第69話
ふと、私は気になって神藤さんに尋ねた。
「神藤さんって、なんでそんなに自分を嫌う人が許せないんですか?別に嫌われてたって何も困らないじゃないですか」
ずっと疑問だったことだが、今までは口に出すことはなかった。特に聞くタイミングがなかったからだ。
今、お互いにそれなりに心が通じ合ってきている中で、なんとなく気になって言葉に出した。
神藤さんは、少しだけ眉をひそめてから、何か考え込むように視線を落とした。そして
「……私はいつも、何も間違ったことをしているつもりはない。だが、昔から、私が何かすると、必ず周りは私から離れていった」
あぁ、ありありとその様子が目に浮かぶ。
もう、滅茶苦茶分かる。だってこの人、言葉足らずだし、自分にも他人にも厳しいし、合理性が全てだと思ってるし、謎のオーラあるし。
「私は嫌がらせされることも多かった。悪意のある言葉を何度もぶつけられた。その度に何倍にもやり返したが、怒られるのはいつも私だった」
あぁ……そりゃ、そうでしょうね。神藤さんがやり返したら、相手はきっとトラウマ不可避ですよ。
……と、思ったけれど、まあそれも口には出さなかった。
黙って聞いておく。
「実の両親には、問題を起こすなと言われた。両親はどちらも非超能力者で、外聞ばかり気にする人たちだった。私は一度も周りから守られることがなかった。だから、このままでは、いつか自分を守り切れなくなるのではないかと恐れた」
それは、なかなかつらい話だ。神藤さんだって子供だったのに、誰もそれを理解しなかったのか。
「それから私は強さに固執するようになった。人から攻撃されないためだ」
この戦闘狂はそこから来てたのか。
うーん、意外と悲しい過去から生まれた性質だったんだな。
「私の能力が支配だということが分かってからは、誰も私に近づかなくなった。今度は悍ましいものを見る目で見られた」
まあ、周囲の気持ちも理解できる。私だって、初めは神藤さんのことを警戒していた。
だんだん神藤さんの性格を知ってからは、警戒心はなくなっていったけれど。
「私は生まれてから一度も誰かに支配を使ったことはない。危険性は自分でも分かっていたからな。だが、それを誰も理解しなかった。実の両親でさえも」
この世に一人も味方がいないというのは、一体どんな気持ちだったのだろうか。孤独で、救いようがなくて、誰だって絶望してしまうんじゃないだろうか?
「ある日、クラスメイトの男たちに囲まれて言われた。お前みたいな化け物は外に出るなと。お前なんかが生きていても、周りが不幸になると。そのとき、我慢していたものが全てあふれ出してしまった。気づけば彼らは倒れていた」
おおぉ……なるほど、感情の爆発か。いや、そりゃあ、それだけ嫌なことをされ続けていれば、そうなるよな。
「彼らは全員死ぬ寸前まで行ったが助かった。私は彼らを傷つけたと疑われたが、証拠はなかった。彼らは自分たちで仲間割れして殴り合ったからだ」
「それって、まさか」
「私が彼らを支配してそうさせた」
そう言った神藤さんの表情は、暗く、物憂げだった。
しかし、神藤さんでも歯止めがきかなくなるほどのことをしてきた彼らが悪いのは間違いないが、流石にそれは神藤さんも犯罪になるのではないだろうか。
「私はそれから、人に嫌われない努力をした。強さも大事だが、嫌われないことが何より大事だと分かったんだ。もう二度とあんな真似はしたくなかった。だが、うまくいかなかった。根本的に、私の価値観は彼らと違っていて、分かり合うことなど不可能だった」
そうなのか。神藤さんは確かに、ところどころ不器用だ。こんなに賢くて優秀なのに、歪なほど人間関係が下手くそ。
ただまあ、それは超人ではよくあることだ。
超人は大体普通の人と違う体質を持つから、価値観も人間離れしがちである。
「それで……どうしたんですか?」
「私がどう頑張っても無理なら、周りを変えるしかないだろう。だから、私は周りに私を嫌わせないようにすることにした」
「ええ……」
なんか論理が飛躍している気がするのだけれど。周りを変えるなんて、それこそ無理じゃないだろうか。
「私は恐怖で周りを制御した。それはうまくいった。誰も私に刃向かわないし、余計なことは言わない。私自身も心穏やかに過ごせるようになった」
