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エミュレイター  作者: 雨降り人間
第三章 世界編
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第81話

*****




 男の子がエミュレイターだとして、疑問は沢山ある。

 まず、なぜエミュレイターセンサーに引っかからないのかということ。それに、今まで人を騙していたのに、誰も殺していなかった理由。

 しかし、悩んではいられない。

 私はしっかりとした足取りで、電柱の影から出て行った。

 そのまま男の子の方に歩いて行く。

 男の子はそのとき、顔をあげた。私と目が合う。


「殺さないで!」


 夕暮れ時の閑静な街に響いた、悲痛な叫びだった。


「待って、誤解だから。私は君のことは殺したりはしないよ」

「……本当に?なんで?」


 男の子は不思議そうに私を見た。まあ、そういう反応になるよね。

 とりあえず、私は男の子の側に近づいた。

 車が一台通っていく。でも人影はない。びっくりするくらい静かだ。

 私は男の子を安心させるように言った。


「だって、君は誰かを殺そうとしてないでしょ。危険じゃないなら、別に殺さない」

「でも、エミュレイターは原則殺すのがこの国のルールでしょ?」

「そうだけど、まあ、私は何も知らなかったことにすればいいし」


 私があっけらかんと言うと、男の子は信じられないような顔で私を見つめた。

 そんなに驚くことかな。私って平和主義者なつもりなんだけど。


「じゃあ……なんで、声かけてきたの。僕に殺されるとか、考えなかった?」


 まあ、そりゃ、考えなかったことはないけど。でも、私もそれなりに強い自信があるし、最悪逃げられるから、あんまり心配はしていない。


「ちょっと聞いてみようかと思って」

「何を?」

「なんで、人の中で生きることを選んだのかとか。なんで、エミュレイターなのにセンサーに反応しないのかとか……諸々ね」


 単純な知的好奇心もあるし、対エミュレイター戦での新たな課題について考えたいということもある。

 この感じからして、男の子がエミュレイターなのは間違いない。そして、センサーに引っかからないエミュレイターがいるというのは大問題だ。

 そんなエミュレイターがいれば、世界はあっという間に滅んでしまう。

 その前に、なんとかして対策を見つけなければ。

 男の子は大きな瞳で、私のことをジッと見つめた。


「僕は……隠密という能力を持ってたんだ。自分の正体を知られずにすむ力だよ。それで、細々と虫や小動物に擬態して暮らしてた」


 なるほど。間違いなく強い力だ。でも、この子はエミュレイターにしては珍しく、より強くなろうという欲求をあまり持っていなかったらしい。

 普通、エミュレイターは生き残るために、無意識により強くなろうとする。だからより強い者に擬態をし、殺せば殺すほど強くなるので沢山殺す。

 だが……この子の能力は隠密。隠れて生きようと思えばいくらでも生きられる。いわば、戦う意味がない。だから、そこまで本能が働かなかったのかもしれない。


「その男の子の体は、どうやって手に入れたの?殺したとは思えないけど」

「殺してないよ。あるとき熊に擬態したんだ。それでのんびり暮らしてたんだけど、森の中でこの体の持ち主がいた。今にも死にそうだった」


 森の中にこんな小さな子がいたのか?信じられない。何か、犯罪の匂いがぷんぷんする。


「その子はどうして森の中にいたの?」

「記憶を見た感じだと、虐待されて捨てられたみたい。それで、僕に殺してって頼んだんだ。死にかけてるけど、まだ死ねてない。でも途轍もない痛みだから早く楽になりたいって。だから、僕は殺すことにした。この子に擬態して、また森の中で細々と暮らした」


 虐待……初めにこの子が言っていたことは、ある意味本当のことだったのだ。

 こんなに小さいのに、どれほど苦しかっただろう。想像するだけで胸が張り裂けそうだ。


「そういえば、風操作はどうして使えるの?」

「この子は超人だった。だから、僕は風操作の力も使えるようになった」


 え?

 私は驚きのあまり目を丸くした。

 衝撃の事実に思考が停止する。

 超人は普通、擬態されない。なんでって、エミュレイターが拒絶反応を起こすからだ。

 だけど稀にそうじゃない者もいる。それが適合者。

 適合者に擬態したエミュレイターは、驚くほど強くなる。なぜかといえば、適合者の力が使えるようになるからだ。

 そんな強化種が、この男の子なのか?

 私は信じられなくて男の子を見つめた。


「君は、超人を食べたくないとかって思わなかったの?」

「なんでかな、普通は超人を見るとまずそうだって思うのに、あの子には何も感じなかった。ただ、なんか、安心する感じで」


 そうか……エミュレイターには、適合者が分かるのか。新たな発見だ。

 私は興味深い気持ちで、男の子の話を聞いた。エミュレイターとまともに話せるとこんなに学びがあるなんて。


「私に助けを求めたのはどうして?」

「……気まぐれ」


 なんだそれ。気まぐれで敵の本拠地に行ったのか、この子は。とんでもない傑物じゃないか。

 私は一通り聞き終えて満足すると共に、目の前の男の子のすごさに呆気にとられてしまった。

 もし、こんなエミュレイターばかりだったら。人とエミュレイターは共生できるのではないか……そんな希望を抱いてしまうほどに、この子の存在は偉大だ。


「そう……ねえ、提案があるんだけど、いい?」


 私が一呼吸置いて尋ねると、男の子はつぶらな目を真っ直ぐ私に向けてきた。きょとんとした表情は、やはり年相応の幼さがある。


「なに?」

「私に、君を守らせてくれないかな」

「それは、願ってもないけど……」


 男の子は不安げに私を見つめた。

 なぜそんなことまでするのか分からないって顔だ。でも、私にはこの子を守ることで明確なメリットがある。

 こんな風にエミュレイターの情報を知ることができるし、対策も考えられる。

 何より、男の子には何の罪もない。それなのに殺されるなんてことがないように……私は、この子に力を貸したいのだ。


「まず、私と約束して。一つ、なるべく素肌をさらさないこと。今日みたいに転んだら終わりだからね。二つ、もし見つかっても、逃げられる程度には強くなること。三つ、誰のことも殺さないこと」


 全部大切なことだ。でも、最後の約束は、心配していなかった。この子はきっと、誰かを殺すなんてしない子だから。


「分かった。守る」


 男の子は素直に頷いた。

 私はそれに満足して笑みを浮かべる。


「そういえば、君、名前は?」


 今更なことを聞くと、男の子は少し逡巡した後に言った。


「この子の名前は、久坂冬真。僕の名前は……ないよ」

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