第81話
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男の子がエミュレイターだとして、疑問は沢山ある。
まず、なぜエミュレイターセンサーに引っかからないのかということ。それに、今まで人を騙していたのに、誰も殺していなかった理由。
しかし、悩んではいられない。
私はしっかりとした足取りで、電柱の影から出て行った。
そのまま男の子の方に歩いて行く。
男の子はそのとき、顔をあげた。私と目が合う。
「殺さないで!」
夕暮れ時の閑静な街に響いた、悲痛な叫びだった。
「待って、誤解だから。私は君のことは殺したりはしないよ」
「……本当に?なんで?」
男の子は不思議そうに私を見た。まあ、そういう反応になるよね。
とりあえず、私は男の子の側に近づいた。
車が一台通っていく。でも人影はない。びっくりするくらい静かだ。
私は男の子を安心させるように言った。
「だって、君は誰かを殺そうとしてないでしょ。危険じゃないなら、別に殺さない」
「でも、エミュレイターは原則殺すのがこの国のルールでしょ?」
「そうだけど、まあ、私は何も知らなかったことにすればいいし」
私があっけらかんと言うと、男の子は信じられないような顔で私を見つめた。
そんなに驚くことかな。私って平和主義者なつもりなんだけど。
「じゃあ……なんで、声かけてきたの。僕に殺されるとか、考えなかった?」
まあ、そりゃ、考えなかったことはないけど。でも、私もそれなりに強い自信があるし、最悪逃げられるから、あんまり心配はしていない。
「ちょっと聞いてみようかと思って」
「何を?」
「なんで、人の中で生きることを選んだのかとか。なんで、エミュレイターなのにセンサーに反応しないのかとか……諸々ね」
単純な知的好奇心もあるし、対エミュレイター戦での新たな課題について考えたいということもある。
この感じからして、男の子がエミュレイターなのは間違いない。そして、センサーに引っかからないエミュレイターがいるというのは大問題だ。
そんなエミュレイターがいれば、世界はあっという間に滅んでしまう。
その前に、なんとかして対策を見つけなければ。
男の子は大きな瞳で、私のことをジッと見つめた。
「僕は……隠密という能力を持ってたんだ。自分の正体を知られずにすむ力だよ。それで、細々と虫や小動物に擬態して暮らしてた」
なるほど。間違いなく強い力だ。でも、この子はエミュレイターにしては珍しく、より強くなろうという欲求をあまり持っていなかったらしい。
普通、エミュレイターは生き残るために、無意識により強くなろうとする。だからより強い者に擬態をし、殺せば殺すほど強くなるので沢山殺す。
だが……この子の能力は隠密。隠れて生きようと思えばいくらでも生きられる。いわば、戦う意味がない。だから、そこまで本能が働かなかったのかもしれない。
「その男の子の体は、どうやって手に入れたの?殺したとは思えないけど」
「殺してないよ。あるとき熊に擬態したんだ。それでのんびり暮らしてたんだけど、森の中でこの体の持ち主がいた。今にも死にそうだった」
森の中にこんな小さな子がいたのか?信じられない。何か、犯罪の匂いがぷんぷんする。
「その子はどうして森の中にいたの?」
「記憶を見た感じだと、虐待されて捨てられたみたい。それで、僕に殺してって頼んだんだ。死にかけてるけど、まだ死ねてない。でも途轍もない痛みだから早く楽になりたいって。だから、僕は殺すことにした。この子に擬態して、また森の中で細々と暮らした」
虐待……初めにこの子が言っていたことは、ある意味本当のことだったのだ。
こんなに小さいのに、どれほど苦しかっただろう。想像するだけで胸が張り裂けそうだ。
「そういえば、風操作はどうして使えるの?」
「この子は超人だった。だから、僕は風操作の力も使えるようになった」
え?
私は驚きのあまり目を丸くした。
衝撃の事実に思考が停止する。
超人は普通、擬態されない。なんでって、エミュレイターが拒絶反応を起こすからだ。
だけど稀にそうじゃない者もいる。それが適合者。
適合者に擬態したエミュレイターは、驚くほど強くなる。なぜかといえば、適合者の力が使えるようになるからだ。
そんな強化種が、この男の子なのか?
私は信じられなくて男の子を見つめた。
「君は、超人を食べたくないとかって思わなかったの?」
「なんでかな、普通は超人を見るとまずそうだって思うのに、あの子には何も感じなかった。ただ、なんか、安心する感じで」
そうか……エミュレイターには、適合者が分かるのか。新たな発見だ。
私は興味深い気持ちで、男の子の話を聞いた。エミュレイターとまともに話せるとこんなに学びがあるなんて。
「私に助けを求めたのはどうして?」
「……気まぐれ」
なんだそれ。気まぐれで敵の本拠地に行ったのか、この子は。とんでもない傑物じゃないか。
私は一通り聞き終えて満足すると共に、目の前の男の子のすごさに呆気にとられてしまった。
もし、こんなエミュレイターばかりだったら。人とエミュレイターは共生できるのではないか……そんな希望を抱いてしまうほどに、この子の存在は偉大だ。
「そう……ねえ、提案があるんだけど、いい?」
私が一呼吸置いて尋ねると、男の子はつぶらな目を真っ直ぐ私に向けてきた。きょとんとした表情は、やはり年相応の幼さがある。
「なに?」
「私に、君を守らせてくれないかな」
「それは、願ってもないけど……」
男の子は不安げに私を見つめた。
なぜそんなことまでするのか分からないって顔だ。でも、私にはこの子を守ることで明確なメリットがある。
こんな風にエミュレイターの情報を知ることができるし、対策も考えられる。
何より、男の子には何の罪もない。それなのに殺されるなんてことがないように……私は、この子に力を貸したいのだ。
「まず、私と約束して。一つ、なるべく素肌をさらさないこと。今日みたいに転んだら終わりだからね。二つ、もし見つかっても、逃げられる程度には強くなること。三つ、誰のことも殺さないこと」
全部大切なことだ。でも、最後の約束は、心配していなかった。この子はきっと、誰かを殺すなんてしない子だから。
「分かった。守る」
男の子は素直に頷いた。
私はそれに満足して笑みを浮かべる。
「そういえば、君、名前は?」
今更なことを聞くと、男の子は少し逡巡した後に言った。
「この子の名前は、久坂冬真。僕の名前は……ないよ」




