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第74話

 浦辺さんは逃げようとした。

 なので、私はその腕を掴む。


「ちょっと、離してよ!暴行罪で訴えるからね!?」


 浦辺さんは甲高い声で怒鳴った。

 うーん、あんまり事を荒立てたくないんだけどな。まあ、とりあえずやってみよう。

 私はスマホを取り出し、例の記事を浦辺さんに見せた。


「私の記事について、心当たりは?」

「知らないけど?は?私があんたに何かしたとでも?証拠はあるの?」

「あるよ」


 私は悠然と言った。

 浦辺さんの表情が固まる。


「う、うそ」

「嘘じゃない。私はあなたを警察に捕まえてもらおうと思ってる」


 私は思いきって脅してみることにした。


「はあっ?最低!そんなこと絶対無理だから!」


 案の定、浦辺さんは顔を真っ赤にしてぶるぶると震え出す。


「無理じゃない。あなたのしたことは犯罪だから」

「だから、してないって!」

「分かった。なら、明菜ちゃんが全部悪いってことで良いのね?」

「……っ!」


 明菜ちゃんの名前を出すと、途端に浦辺さんの表情が変わった。目を見開き、恐れるような様子で私を見る。


「明菜ちゃんに罪を全て被せるの?明菜ちゃんはあなたに言われただけなのに、全部の責任を背負うことになる。それでも良いの?」


 私がそう言うと、浦辺さんは顔を真っ青にした。

 それからブツブツと何かを呟く。


「私のせいじゃないもん……私は……」

「分かった。あなたは何も悪くないんだね。それなら明菜ちゃんを警察に捕まえてもらうことにする」


 私は淡々と言った。なるべく心を無にして、何も考えないでいた。そうしないと、今にも倒れそうだった。


「そ、それは……」

「何か言いたいことがあるの?やっぱり自分が全部悪かったって?」


 私は浦辺さんをジッと見つめた。

 浦辺さんは俯いて、小さな声で呟き続ける。


「違う……違うもん……」

「何が違うの?」


 私はわざと追い詰めるように言った。ぼろを出すことを願って。

 浦辺さんはぶるぶると震えて爪で自分の腕をひっかいた。服の上からなのでただ嫌な音がするだけだが、この子はもしかすると自傷癖があるのかもしれないと思う。それなら、あまりストレスをかけすぎるとよくないかもしれない。

 だけど、心を鬼にしなくては。自分のために戦うなんて私には難しかった。けど、私が不名誉なことを言われると、神藤さんや奈江子さんも悪く言われるかもしれない。そう思うと、負けたくない。

 浦辺さんは、不意に静止した。そして、キッとこちらを睨めつけて叫ぶ。


「私は悪くないっ!!悪いのは私から深夜先輩を盗ったアンタでしょっっ!?」


 ……なるほど。そう来るか。

 深夜くんは別にこの子と付き合っているわけではなさそうだし、誰が仲良くなっても問題ない。だが、この子からすると好きな人を盗られたように感じるのだろう。

 この子はきっと、まだ心が幼い。中学二年生というともっと大人なイメージがあった。だけど、案外皆こんなものなのだろうか。


「……やっぱり、あなたがしたんですね」


 私は密かにスマホの録音を開始した。


「そうよ!悪い!?アンタの悪評を流せば、深夜先輩も気づいてくれると思ったの!アンタより私の方が百倍良いって!」


 聞けば聞くほど、単純な思考というかなんというか。人の心がそんなことで簡単に手に入るとも思えないが、この子からは良い案に見えたのだろうか?


「でも、それで友達まで巻き込んで冤罪を作るのはやりすぎですよ。私は何もしていないのに、でっちあげるのは、犯罪です。いじめられたなんて嘘、陰湿すぎますよ」


 あえていじめのことを明言する。そうすることで、記事の内容が嘘であったという明確な証言が得られると思ったのだ。

 浦辺さんはハッと笑って言った。


「陰湿?それはアンタでしょ!影で私のこと笑ってたくせに!カラオケで深夜先輩と仲いいアピールしてたの忘れてないから!ああやって深夜先輩が自分のものみたいな態度とって、私のこと煽ってたんでしょ!」


 その言葉に、私は思わず思考停止した。

 頭の中には広大な宇宙。私は宇宙飛行士。って、いやいや、正気に戻れ。

 でも、カラオケで私が深夜くんとの仲をアピールしたって、どういうことだろう。深夜くんと会ったカラオケなんて……。

 あ、あのときか。茜と遊びに行ったとき。

 でも、あのときだって、別に私は付き合ってないと言っていたはずだが。

 この子、もしかして早とちりしまくりでは?

 そんなことで彼女でもない私にここまで陰湿な真似をするというのは、流石に理解に苦しむ。

 私があっけにとられて言葉を紡げずにいると、浦辺さんはヒートアップして更にあれこれとまくしたてた。


「第一、前から鼻につくと思ってた!最年少隊員だかなんだか知らないけど、皆にちやほやされて、いい気になってたんでしょ!そのくせ自分は何とも思ってませんみたいな顔しやがって!うざいんだよ!」


 おぉ……ここまで素直に罵倒されると、いっそ清々しい。怒りも全然湧いてこない。むしろ、面白い。

 私ってちょっと性格悪いかも。人のこんな姿を見て面白がってるなんて。でも、悲しまずにすんで良かった。こんな人のために悲しむなんて、時間の無駄だから。

 そろそろ良いだろう、と思って、私はスマホの録音をやめた。


「……なんか言ったらどうなの!」


 どん、と突き飛ばされそうになったが、力が弱すぎて全然、何ともなかった。

 超人に喧嘩を売るなんて、大したものだ。なかなかの度胸だと思う。


「分かりました。あなたのことは、ちゃんと警察に訴えますので」

「っっ、うるさいっ、お前なんか死ね!消えろ!このっ……!」


 あ、と私は気づいた。

 後ろから、深夜くんが来ている。

 ひたすら私を罵倒しぽこぽこ大して痛くもない力で殴ってくる浦辺さん。彼女は私を攻撃するのに夢中で、深夜くんに気づいた気配はない。


「お前なんか……っ!」

「浦辺さん、最低だね」


 浦辺さんの言葉を遮って、深夜くんが言った。


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