第70話
家に帰って、疲れを感じながら夜ご飯を食べる。
不意に携帯の通知音が鳴って、私はスマホを開いた。茜からのラインだ。どうしたんだろう。
気になって開くと、そこにはこんな言葉が。
『ちょっと、これ見て!』
次の瞬間、今度はよく分からない記事のURLが送られてくる。
不思議に思いつつ、私はURLをタップした。
『三浦史詩夏、後輩へのいじめ疑惑』
思わぬ見出しに、呼吸が止まった。
心臓がドクドクと鼓動する。早鐘を打つように鳴り響く。
私は震える手で記事をスクロールした。
『若手のホープとして高い実力を誇る史上最年少戦闘隊員、三浦史詩夏(16)が、後輩へのいじめを行っていたという証言が出た。国内でも屈指の実力者であり北海道内で人気を博している彼女のいじめ疑惑に、多くの失望の声が上がっている。
いじめを受けたという女子生徒の証言によると、女子生徒は一昨年の5月頃から、先輩である三浦史詩夏にいじめを受け始めたという。
女子生徒:中学に入学したばかりの頃でした。三浦さんとはあまり話したことがありませんでしたが、三浦さんのクラスメイトの男子の先輩とは、部活動の関係で親しくさせていただいていたんです。そうしたら、ある日、三浦さんに呼び出されて、彼は私のものだから、近づくな、って……。
記者:つまり、三浦史詩夏はあなたと親しかった男子生徒を好きだったということですか?
女子生徒:多分、そうだと思います……。私は彼とはそんな関係じゃないと説明したんですが、聞き入れてもらえず、それからいじめが始まりました。
記者:具体的にどんなことをされたんですか?
女子生徒:私は訓練生だったのですが、同じ訓練生だった三浦さんに、訓練所で何度も罵声を浴びせられました。お前みたいなやつが私に敵うと思うのか、刃向かったらどうなるか分かってるよな、と……。そして、蹴られたり殴られたりしました。
記者:それは立派な傷害罪に当たりますね。そのことについて、どなたかに相談はしなかったんですか?
女子生徒:したくてもできませんでした。三浦さんに脅されていたので……。』
そこまで読んで、私はそれ以上見ていられずに画面を閉じた。
一体、どういうことなんだろう。頭に浮かんだのは疑問だった。
私は生まれてこの方、エミュレイター以外に暴行を加えたことも、暴言を吐いたこともない。
第一、一昨年の5月といえば、訓練生として忙しくしていた頃だ。ひたすら訓練、そしてテストの繰り返し。そんな中で、誰かをいじめる暇なんてとてもなかった。
私と同じ訓練生で、後輩となると、何人か思い当たる。一人は皆川明菜ちゃん。もう一人は佐久間光樹くん。うちの中学だとそれくらいだ。
他の中学なら、他にも五、六人はいる。ただ、彼らの名前や顔はよく覚えていない。
正直、明菜ちゃんがこんなデマを流すとはとても思えなかった。明るくて優しい良い子で、私にもいつも笑顔で接してくれる。
だが、この記事の話しぶりからすると、おそらくこの私にいじめられた女子生徒というのは明菜ちゃんだろう。
とりあえず、明菜ちゃんに事情を聞いてみようか?いや、でも、もし向こうが本気でいじめられたと思っているなら、私が話しに行くのは脅しているように解釈されてもおかしくない。
目を閉じて考えていると、またスマホが鳴った。
茜からだった。
『まだ、この記事そんなに有名になってないみたい。私の友達にもさりげなく聞いたけど、誰も知らなかった。でも、このままだと広まるのは時間の問題だと思うわ』
そうか……私は茜に返信した。
『教えてくれてありがとう。でも、正直この記事全然心当たりがないし、この女子生徒っていうのは多分明菜ちゃんのことだと思うけど、明菜ちゃんは絶対こんなデマ流さないと思うんだよね』
『そうね……。でも、もしかしたら何か事情があるのかもしれないわ。一回私から明菜に連絡してみる』
『ありがとう。お願いします』
ぽん、とスタンプを押して、私はスマホを閉じた。
急にこんなこと言われても信じられない。いじめなんて、私はそう疑われるようなことをしていただろうか?
それに疑問なのは、私みたいな大して有名じゃない人間のことを、なぜわざわざ記事にしたかだ。
もちろん、私は戦闘隊員の中ではかなりの知名度を誇っていると自負しているが、それでも有名なのはせいぜい北海道内だけ。
そりゃあ、サインをねだられることはそれなりにあるが、だからといってゴシップが出回るほどにまで有名とは思えない。
うーん、そもそも、私の立ち位置ってなんだ。戦闘隊員で、一応税金をもらって働いている立場。そこそこ知名度もあって、まあ……多分、見た目とかでファンもいる。
例えるなら……そこそこ有名なサッカー選手?
まあ、それなら、ゴシップを出されてもおかしくないか……うーん。
なるべく早く記事を取り下げてもらいたいが、下手なことをすると更に状況が悪化しそうだ。ここは大人しくしていた方が良いかもしれない。
とりあえず、身近な人にはデマ情報が回っていると伝えておいた。
奈江子さんは憤り、すぐに記事を出したところに問い合わせると言ったので、私はやめてほしい、なるべく穏便に済ませてくれと頼んだ。
もしかすると、奈江子さんがいじめっ子である娘をかばおうとした愚かな母親のように書かれるかもしれない。そう思うと、とても奈江子さんに何かしてもらおうとは思えなかった。
深夜くんには心配された。周りにも説明しておくと言われて、ホッとしてありがとうと送る。
良かった。ちゃんと分かってくれる人はいるんだ。
神藤さんにも弁解のラインを送った。
『君は本当にいじめたのか?』
『するわけないでしょう』
『まあ、私も君がそういうことをするとは思えないな。とりあえず全部無視しろ。そういうどうでもいいデマに惑わされるのは馬鹿だけだ』
『分かりました』
本当にぶれないなぁ、神藤さん。こういうときは安心感がすごい。
『明日は7時から私との稽古だ。また北海道駐在署で待ち合わせる』
『はい』
私はそうして神藤さんとのラインも終える。
そうやって複数の人に無実を信じてもらえて、私はすっかり安心してしまった。
そうして、その日は何も起こらずに終わった。
しかし、次の日、思わぬ波乱が巻き起こった。




