第83話
空はそれなりに強い。だが、完璧に強いというわけではない。当然だが、そこには隙がある。
「じゃあ、能力を使って戦ってみようか」
私がそう言うと、空は少し戸惑ったようだった。
「使って良いの?最悪死ぬかもしれないけど……」
「大丈夫。私、一応強いから」
私が言うと、空はそう、と不安げに答える。
私は余裕たっぷりに微笑んだ。
「じゃあ、初め!」
瞬間、猛烈な風が吹き、側の木々をなぎ倒していく。私は倒れてくる木々を避けながら、ハリケーンの外に転移した。
空の位置を確認して、真後ろへ転移する。
機関銃で背中を小突いた。
空はハッとして私を見た。
「全然、気づかなかった……」
「空はまだまだ勘が鈍いね。もうちょっと周囲に気を配った方が良い。あと相手の動きも予想してみて」
「難しいこと言うな……」
しかし、そう言いつつも、空の目はやる気に満ちている。
何度か同じように戦ってみると、次第に空は自分の戦い方を掴むようになっていった。
「空の能力は隠密だけど、センサーに引っかからない以外は気配を消す程度のものだから、勘が鋭い人にはバレる。だから、できるだけ慎重に身を隠して」
「うん」
空は言われたことをすぐ吸収する。
次の戦闘では木々の隙間に隠れ、小さな体格を生かしてちょこちょこと動いて私に位置を把握させにくくした。
頭が良いなと思う。要領も良い。だけど、まだ詰めが甘い。
私は転移ができるので、死角がない。空が動きそうな場所の把握、そして勘を使って、ひたすら空を見つけていった。
「三浦さん、強すぎる……!」
地面に横たわって叫んだ空に、私は思わず吹き出した。
エミュレイターなのに、この子は時たま人間っぽいときがある。不思議な感じだが、エミュレイターとの共生についても考えさせられる。
「さんはつけなくていいよ。下の名前で呼んでもらっても良いし」
私は空の横に腰掛けて言った。
かれこれ二時間近く戦っていただろうか。今日の訓練はこの辺で終わりだな。
暗い視界の中で、私たちはゆっくりと話す。
「なんで三浦さん……」
「史詩夏でいいよ」
「史詩夏さんはそんなに強いの?」
さん付けはやめられないか。私は苦笑しつつ答える。
「鍛錬の積み重ねだよ。とにかく、倒して倒して倒しまくる。あとは、考えることだよ。でも、私はこんなに偉そうなことを言うけど、まだ全然できてないことも多いよ」
「そうなの?」
男の子は驚いたようだった。
うん、と私は頷く。神藤さんにはダメ出しされてばかりだし、蔵田さんにはやっぱりまだ敵わない。私にはできないことだらけだ。
こうやって誰かに教えることは、私にとっても良い経験だった。寝不足になるのだけが勘弁だけど……でも、違う人の戦い方を見ていると、勉強になることも多いのだ。
空の戦い方は野性的で、それはきっと熊や小動物に擬態していた頃の名残だろう。あまり好戦的とは言えないが、安全地帯から確実に機会をうかがっている周到さがある。
常に冷静なところは私も勉強になった。それに、私の言ったことを自分なりにかみ砕いて昇華させるのがうまい。
私はここまで教えに真摯でいられただろうかと自分を省みてしまうほどに。
「強い人と出会うっていうのが大事なのかもね。いつまでも高みを知らなかったら、限界が来ちゃうんだよ」
「強い人と出会う……史詩夏さんより強い人がいるの?」
「いる。滅茶苦茶いる」
即答した。そんなの当たり前じゃないか。私の強さなんてミジンコだぞ。
私の力強い返答に、空は少し怯えたようだった。
「嫌だなぁ……そういう人と戦うの」
「まあ、大丈夫だと思うけどね。エミュレイターだってバレなければ、誰もそんなに敵対しようとはしないし」
皆いい人ばかりだ。強さを自覚し、強さに妥協しない人たち。その華麗な生き方は見ていて刺激になる。
「僕、強くなれるのかな」
「もうなってるよ。ここ最近、明らかに動きが良いじゃない」
「そうかな?自分ではよく分からないな」
空は星空を眺めながら言った。
そうかぁ。こんなに成長してても、自分では気づけないものなのか。でも、自分を客観視するって難しいしなぁ。
私だって、自分がどのくらい成長したのかとか、ぶっちゃけ全然分からない。蔵田さんに耐久できる時間っていう指標はあるけど……。
そうだ、空にも強くなったかどうかの指標を作れば良いのでは?そうしたら強さが可視化されるし、目標も明確になる。
「空、目標を作ろうか」
「目標?」
「そう。まず、私と超能力なしで戦って、10秒耐えられるようにする」
「そんなの無理だよ!」
空は叫んだ。もう心からの言葉のようだった。
そんなにキツいかな……前は5秒だったんだから、二倍にするだけだぞ。空ならできそうだけど。
私は加減が分からないな、と腕を組む。
「じゃあ、8秒」
「それなら、まあ……」
良いんだ。なるほど。
「次に、私と超能力ありで戦って、1分耐えられるようにすること」
「無理だよ!無理!」
えええ。さっきより否定の度合いが上がってるんだけど。
だって、君普段30秒くらい耐えてるじゃん。あ、そうか、二倍じゃなくて1.5倍くらいにすべきなのか。
「じゃあ45秒」
「それなら、まあ……」
なるほど、掴めたぞ。これからは1.5倍で目標を作れば良いのか。
……あれ?じゃあ、普段神藤さんに目標を三倍以上で立てられてる私って……?
……考えないようにしよう。神藤さんがスパルタなのは、薄々気づいていた。
「あとは、武器の使い方も学ばなきゃね。空には戦闘隊員でいう赤階級くらいまでの強さにはなってもらうよ」
「僕、今訓練生レベルですけど……」
「いやいや、二能力持ちでエミュレイターなら危険度B+くらいはあるでしょ、空は。謙遜しちゃ駄目だよ」
私は強めに否定した。
当たり前だが、二能力持ちというのは基本的に滅茶苦茶厄介だ。しかも、空の能力はセンサーに引っかからないという滅茶苦茶やばい能力。それに、実力的にも、地味に擬態回数が多いようなのは分かっていた。
総合的に判断すると、普通に強い。
「そんなに強くないけどなあ……」
空がそうこぼしたので、私は苦笑した。
この子には、自分がどれほど特異な存在なのか、まだ分からないらしい。
そうして、夜は更けていく。
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