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第72話




 月曜日。私は神藤さんとの任務後、訓練所に来ていた。

 周囲は私の姿を見留めると、ぎょっとしたように目を見開く。それから、ある人は嫌悪感をにじませて見てきて、ある人は目をそらして何事もなかったかのように立ち去った。

 まあ、こういう反応になるよね。

 だが、分かっていても、胸が痛くなった。

 無視だ、無視。私は自分に言い聞かせて、なんとか足を進める。

 教室に辿り着くと、ちょうどそこでは授業が終わったようだ。

 私は教室から出て行く人々を見つめる。彼らは私に気づくと恐ろしいものを見たかのような顔をして逃げていった。

 その中の一人に、私は声をかけた。


「明菜ちゃん」

「っ!」


 明菜ちゃんは目を大きく見開いて、私を見た。

 その顔は怯えと後悔をない交ぜにしたもののようにも見えた。それで、私は確信を持った。


「単刀直入に言うね。明菜ちゃんは、なんで嘘をついたの?」


 本当ならこんなに目立つ場所で話したくなかったが、人気のないところに連れて行けば、またいじめていると誤解される。

 だから、私はあえて彼女をこの場で問い詰めることにした。

 明菜ちゃんは顔を真っ青にして、ぶるぶると震えながら口をはくはくと動かす。


「ちが、わたしは、そんなっ……」

「もし、私が明菜ちゃんに、何か気に障ることをしてたなら謝る。でも、たとえ不満があったとしても、嘘をついて私を貶めようとするなら、私にも考えがある」

「……っ、その、わたしは……」


 明菜ちゃんは目を泳がせて、ブツブツと何かを呟いていた。

 私は彼女の様子をジッと観察する。

 罪悪感と、恐怖。多分、彼女は何か理由があってこんなことをしたはず。であれば、理由を探るのがまず大前提。


「明菜ちゃんは、誰かに弱みを握られたりしてるの?それとも、自分の意思?」

「……」


 明菜ちゃんはとうとう押し黙った。今にも泣きそうな顔で、浅く息をしている。

 可哀想だと思った。だけど、このまま彼女を見過ごすわけにはいかない。私は私のために動かなければいけない。


「黙るのなら、それでもいいよ。でも、何も教える気がないのなら、私は明菜ちゃんを警察に突き出さないといけない」


 私の言葉に、明菜ちゃんはぱっと俯いていた顔をあげた。その目は驚きと絶望に満ちていた。


「そんな!私は別に……ただ、」

「名誉毀損。立派な罪になる。少年法で守られるって?どうかな、明菜ちゃんはもう15歳だからね。お咎めなしってわけにはいかない。それなりに大事になる」


 日本の少年法では、18歳未満には基本的に前科はつかない。重大犯罪を犯した場合は別だが、名誉毀損は重大犯罪とまではいかない。

 それでも、少年院に入れられる可能性はあるし、私から損害賠償を請求することもできる。最大50万円。今回の事例はかなり悪質だから、それくらい払わせられる可能性はある。

 明菜ちゃんはわなわなと唇を震わせて、ぽろりと涙をこぼした。

 周囲はこの状況を固唾をのんで見ている。


「わたし……わたしは……ただ」


 明菜ちゃんは呟くように言った。


「ただ?」

「……友達に、言われて。友達を、助けたくて」

「どういうこと?詳しく教えて」


 友達に言われた?つまり、明菜ちゃんはあくまで主犯じゃなく協力者。本当の犯人は別にいるということか?

 私は明菜ちゃんに歩み寄って尋ねた。

 明菜ちゃんは、決壊したように泣きながら話し始めた。


「友達に、深夜さんのことが、好きな子がいて……その子が、三浦先輩に嫌がらせされたって……」

「嫌がらせ?」

「先輩がそんなことするはずないって思ったけど、その子、三浦先輩のこと許せないって、すごく怒ってて……」

「それで、信じたの?」


 明菜ちゃんはこくりと頷いた。

 まあそりゃあ、大して親しくもない私と友達なら、友達を優先してしまうだろうけれど。そんなに信用なかったのかな、と、私は少しほろ苦い気持ちになった。


「三浦先輩に仕返ししたいって言われて、ただ私は証言すれば良いだけだって……だから、私、そんなに大事になるとは思ってなくて」

「でも、記事になることは想像できたでしょ?そうしたら、私がどんな扱いを受けるかも。それなのに大事にならないと思ったの?」

「だ、だって、記事なんて、大して誰も見ないだろうと思って……それでその子の気が晴れるなら、良いかなって……」


 その台詞に流石に呆れてしまう。もうすぐ高校生になるというのに、この子は物事の分別もついていないらしい。

 しかし、なんとなく事情は分かった。明菜ちゃんも巻き込まれた側で、本当に問題なのは、その、私にいじめられたとか言った子だ。


「その子のこと、詳しく教えてくれる?通ってる学校とか、名前とか、連絡先とか」

「と、友達を売れません」

「じゃあ、明菜ちゃんがその子の代わりに全部の罪をかぶるの?警察は明菜ちゃんが全部悪いと思って罪を決めるよ?」

「そ、それは……でも」


 根っこは良い子なのだろう。そうやって友達を売れないと言うのなら。だけれど、それは自分勝手な優しさで、傲慢さだ。

 私は明菜ちゃんとの人間関係が崩壊するのを感じながら、どうやって聞き出そうか考えあぐねていた。


「分かった。じゃあ、はいかいいえで答えるだけ。それなら、明菜ちゃんはただ嘘をつかなかっただけで、自分から言ったわけじゃないってことになる。どう?」

「わ、分かりました……それなら」


 明菜ちゃんが納得したので、私はホッとして話を続ける。


「その子は同じ学校?」

「いいえ」

「じゃあ、深夜くんの通ってる学校?」

「……はい」


 なるほど、それなら私とは多分接点がないな。

 それなのになんでいちゃもんつけられてるんだろう。謎すぎる。

 まあでも、深夜くん関連ならおそらく嫉妬かなにかか……私が深夜くんと仲が良いのを知って貶めてやろうと思ったのだろう。

 私は胸に重いものがたまっていく感じがして、小さくため息をついた。


「明菜ちゃんと同い年?」

「はい」

「女の子?」

「はい」


 まあ流石にそうか。明菜ちゃんの友達で深夜くん……つまり男を好きなら、男の子の可能性はあまりない。明菜ちゃんってあんまり男子が得意じゃないらしいし。


「深夜くんの知り合い?」

「はい」


 深夜くんと学年が違っていて知り合いなら……。


「深夜くんと同じ部活?」

「はい」


 やっぱりそこか。

 深夜くんと同じ部活で、一個下の後輩で、深夜くんのことが好き……。かなり手がかりは掴めたぞ。


「ありがとう。これで質問は終わり。もう戻っていいよ」

「あの、警察は……」

「今のところ言う気はないかな。まあ、反省していないようだったら分からないけど」

「……本当に、ごめんなさい」


 明菜ちゃんは深々と頭を下げた。顔は真っ赤だったし、涙は止まっていないし、うん、相当堪えただろうから、もういいか。

 私は苦笑して明菜ちゃんを見た。


「顔を上げてよ。人間、誰にでも間違いはあるだろうし、いいよ。でも、次からはこんなことやめてね」

「……っ、はい!」


 明菜ちゃんは顔を上げて、勢いよく頷いた。

 私はそれに満足して、その場を立ち去る。

 さて、次は深夜くんと話さないとな。

 私はスマホを開いて、早速深夜くんにラインを送った。

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