閑話 冤罪少女の末路(3)
その顔はとても嘘をついているようには見えない。涼しげで、明らかに自分が優位だと分かっているような顔。
「う、うそ」
なんで。だって、証拠なんてあるはずない。明菜には口で伝えたし、明菜が何か言っても私は我関せずでいれば良い。
でも、と私は気づいた。三浦は、超人だ。
もしかしたら、何かしらの方法で、真実が分かるのかもしれない。それであれば、私は……。
「嘘じゃない。私はあなたを警察に捕まえてもらおうと思ってる」
三浦は平然と言い放った。
私はカッと頭に血が上る。このままじゃ、私の人生終わっちゃう。
とにかく怒りに任せて叫んだ。
「はあっ?最低!そんなこと絶対無理だから!」
「無理じゃない。あなたのしたことは犯罪だから」
「だから、してないって!」
もう無我夢中だった。例え証拠があったとしても、私は絶対に認めない。認めたら本当に終わってしまう。
私の態度に、三浦はすっと目を細めた。
「分かった。なら、明菜ちゃんが全部悪いってことで良いのね?」
「……っ!」
そうよ、と言えば良かったのに、なぜかそこで舌が回らなかった。心臓がわしづかみにされたみたいに痛い。
「明菜ちゃんに罪を全て被せるの?明菜ちゃんはあなたに言われただけなのに、全部の責任を背負うことになる。それでも良いの?」
追い打ちをかけるように言われた言葉に、全身に冷水を浴びせられたみたいな気持ちになった。
明菜に、全部の罪を被せる。きっと、明菜は私のこと、許さない。唯一、私のことを叱って、大切にしてくれた人を、私は裏切るの?
明菜は刑務所に入るかもしれない。私がそうさせたから。それだけじゃない。世間からの批判が集まって、まともに生きていけないかもしれない。
「私のせいじゃないもん……私は……」
私はただ呟くことしかできなかった。
「分かった。あなたは何も悪くないんだね。それなら明菜ちゃんを警察に捕まえてもらうことにする」
三浦は淡々と言った。
明菜が捕まる、という言葉に、私は青ざめる。
「そ、それは……」
「何か言いたいことがあるの?やっぱり自分が全部悪かったって?」
三浦にジッと見つめられ、私は罪を責められているような気がした。お前は自分の友達を売るのかって。
「違う……違うもん……」
「何が違うの?」
厳しい声で言われて、私はぶるぶる震える。自分の腕をひっかくのをやめられない。服の上からだから痛くはないけど、ひっかく度に嫌な音がした。
どうする。どうすればいい。なんでこんなことになったんだっけ?
そうだ、三浦が深夜先輩を取ったから……私は、だって、私は悪くない。悪いのは三浦だ。
私は三浦をキッと睨みつけて叫んだ。
「私は悪くないっ!!悪いのは私から深夜先輩を盗ったアンタでしょっっ!?」
「……やっぱり、あなたがしたんですね」
三浦の言葉に、私はもう全部どうでも良くなってわめく。
「そうよ!悪い!?アンタの悪評を流せば、深夜先輩も気づいてくれると思ったの!アンタより私の方が百倍良いって!」
「でも、それで友達まで巻き込んで冤罪を作るのはやりすぎですよ。私は何もしていないのに、でっちあげるのは、犯罪です。いじめられたなんて嘘、陰湿すぎますよ」
こいつ、正論ばっかり言いやがって。本当は毒婦なくせに。
私はハッと笑って言った。
「陰湿?それはアンタでしょ!影で私のこと笑ってたくせに!カラオケで深夜先輩と仲いいアピールしてたの忘れてないから!ああやって深夜先輩が自分のものみたいな態度とって、私のこと煽ってたんでしょ!」
そう言うと、三浦は急に黙り込んだ。
やっぱり、そうなんだ。三浦は図星だから黙ってるに決まってる。
それからはもう、罵詈雑言の嵐だった。
ひたすら三浦を罵る私に、三浦は何も言わない。
私はその態度に焦れて、怒り心頭で叫んだ。
「……なんか言ったらどうなの!」
どん、と三浦を突き飛ばそうとしたが、三浦はびくともしない。それにますますイラつく。
「分かりました。あなたのことは、ちゃんと警察に訴えますので」
冷静に言う三浦に、私は耐えられなくなって言った。
「っっ、うるさいっ、お前なんか死ね!消えろ!このっ……!」
無我夢中で三浦を殴る。
「お前なんか……っ!」
そのときだった。
「浦辺さん、最低だね」
私の言葉を遮って言われた言葉に、世界が終わるような心地になった。
その声は、私が絶対に聞き間違えることのない、ただ一人の大好きな人のもの。
それからは地獄だった。
深夜先輩が放った言葉は、どれも普段の深夜先輩からは想像もつかないほど恐ろしい言葉。私を責めたて、三浦をかばい、人格を否定しさえするもの。
深夜先輩は一通り言い終えると、三浦と共にどこかへ行った。
でも、その後ろ姿さえ見られないくらい、私は半狂乱だった。
涙が止めどなくあふれる。全身が凍り付いたように動かない。怖くてたまらない。状況を理解できてない。
いつまでそうして公園にいただろうか。
雨が降り始めて、私はハッとしてふらふらと家に帰った。
びしょ濡れで帰ってきた私に、お兄ちゃんは心配するように声をかけてきたけど、私はそんなのどうでもよかった。
頭の中にこびりついて離れない。あのときの深夜先輩の顔が、台詞が、その全てが。
恋が粉々に砕け散って、代わりに襲ってきたのは恐怖だった。あの目、絶対に私のことを殺そうとする目だった。
放心状態で朝を迎えて、呆然と学校に行った。
心なしか、クラスの空気がおかしい気がした。皆私を見て何かを囁く。私が近づくと、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
あれほど私に甘かった男の子たちも、私を睨めつけるように見ていた。
明菜に連絡しようとすると、ブロックされていた。信じられなくて、私は呼吸もうまくできない。
学校での時間は最悪だった。部活には行けなかった。深夜先輩に会ったらどうなるかなんて、想像もつかないほど恐ろしかった。
学校を出て歩いていると、誰かから声をかけられた。
家に帰ると、お兄ちゃんに詰め寄られた。
「お前、明菜ちゃんに迷惑かけたんだってな」
「えっ、それは……」
「三浦さんのデマを流したんだろ!なんてことしたんだ!」
まさかお兄ちゃんにまでバレてるとは思わなくて、しどろもどろに返す。
お兄ちゃんは私をすごく叱った。私はそれが信じられなくて、だって、あんなに優しくて、私に甘かったお兄ちゃんなのに。
耐えられなくて、お兄ちゃんの言葉を最後まで聞かずに部屋にこもった。
扉の前に椅子を置いて開けられないようにして、私はベッドに潜り込んだ。
それから、私は部屋の外に出られなくなった。
またお兄ちゃんに責められるのが怖くて、学校の皆の態度が怖くて、外に行けなかった。
この世の全員が、私のことを責めてる気がした。
今更後悔してももう遅いのかもしれない。いつまで経っても警察は来なかったけど、私の心は安まらなかった。




