶつけてきた。いや、その通りだ。本当にその通り過ぎて何も言えない。
「返す言葉もありません……」
私は自己嫌悪してうなだれた。
神藤さんは深々とため息を吐く。それから、母親に向き直って言った。
「そちらの女性、私のバディが迷惑をかけたようで申し訳ない。私たちは戦闘隊員で、エミュレイターを倒す依頼を受けてここに来ました」
珍しく、神藤さんは不遜な態度もせず、真摯に母親に接した。
私はその姿に戸惑うと同時に、苦い気持ちになる。
神藤さんは、私の代わりに謝ってくれた。
知っている。この人は、ちゃんと自分に非があれば謝る人だ。
だけど、私のことにも同じように謝ってくれるとは思わなかった。つまり、神藤さんは私のことにも責任を負うつもりでいるということだ。
バディとは名ばかりで、実際には、神藤さんが私の師匠みたいなもの。対等な関係とはほど遠いと思い知らされる。
同時に、そのありがたさに胸が苦しくなった。
「そ、そうなの……?じゃあ、私の子に近づいたのは……?」
「任務に必要だったんです。どうかご理解のほど、お願いいたします」
神藤さんは、そう言って深々と頭を下げた。
神藤さんが頭を下げるなんて、よほどのことがない限りあり得ない。自分のことであれば、絶対にしないだろう。する理由も作らない。
私が神藤さんの足を引っ張っている。分かっていたけど、それを改めて感じるとつらかった。
母親は神藤さんの真面目な態度を見て、溜飲を下げたようだった。
私も神藤さんに習って、深々と頭を下げる。
「驚かせてしまって、本当にすみませんでした」
心の底から、そう思った。
全て、私が未熟なせいだ。エミュレイターを逃がすまいと焦るあまり、乱暴な対応をしてしまった。
暫くそうして頭を下げていると、やがて母親がぽつりと一言。
「頭を上げてください」
私は少し不安を覚えつつも、顔をあげる。
神藤さんも顔をあげた。
母親は、穏やかな表情で私たちを見つめていた。
「あなた方もお仕事だったんですよね。それなら、私が怒る理由はありません。むしろ、取り乱してしまってすみませんでした」
そうやって今度は深々と頭を下げられて、私は思わず首を横に振る。
「いえ、私が悪いんです。ちゃんと説明すべきでした」
「でも、よく分かりませんが、緊急事態だったんでしょう?それなら仕方ありませんよ」
「そんな……」
私がなおも言い募ろうとすると、神藤さんがそれを手で制した。
そして、真剣な表情で母親を見つめる。
「そう言っていただけると、私たちも助かります。では、失礼しました」
そう言って、神藤さんは私の腕を掴んでそのまま病室から出た。
「神藤さん、ありがとうございます」
私が感謝を伝えると、神藤さんはすぐにいつもの暴君の顔に戻った。
「君が未熟なのは分かっている。それより、どういうことか説明しろ」
と、言われても、私にもいまいちまだ理解できていないのだが。
私はとりあえず頷いて、起こったことをそのまま話した。
エミュレイターの位置を把握して捕まえようとしたものの、すんでのところで逃げられたこと。
ちょうど病室の扉が開いて、女性が出てきたこと。
その隙にエミュレイターが病室の中に入っていったこと。
私はエミュレイターを追いかけるために母親の制止を振り切って、とりあえず母親の武器だった哺乳瓶を奪って中に入ったこと。
そこでちょうど赤ん坊がエミュレイターを掴んでいたこと。
その瞬間、エミュレイターと哺乳瓶の位置が入れ替わったとしか思えないことが起きて、私は驚いてそのままエミュレイターを握りつぶしてしまったこと。
全て説明し終えると、神藤さんは険しい表情を浮かべた。
そして、どこかへ電話をし始める。
話の内容的に、超能力者らしき赤ん坊が見つかったが、特異体質かつ危険な超能力なのでEESで保護するように、と掛け合っているらしかった。
やがて、話がまとまったのか、神藤さんは電話を切る。
「厄介なことになったな。赤ん坊のときからあそこまで能力が使えるのは厄介だ。しかも、おそらくあの子の能力は転移系。下手すれば人命が失われる」
なるほど……確かに、その通りだ。交換系の能力者。多分、手に持っているものと自分の欲しいものを入れ替えることができる能力。
超人は、実は赤ん坊の頃から超能力が使えることは稀だ。
大体4、5歳くらいには少しずつ使えるようになるが、ある程度まともに使えるようになるのは6~8歳以降。
だから、超人の訓練は8歳から始まる。まあ、それはあくまで日本の話で、海外だと6歳から始めるところが多いのだが。
今回のように、生まれてすぐ使えるようになるケースは非常に稀。しかも、能力が私と同じ転移系だ。危ない。滅茶苦茶危ない。
となると、やはり引き取るのが妥当か……。
私は心の中で母親に申し訳なく思った。
あの人は別に子供を虐待するような人でもない。それなのに、子供と離れ離れにならなければいけないのか。
私は思わず落ち込む。しかし、神藤さんは私の様子になど全く気づかず、なんと病室に入っていった。
私は一瞬呆気にとられたが、慌てて追いかける。
神藤さんは、母親にちょうど話し始めたところだった。
「あなたのお子さんは、とても強い超能力を持っている可能性が高い。つきましては、その子をEESで預からせていただけないでしょうか?」
「え、そんな……」
当然、母親はさっと顔を青ざめた。
そりゃそうだ。子供と離れ離れになって嬉しい親なんていない。
私は何かないかと考えた。
そもそも、あの子の能力的には、手に何も持たせなければいい。だが、赤ん坊のことだ。何を急に掴むか分からない。
そこで、ふと思った。もう少し超能力の発動条件を考えてみるのはどうだろうか。
例えば、手袋をつければ発動しない、とかであれば、なんとかなるかもしれない。
私は意を決して、口を開いた。




