第67話
土曜日。
8時に集合して転移したのは、京都府。
私たちは、立派なお屋敷の前に立っていた。
表札には、宇佐美の文字が。
「えっと……インターホンを鳴らせばいいですか?」
「ああ。神藤の連れだと言えば、向こうも分かるだろう」
私は言われるがままにインターホンを押す。
ピンポーン、という軽快な音が家の中に響いたのが壁越しに伝わってきた。
暫くして、ごそごそとインターホンから音が鳴る。
「……はい、宇佐美です」
「こんにちは。三浦史詩夏と申します。神藤さんの……」
優しそうな声だった。
私が全てを言い切る前に、インターホン越しの宇佐美さんがああ、と声をあげた。
「ああ!あなたね、神藤くんのバディは!分かったわぁ、今開けるわね」
まもなく、がちゃり、と扉が開く。
中から現れたのは、私より少し背の低い、50代ほどの女性だった。
柔らかな曲線を描く目尻に、白い肌。口元には人を安心させるような笑みを浮かべている。
ふわふわした雰囲気で、とても黄階級とは思えない。だが、宇佐美という名字、そしてこの顔には見覚えがあった。
日本で三番目に強いと言われている現役隊員、宇佐美馨……私の記憶が間違っていなければ、彼女は黄階級の中でも屈指の実力者だ。
「さあさあ、中へ入って!神藤くんも……あらあら、久々に見ると、なんだか随分老けた感じねえ。お疲れなのかしら?たまには休んでもらわないとねえ」
宇佐美さんは絶え間ない流水のようにすらすらと話をした。
私は緊張しながら敷居をまたぐ。
「あ、あの、今日は、よろしくお願いします……!」
深々と頭を下げて言った。
宇佐美さんがあらぁ、と笑う声が上から聞こえた。
「良いのよ、顔をあげてちょうだい。なんてったって神藤くんの頼みだものね。珍しく私たちを頼ってくれたんだもの!こちらこそ、よろしくお願いしますね」
ふふ、とふわふわ笑って、宇佐美さんはそう言った。
私はそれにホッとして顔を上げる。
良かった。この人はとても優しそうだ。
「えっと……宇佐美さん、とお呼びしても?」
「もちろんよ。ええと、あなたのことは、そうねぇ……」
「あ、三浦と……」
「史詩夏ちゃん!史詩夏ちゃんにしましょう!」
宇佐美さんは有無を言わせぬ口調でそう言った。
私は気圧されてうなずく。
宇佐美さんは名案ね!と高らかに声をあげた。この人、実は結構押しが強いかも。
「それで、今日は一体どのような稽古を……」
「そうね。とりあえず、あなたの実力を見てから考えるわ。こっちに来てちょうだい」
「はい」
私は大人しく宇佐美さんについて行く。
後ろから神藤さんもついて来たが、私たちとは一定の距離をとっているようだった。
案内されて辿り着いたのは、広々とした射撃場だった。
日本でこんなの良いんだろうか……と思ったが、まあ、隊員はわりと特例が許されるので大丈夫なのだろう。
「私の武器は銃なの。だからここでよく撃ってるのよ。あなたの武器も、確か銃だったわよね?」
「はい。機関銃です」
私は隠す気もなく頷いた。
宇佐美さんは少しだけ目を丸くして言った。
「あらぁ、あれって結構重いのに。すごいわね、力持ちだわ」
「そんなことは……」
「こんなに細いのに。びっくりだわ」
まあ、確かに私の見た目は、あまり強そうとは言えないが。
だが、一応、最近の私は筋肉がそれなりにあるはずだ。神藤さんの地獄のプログラムをこなしているので。
「ここで、まずは私と戦ってみましょう。超能力は使わないでね。私も使わないから」
「分かりました」
宇佐美さんの超能力は何なのだろうか。
疑問だったが、今聞くことではないので聞かなかった。
早速私は戦闘態勢に入る。
「なかなか良い姿勢ね。堂間さんに教わってるのかしら?」
「えっ、はい」
「やっぱり。あの人が教えないとこうはならないものねぇ」
ふふふ、とまた宇佐美さんは笑う。
そんなに堂間さんの弟子って分かりやすいんだろうか……。疑問は膨らむばかりだったが、とりあえず戦闘に集中した。
宇佐美さんの姿勢が、不意に戦闘態勢に移り変わる。
その途端、気配がガラッと変わり、私は思わず息をのんだ。
すごい。神藤さんの前にいるときと、同じようなプレッシャーを感じる。
「じゃあ、まずは攻撃、うけてみてね」
「はい」
その瞬間、宇佐美さんが一歩で私の間合いに入り込んだ。
動きに無駄がない……!やっぱり、黄階級ともなると洗練されている。
私はさっと移動して宇佐美さんを間合いから引き離した。
しかし、宇佐美さんは私が移動するのに合わせて更に距離をつめてくる。
私は最適な逃げ場を常に探したが、いまいち見つからなかった。だが、焦ってはいけない。慎重にやらなければ。
なんというか、動きにくかった。どこに行っても、宇佐美さんが対応できる場所になってしまう。
とうとう宇佐美さんが完全に私の間合いに入った。途端に繰り出される足技。そして拳。
私は勘と予測、どちらもを駆使してそれらを避けた。
徐々に攻撃のスピードや避けにくさが上がっていく。なるほど、こうやって私がどの程度耐えられるのか見るのか。
私は慎重かつ大胆に動いていった。神藤さんの動きの洗練さを真似し、彼女の攻撃に追いついていく。
何分経っただろうか。
攻撃はほとんど目に見えない速さになり、逃げ場はわずかしかない。一つ一つの動きを間違えずに、寸分違わず目標にあわせる。
とうとう逃げ場がなくなった。今の私の実力では躱せない。
私はとりあえず拳を手で受け止めた。当然それは受け止めきれずに、手に痛みが走る。
だが、力を受け流して他の攻撃をいなした。そうやって小さな打撃を代償に大きな打撃を避けていく。
「……良いわ。これくらいにしましょう」
ひときわ大きい打撃に当たりそうになったとき、宇佐美さんの動きが止まった。
宇佐美さんは何か考えるようなそぶりを見せて黙る。
「……どうでしょうか?」
沈黙に耐えきれなくなって、私は口を開いた。
もしかして、失望されたのだろうか。私があまりにもできていないから……。
「良いわ。とっても。予想してたよりずっと」
「えっ」




