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エミュレイター  作者: 雨降り人間
第二章 日本編
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第79話


 まるで、当然であるかのような口ぶりだった。

 呼吸が止まる。全身が凍てついたような気がした。

 かろうじて口を開いたが、満足に話すことはできなかった。


「そ、れは……なぜ」

「病気が見つかった。去年の秋だ。誰にも言っていないが、余命は一年半だと言われた」


 神藤さんは、何の感情も込めずに淡々と話す。その様はおおよそ、死を受け入れたように見える。

 私は信じられなかった。色々なことを聞きたかった。

 だが、それらの言葉が口をついて出ることはなく、私はただ神藤さんを見つめることしかできない。


「だ、だから、私を、一年で育てようと……?」

「ああ。私が死んだ後、危険度A以上を倒せる存在が欲しかった。今のまま私が死ねば、日本のエミュレイター防衛戦は確実に犠牲を増やす」


 納得はできる。理解はできる。だが、受け入れられない。

 天気のことを話すかのような態度の神藤さんに、私は呆然と問いかけた。


「なんで、なんで、私なんですか……?」


 なぜ、後継者として選んだのか。

 なぜ、私にそれを伝えたのか。

 衝撃のあまり、言葉が絡まる。口がうまく動かない。

 神藤さんは冷静に言った。


「君が、一番良さそうに見えた。ただそれだけだ」


 それは、期待されていた、ということだろうか。私は神藤さんと会ったこともなかったのに?

 そりゃあ、周囲と比べれば、それなりに速いスピードで隊員になったし、活躍もそれなりにした。

 最年少戦闘隊員、という言葉が、私にさせたんだろうか。だが、私よりもっと強くなれる人はいるんじゃないんだろうか。

 いや、それよりも。


「どうにか、生きることはできないんですか……?」


 私は一縷の望みをかけて言った。

 この人が、死んでしまったら。ただでさえ、苦しめられて、それでも国のために頑張ってきたこの人が、悲劇さながらに死んでしまう。

 愛がなにかも知らないで、幼い心のままで、傷ついた記憶を抱えながら、死んでしまう。

 そんなの、耐えられない。

 しかし、私の希望もむなしく、神藤さんは首を横に振った。


「無理だと医者から言われた。超人はちょっと体も特殊なんだ。まだ分かっていない部分も多い。助かる見込みは今のところないらしい」


 神藤さんはなぜ、こんなに平然としていられるんだろうか。

 自分が死ぬと分かっていて、どうしてここまで……。ああ、そうか。

 この人は、自分のことを大切にできないんだ。

 大切にされてこなかったから、大切にできない。だから、死ぬと分かっても、自分を慈しんで悲しめない。

 なんて、なんて、ひどいんだろう。 


「神藤さん、諦めないでください」


 私は、そのとき怒りに包まれていた。

 途轍もない怒りだった。それは、社会に対して、神藤さんに対して、そして自分自身へに対しての怒りだった。

 何が悔しいって、こうして伝えられるまで、この人の心の寂しさに私が気づけなかったことだ。おそらく、私はここのところ、この人の一番側にいたのに。

 神藤さんは訝しげに私の顔を見る。


「医者も無理だと言うのに、なぜ諦めずにいられると?」

「この世界には、超人がいるんです。超能力があるんです。もしかしたら、あなたを救うすべが、あるかもしれない」

「だが、それはあまりに小さな可能性だ」


 神藤さんは断じた。

 私はその姿に怒りがこみ上げる。

 諦めるな。大切にしろ。神藤さんが大切にできないというなら、私がその分まで大切にする。だから!


「私が、あなたを生かします!絶対に!だから、負けないでください!病気なんかに負けないで、生きてくださいッッ!!!!」


 空気をつんざいて、私は叫んだ。

 神藤さんは目を丸くして、茫洋とこちらを見つめる。

 この人をこんなに不幸にする運命など、私は認めない。絶対に神藤さんを生かして、いつか、幸せを知ってもらわなければ。


「君は、なぜ……そこまで……」

「バディとして当然のことです!」


 いや、まあ、正確には別に当然ではないとは思うけど!

 でも、今日ばかりは、これでゴリ押させてもらう。今の私は怒りという最大の力によって支えられているので。


「そ、そうか……」


 神藤さんは珍しく動揺して言った。

 神藤さんにこんな顔をさせるなんて、今の私って、相当なオーラを出しているのもしれない。


「もちろん、私は今年中にあなたを超えてみせますし、なんなら危険度A+だって倒します。ですが、私がそうなったからといって、あなたがいなくなって良い理由にはならないので!絶対生かすので!」

「な、なんか、君は、おかしくなってないか?」


 そうかもしれない。私は今、ちょっとおかしくなっているかもしれない。

 でも、それでいい。それくらいじゃないと、神藤さんは変えられない。

 私は鼻息荒く言った。


「負けませんから、私」

「それは私の台詞だと思うが……」


 いや、私も戦うのだ。この人が戦う意思も見せていないのなら、代わりに私が戦ってやるのだ。

 私は知っている。愛されない苦しさを。一人ぼっちの寂しさを。当たり前に皆が享受するものを得られない虚しさを。

 だから、許せない。私と同じように苦しんでいる人が、苦しんだまま、救われないなんて。

 私はもう、月見先輩みたいに、身近な人をひどい死に方で亡くしたくない。亡くすなら、幸せな死に方であってほしい。


「とにかく、私、探すので!」


 私が宣言すると、神藤さんはため息をついて言った。


「……まあ、せいぜいやってみろ」

「神藤さんもやってください!」

「私は不毛なことはしない」


 そのまま神藤さんは立ち去ろうとする。

 私はその腕を掴んだ。太くて堅くて、人を守っている腕だ。でも、この人のことは誰が守るんだ。私しかいないのなら、私が守るべきだ。

 神藤さんは顔をしかめながらも、私の手を払うことはしない。


「不毛じゃありません。あなたの為なんですから」


 私は力強く神藤さんを見つめた。

 神藤さんは、もう一度ため息をついて一言。


「……勝手にしろ」


 そうして、今度こそ私の手を振り払い、夕闇の中を去って行った。

 私はその後ろ姿を見つめながら、頑張ろう、と自分を奮い立たせる。

 そうと決まれば、早速調べよう。全国、おや全世界の隊員の情報を洗い出すのだ。

 気力いっぱいに、私は誓った。





***

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