閑話 冤罪少女の末路(2)
「えっ、そんな……でも、三浦さんはそんな人じゃないよ。勘違いしてない?」
返ってきたのは、否定の言葉だった。
私はイライラしてこっそり腕をかく。どいつもこいつも、あの女に味方しやがって。
私は怒りを抑えて話を続けた。
「勘違いじゃないよ!この前、言われたの。深夜くんは私のものだから、近づくなって」
「そ、そんな……三浦さんがそんなことするようには、思えないけど……」
うるせーよ!早く協力しろよ。
そんな風に内心愚痴るけど、もちろんそんな言葉は表に出さない。
私は涙をぽろっとこぼして言った。
「ホントなの。私、それで、頬をはたかれたの、見て!」
本当は自分でつけた痣だけど、それを隠して明菜に見せる。
そうすると、流石の明菜も信じたみたいだった。
「そうなんだ……鈴ちゃん、大丈夫?」
明菜は心配そうに私を見た。
その途端、急に不安になったけど、その気持ちはすぐに怒りにかき消される。
私は絶対にあの女を追い詰めるんだ。
「ね?だから、協力してほしいの。あの人がいじめたことを、記者に言ってほしいの!」
「どういうこと?」
私は懇切丁寧に一つ一つ説明した。
三浦は陰湿で用意周到だから、私のこともこっそり脅して、証拠が出ないようにしていた。だから、ただ言っても誰にも信じてもらえない。
でも、記事にしてもらえば、信憑性は上がる。
私は三浦に警戒されてるから、行動を起こせない。だから、私の代わりに明菜がいじめられたことにして、記事を書いてもらおう、と。
明菜は眉をひそめて私を見た。
「でも……でも、それって、嘘をつくことにならない?私はいじめられてないのに……」
明菜は動揺しているみたいだった。
ホント、どこまでも良い子ちゃんなだけで、何の役にも立たない奴だ。なんでこんなのが皆に人気なのか理解できない。
「実際三浦は私のことをいじめるような人なんだから、嘘じゃないよ!……それに、明菜が協力してくれたら、私からお兄ちゃんに、明菜のこと勧めておくよ?」
囁くように私が言った言葉に、明菜の表情が変わった。
目を大きく見開いて、私のことを見つめる。期待に満ちた目。
あーあ、ホント、馬鹿な奴。こうやって適当に餌を見せれば、すぐ飛びついてくる。結局、良い子ちゃんでも、自分の欲望には勝てないのね。そういう中途半端なの、大っ嫌い。
「分かった……やってみるね」
明菜はふらふらと私の家を出て行った。
その様子を見て、お兄ちゃんが不思議そうに私に尋ねる。
「明菜ちゃん、どうしたんだ?」
「えー、知らなーい」
愉悦がこみ上げてきて、知らず知らずのうちに口角が上がる。
これで、あの女を陥れられる。私は意気揚々とベッドに寝転がった。
それから暫くして、明菜から記者さんと話したと伝えられた。そして、とうとう記事が出た。
記事が出た次の日には、もう大炎上だった。
コメント欄は荒れに荒れて、どこを見ても三浦を非難するコメントばかり。私はあまりに順調に進んだので、楽しくて仕方なかった。ふんふんと鼻歌を歌う。
お兄ちゃんが私を見て笑った。なんか、嬉しそうだな。
そうなの、嬉しいの、私。
だけど理由はもちろん話さない。代わりに、お兄ちゃんに抱きついた。
あー、幸せ!何もかも私の思い通りに進む。
お兄ちゃんは私を撫でてくれて、私は有頂天だ。
これで、三浦のことはもう心配いらない。きっと、深夜先輩も目を覚ましてくれるだろう。
私は満足した気持ちで眠りについた。
次の日。相変わらず、三浦の件は大炎上している。
コメント欄を見るのは楽しかった。私と同じように三浦を嫌う人たちの声が上がる度、私は自分は間違ってなかったんだと思える。
そうだよね。やっぱり、三浦は最低な人なんだ。
そんな三浦から深夜先輩を助けてあげた私って、なんて優しいんだろう!
私は嬉しくてたまらなかった。休日を満喫した。
ただ、少し気になることもあった。
明菜から、三浦のことで三浦の同期からそれとなく話を聞かれたと送られてきたのだ。
三浦の同期。そういえば、深夜先輩には、もう一人同期がいたっけ。ほとんど名前も聞いたことがない人だけど、確か三浦と同じ中学だ。
でも、私は大して気にしなかった。どうせ、私の所まで来ることはないし、来たとしても、私には何の罪もない。
私は特に気にせず、月曜日になった。
いつも通り学校に行って、深夜先輩に話しかける。
「深夜先輩、三浦さんのこと、皆噂してますよ。最低な人だって。深夜先輩可哀想。あんな人の側にいて、ひどいことされませんでした?」
きっと、深夜先輩も、三浦を非難するだろう。
そう予想したけど、返ってきたのは予想外の言葉。
「……さあ。それより、絵は描かないの?明日が締め切りだって言ってたよね?まだ半分も終わってないんじゃない?」
まるで興味がないみたいな言い方で、私は頬がひくついた。
「そ、そうですね」
なんでよ。なんで、深夜先輩はそんな態度なの!?三浦がいなくなったら、私のことを見てくれるんじゃないの?
でも、あんな態度なら、三浦のこともきっと本気じゃなかったんだ。あー、良かった。私の勘違いだったのね。
私は意気揚々と筆を動かした。絵はもちろん完成しないだろうが、どうでもいいのだ。第一、美術部に入ったのだって、深夜先輩と話すためなのだから。絵なんてどうでもいい。
その日の夕方、突如、深夜先輩からラインが送られてきた。
初めてのことで、私は浮かれる。
やった!とうとう、深夜先輩も私のことを見てくれたんだ!
ラインには短く、話があるから公園に来てほしいと書かれていた。
きっと告白だ。そうに決まってる。私は満面の笑みで準備をした。やっとだ。ここまで長かった。これでようやく、深夜先輩は私のものになる。
私は幸せな気持ちで公園へ向かった。
公園へ着くと、深夜先輩はいなかった。
もう暫くしたら来るのかな。私はウキウキしながら先輩を待つ。
そのとき、後ろから声をかけられた。
「浦辺さん、だよね?」
体が凍り付いた気がした。
「ひっ!」
私は息を漏らして、逃げようとする。
しかし、あっけなく腕を掴まれた。
私は必死に三浦を睨めつける。
「ちょっと、話があるんだけど、いいかな」
まるで決定事項のように言われた。いや、事実、三浦にとっては決定事項なのだろう。
改めて見てみると、三浦はゾッとするほど美しかった。その目が、冷たくこちらを見つめている。一瞬、私はこのまま死ぬんじゃないかという気がした。
「ちょっと、離してよ!暴行罪で訴えるからね!?」
私はなんとか言葉を紡ぐ。
内心恐ろしくてたまらなかった。今更、この女を敵に回すことがどれほど恐ろしいことなのか気づいた。
だって、この人、殺そうと思えば、私のことをいつでも殺せる。それをしないのは、この人がまだまともだから。
三浦は私に例の記事を見せてきた。
「私の記事について、心当たりは?」
「知らないけど?は?私があんたに何かしたとでも?証拠はあるの?」
絶対証拠なんてない。だから、私が否定し続ければ、向こうは諦めるしかないはず。
それなのに。
「あるよ」
平然と言われて、私は心臓が止まるかと思った。