「それ、周りの心労がすごいことになるのでは……」
「私が心穏やかでいることが、周りのためだ。下手なことを向こうがしてこなければ、こちらも落ち着いていられる」
そうか……いや、全然納得はできないけれども。言いたいことはまあ分かる。
つまり、嫌われない……というか、傷つけられないようにすることが、神藤さんにとっても周りにとっても最善だと思ったのだろう。
まあ実際、神藤さんが本当に怒りまくって人類の敵になったらとんでもないことになるので、その方が良いのは確かだ。
神藤さんが本気を出せば、日本国民の大半は支配できるだろうし。
「でも、神藤さん、恐怖では人の心の奥までは支配できませんよ。純粋に周りから好かれるよう努力した方が良いのでは?」
「できないんだ。どうしても。この年になっても、やり方が分からない。人から好かれるなんてどうするんだ?」
いや、37歳が15歳にそれを聞きますか。
22歳も年上の男から、まさか人生相談じみたことをされるとは思わなかった。しかも、あの神藤さんに。
でも、そうかぁ。それは……難しいな。
神藤さんは生まれつき合理人間なのだろうし、それを無理して隠してもうまくいかないだろう。
普通の人は人との関わりや両親の振る舞いなどからなんとなーく直していくのだが、神藤さんは……どうも、それができる環境ではなかったみたいだし。
「神藤さん、ありがとうを言ってみませんか」
「……言っているが?」
神藤さんは真顔で返してきた。
「は?言ってませんよ?私が聞く限り一回も言ってませんよ?」
さも言ってますみたいな顔で言わないでほしい。本当に言っていないので。
私も真顔で怒ると、神藤さんは眉をぐっとひそめて首を傾げた。なんで分からないのだろうか、この人は。
「神藤さんは本当に感謝したいと思ったときにしか言わないのかもしれませんが、それって滅茶苦茶失礼ですよ。神藤さんは感謝のハードルが高すぎるんです。些細なことでも感謝しないと、人との関係は続きませんよ」
こんなことも言われないと分からないなんて、この人は本当に何歳児なのかと言いたくなる。
しかし……おそらく、神藤さんの両親は、神藤さんを恐れるばかりで、そういうことを教えてくれなかったのだろう。
そう思うと、神藤さんもまた、立派な被害者だ。
「……だが、どうでもいいことにいちいち感謝されるのは、かえって向こうも嫌だろう。私は義務としてやったことに感謝されたいなどとは思わない」
「神藤さんは思わなくても、他の人は思うんです。その辺分かってください。周りは神藤さんみたいに完璧超人じゃないんですよ」
「……しかし」
なおも神藤さんは言い募ろうとしてきたので、私は眉をつり上げて怒った。
「あの、人に教えてもらおうとしてるんだから、まずは受け入れてみてはどうですか?納得いかなくても、この分野に関しては神藤さんより私の方がまだまともですよ」
「ぐっ……分かった」
なんでそんなに悔しそうな顔をするんだろうか。この人、自分が劣っている分野があることが許せないのだろうか。
しかし、なんとか受け入れようとする姿勢に、私はなんだか面白いな、と思った。
普段はあんなに尊大で合理的で、周りの事なんてなにも考えていないような神藤さんも、ちゃんと人の話を聞くことはあるのだ。
いや、普通なら人の話を聞くのが当然だが。
私は、苦しい幼少期を過ごしてきて、今もまだその鎖にとらわれているこの人が、少しでも幸せになれることを祈らずにはいられない。
「私と一緒に、少しずつ直していきましょう。先は長いですが、まあ、私が成長するのと同じように、神藤さんも成長してください」
私がそう言って微笑むと、神藤さんはわずかに目を見開いてこちらを見た。
そして、ふいっと目をそらして一言。
「まあ、やってやらんこともないが」
メンヘラ、ヤンデレに引き続いて、今度はツンデレか。属性盛りすぎだろう。
私は素直じゃないなぁ、と呆れながらも、こらえきれずに思わず吹き出した。
「……おい、何がおかしい」
「別に。それより、転移しますね」
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