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エミュレイター  作者: 雨降り人間
第三章 世界編
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第82話


 そっか、と私は頷いた。


「じゃあ、君の名前もつけよう」


 私が微笑むと、男の子はこてんと首を傾げた。本当に理解できていないという顔だ。

 なんかさっきからこんな顔ばかりさせている気がする。やはり私の思考は異常なのかもしれない。


「良いけど……僕は何も思いつかないよ。そういうの、あんまり詳しくないから」

「そうなの?」

「うん」


 それなら、私がつけるしかないのか。

 どうしよう。うーん、どんな名前が良いかな。大事な名前だしな。


「君は、好きなものとかある?」

「好きなもの?……空」


 そう言って、男の子は夕焼け色に染まる大きな空を指さした。

 空、か。良いかもしれない。


「じゃあ、君の名前は空にしよう」

「空……分かった」


 空は無表情で頷いたが、心なしか、声色は明るかった。

 それから二人して夕暮れの街を歩く。空は私に手を差し出してきたので、私は素直にその手を握った。

 手をつなぐと、確かに空の体温が伝わってきた。この子はちゃんと、生きてるんだ。そう思うと不思議な感じだった。


「あとさ、考えたんだけど、私に稽古をつけられてみない?」

「僕が?」

「そう。君はそれなりに強いと思うけど、もし見つかったときに逃げられるようにするには、もっと強くなった方が良いんじゃないかなって」


 私がそう言うと、空は暫し俯いて思案した。やがて、顔を上げて頷く。


「うん。稽古つけてもらう」

「オッケー。それじゃあ、夜9時に、訓練所の前で待ち合わせしよう」

「毎日やるの?」

「好きな頻度で良いよ」


 空はまた考え込んだ。

 太陽は遠くの山の陰に隠れて、辺りはすっかり暗くなっている。

 藍色の影に包まれた視界の中で、空が瞬きした。

 そして、私を見つめて一言。


「じゃあ、土日以外」

「分かった。そうしよう」


 私たちは指切りをして、約束した。

 それから、私は空を家まで送り、自分も家に帰った。

 転移して部屋の中に入ると、どっと疲れが押し寄せてくる。

 なんか、濃い一日だったなぁ。

 そう思いながら、私は夕食の準備を始めた。

 あ、そういえば、今日は稽古やるのかな。聞き忘れてた。




****




 空に稽古をつけるようになってから、私は前より寝不足になった。とはいえ、それくらいで、日常生活にさしたる支障はない。

 家に帰ると相変わらず情報集め。神藤さんの病気を治す手がかりを血眼で探している。だがまあ、今のところ収穫はゼロだ。

 代わりに、世界の戦闘隊員については詳しくなった。

 その中には、私と同い年の有名人もいた。

 アメリカのライアン・シュワイツァー。ドイツ系アメリカ人で、14歳11ヶ月で戦闘隊員になってから、どんどん階級を上げているらしい。今の階級は赤なので、私の二つ下だ。

 彼は神童ともてはやされているらしい。実際、その年齢で赤階級は相当強い。しかも、能力が“未来視”らしいのだ。

 詳しいことは流石に分からないが、未来が読めるのは途轍もない強さだと思う。

 いつか戦ってみたいな、と考えて、なんだこの戦闘狂な感想はと自分でも呆れてしまった。私、どんどん戦闘狂になっている気がする。そしてそれは絶対神藤さんのせいだ。

 戦闘隊員は割と能力によって強さが決まってしまうところがある。もちろん、基礎的な努力を怠らなければ青階級くらいまでは大体の人が行けるが、そこから先は能力の強さも必要になってくる。

 そういう意味では、このライアンさんはとっても強いし、将来を嘱望されるのも納得だ。

 とまあ、そんなことはどうでもよくて。

 最近の私は結構忙しい。

 なんてったって、空の稽古、神藤さんを救う方法の捜索、己の鍛錬の全てをこなさなければいけないのだ。どれ一つとして手を抜けないので、滅茶苦茶きつい。

 神藤さんとの稽古では相変わらずこてんぱんにされていて、最近やっとちょっと攻撃が通るようになった程度。

 もっと頑張らねばと、空いた時間はひたすら鍛錬をするか、任務のことを調べているかといった感じ。

 神藤さんの救出法は、寝る前の時間に調べている。

 正直くたくただ。さっき支障はないと言ったけど、あれは嘘だ。全然支障出てる。

 エミュレイターは無尽蔵に湧き出てくるし、土日は堂間さんか宇佐美さんと稽古だし、もう休む暇がない。

 趣味の読書が最後にできたのはいつだったか……思い出せないのが悔しい。うう。

 しかし、めげてはいられない。忙しいということは、それだけレベルアップできるということだ。

 この一年でなんとか強くなって神藤さんを超えて、ついでに神藤さんを救って、あと男の子を守り切る!

 それでもって、天城さんたちもなんとか救いたい……のだが、今のところ音沙汰はない。

 あれから結構経ってるんだけどなあ。正直、いつ危険度A+が現れるか分からないから、不安でたまらない。

 どうしたものか……と、私は一人ため息をついた。

 あー、最近、夢の中にも神藤さんが出てきて稽古してるんだよなぁ……。寝たくない。でも寝なくちゃ……。

 意識が重く沈んでいった。




****

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