第80話
というわけで、私は早速調べているわけだが、全く手がかりはない。
やはり、人の命を救うのは相当な芸当で、超能力者といえどなかなか実現は難しそうだった。
しかし諦めてたまるものか。なんとかして見つけるぞ、私は決意を胸に今日も任務後に調べを進めている。
今日は任務が早く片付いたので、ついでに茜に会いに行った。
茜は春から地元の進学校に通い始めるらしい。深夜くんはちょっと遠くにある、北海道一の進学校に行く予定だ。二人ともすごいな、と私は感心してしまう。
私はというと、隊員として、代わり映えのない戦闘だらけの日々を送り続けることが確定している。
通信制高校に行くと言ったら茜や深夜くんには驚かれたけど、納得もされた。私が高校に行っている間に強い敵が現れたら大変だからだ。
神藤さんとバディを組んだことで、私の重要性はそれなりに増している。私がいなければ任務は滞るし、危険度A以上が現れたら大変だ。
訓練所に行くと、待っていたらしい茜が私の元へ駆け寄ってきた。
「史詩夏!」
「茜、久しぶり」
「そんなに久しぶりじゃないでしょ。この前卒業式で会ったばっかりなんだし」
「確かにそうだね」
なんだか色々あって記憶が遠のいていたが、そういえば、卒業式はついこの前のことだった。
「久しぶりに対戦する?」
「そうだね」
最近は茜に対戦を申し込まれることも少なかったので、ちょっと今の実力が気になる。
私たちは訓練場に向かった。
結果から言うと、茜はかなり強くなっていた。元々分身という力はかなりポテンシャルが高いし、茜はきっともっと強くなるだろう。
ただ、茜には驚かれた。よく分からないけど前よりずっと強くて怖い、と。
おそらく堂間さんらのおかげであるが、特に近接戦においては、今回は茜を秒殺してしまった。
そんなに変わったかな、と私は少し不思議な気持ちだ。
だが、何も知らない茜にもそう言われるということは、きっと本当に強くなっているんだろう。それは嬉しい。
せっかくなら二人で帰ろうと言われ、もちろんと頷く。
茜が準備をするから待ってと言ったので、私は訓練所をぶらぶら歩くことにした。
「あ、お姉さん」
「おお」
かつて助けた超人の男の子がいた。めちゃくちゃ久しぶりだな。
心なしか身長も伸びて、大人びた気がする。ちょっとずつ成長してるんだな、と感慨深い気持ちである。
「今から帰るところですか?」
「そうだね。君は?」
「僕も今から帰ります。一緒に行っても良いですか?」
この子、相変わらず敬語使いまくりだな。大人っぽい子で、全然年下という感じがしない。
「別に良いけど……」
茜はどうだろう、と思った。
そのとき、困ったような顔の茜がやってきた。
「ごめん、史詩夏。急に先生に補修をさせられることになって……先に帰ってくれる?」
「あ、分かったよ」
訓練所あるあるの一つである唐突な補修。別に無理して一緒に帰るつもりはなかったので、私は素直に頷く。
あれ、ということは、私とこの男の子、二人きり?
男の子の方を見ると、もう歩き出している。
私の方を振り返って、男の子は一言。
「早く行きましょう」
「う、うん」
私は男の子の後を追った。
それにしても、本当に変な子だなあ。老獪じみた俯瞰した目をしてる。不思議。多分、まだ小学一、二年生だろうに。
やっぱり家庭環境が複雑だったからなのだろうか。親に捨てられたとか言っていたしな……。
二人で歩きながら、私は神藤さんのことを考える。神藤さんも、家庭環境がクソだったよなぁ。
超人というのは、超人でない親の元に生まれることはあまりない。だが、別に全くないわけではないので、そうなるとやはり体質の差で問題も起こる。
子供というのは能力が制御できないものだし、強い力であれば親であっても対応は困難だ。そういう場合、最悪子供は里親に出される。
この子は捨てられるという現代日本にあるまじき目に遭ったわけだが、親も相当限界だったのではないだろうか。
だって、この子の風の力、癇癪の度に出たら滅茶苦茶危ない。
訓練所を出て二人して道を歩く。
横で無言で歩き続ける男の子のつむじを見つめながら、私は複雑な心境を抱いていた。
ふいに、男の子が走り出す。
「猫が!」
「あっ、待って!」
見ると、そこには今にも車に轢かれそうになっている猫がいた。
男の子は必死で走って猫を抱く。その後ろには、車が迫っている。
男の子が走り出す。私は叫んだ。
「転移!」
時をかける少女の体勢のまま、男の子は転移して私の目の前に来た。
そのまま、ずしゃーんと派手に転ぶ。
まあ、体勢的にそうなるよな……でも、助かって良かった。
私は慌てて男の子に駆け寄る。
「大丈夫!?」
「来ないで!」
男の子は手を振り上げて叫んだ。
私は思わず立ち止まる。その隙に、猫はするりと男の子の腕から逃げて走って行った。
それにしても、来ないでって、どういうことだろう。
「どうしたの?」
「別に……見なくていいから。あっち行って」
あ、敬語、外れてる。そんなに焦ってるんだ。でもなぜ?
「でも、怪我の様子を見ないと」
「いいから!」
男の子は頑なな様子で私が見ることを拒む。一体どうしたんだろう。
しかし、こうも拒絶するなら、何か理由があるのだろう。私は素直に受け入れることにした。
「分かった。じゃあ、絆創膏だけ、ここに置いておくから。良かったら使って」
そう言って、私は絆創膏を地面に置いた。
私は仕事柄怪我も多いので、絆創膏をいつも持っているのだ。
「うん、もう良いから、先に帰って」
「分かったよ」
男の子の言葉に、私は頷いた。
そのままその場から立ち去る。男の子は顔だけこちらへ向けてジッと私を見つめていた。
私は不安になって何度も振り返ったが、男の子がずっとこちらを見ていたので、諦めてその場を去る。
……と、見せかけて、こっそり道を一周して、電柱の影から男の子を見守った。
流石に怪我をしたこの年の子を放ってはおけない。何かあったら私の責任だし。
私がいなくなったと思ったのか、男の子はゆっくり立ちあがった。手は膝小僧を覆っている。やっぱり怪我しているらしい。
それから、男の子は周囲をきょろきょろ見回した。誰もいないことを確認して、男の子は絆創膏の側に歩み寄る。
そして、手を膝小僧から離した。
その瞬間の光景に、私は思わず目を疑った。
膝小僧は真っ黒に染まっていた。そして、膝小僧を覆っていた手も、黒くなっている。
どういうこと?何か黒いインクでも浴びたみたいだ。
まさか。
いや、そんなはずない。だって、いや、でも、もしかしたらあり得るのかもしれない。でも、そんなことって。
私は呆然と立ち尽くした。
この子は……エミュレイターだ。




