第66話
きっと途轍もないお叱りが待ってるんだろうなあ……そう、怯えていたが、意外にも神藤さんの答えは優しかった。
「いや……今日の任務は、全て明日に回してもらうことにした。どうしても今日中でなければいけない仕事は、私ができる分はして、それ以外は他の人に回した。だから君はこのまま休んでいい」
「え?」
思わぬ言葉に、私は目を丸くする。
休んでいていいと言われるとは思わなかった。今すぐ任務に行くぞと言われるか、怒られるかのどちらかかと。
「君は……昨日も、どこか身が入っていなかった。金曜日からずっとだ。少し走らせすぎたかと思ってな。こんなプログラム、突然やらされたって誰もできるわけがない。そのうち限界が来るだろうとは思っていた」
続く言葉もまた私にとっては意外なもので。
きょとんとして神藤さんを見る。
神藤さんは足を組み、何か考えるように目を伏せた。
「じゃあ……私が最近燃え尽き症候群になっていたのも、気づいていたってことですか?」
「まあな。君はそれなりにやれている。今日、明日は休め」
「でも……」
正直なところ、一日二日休んだ程度で、この燃え尽きが収まるとは思えない。
であれば、無理してでも任務をして体を慣らしていった方が良いのではないだろうか。
私のそんな気持ちに気づいたのか、神藤さんはふむ、と顎に手を当てて言った。
「そうだな、ただ家でぼんやりしているというのも良くないかもしれない。以前のように、戦闘はせず、私の戦闘を見るようにするのはどうだ」
「戦闘を見る、ですか」
初めの頃のように、か。
確かに、それなら私の負担はほとんどないし、特に心配事もないが。
「ああ。君はただ転移させるだけでいい。戦っているのを見ていれば、じき戦いたくなるだろう」
「そうですかね……」
それは戦闘狂の神藤さんだけではないかと思ったが、とりあえず私はその意見に賛成した。
そうして、私たちは以前のような体勢で依頼をこなすことになった。
やってみると、確かに体はぐっと楽になったし、新たな発見もあった。
以前はただ見ているだけで、よく分からなかった神藤さんの戦闘の工夫が、はっきり見えるようになったのだ。
ここはこうしているのか、とか、こうやって対処するのか、など、今まで分からなかった部分がするすると頭に入っていく。
自分の戦闘で行き詰まっていたところも、解決策が見えた。
神藤さんのやり方は洗練されており、豊富な知識と経験に基づいたシステマティックなものだ。だからこそ、目で盗みやすい。ロジックがすぐ理解できる。
以前よりずっと、たくさんの解法が頭の中に浮かぶ。このときはこうする、このときはこうできる、このときはこんな風に……。
見ながら、自分だったらどうできるだろうかと考えた。神藤さんほどの洗練された技術はない。だが、応用できる部分もある。
私は一つずつ、目で盗んでいった。神藤さんの戦い方、その癖のなさは教材としてうってつけだった。
平日はまるまるそうやって過ごして、稽古の日になった。
私は神藤さんの体の使い方を真似するようにして動いてみる。
すると、前回より堂間さんの指示が理解しやすくなった。
今までよく分かっていなかった部分が、あっけなく紐解かれていく。それはまるで複雑に見えたパズルが実はとても規則的だったと分かったかのようだった。
堂間さんには驚かれた。一週間前とはまるで違うと。
私は嬉しくなった。休んだつもりが、成長していたらしい。一見無駄に思えることが実は近道だったのか、と気づいた。
蔵田さんと戦ってみると、なんと3分間も耐えられた。6倍だ。6倍も長く耐えられたのだ。
蔵田さんは私の成長スピードに唖然としたようだった。
「三浦さん……この調子でいけば、あと半年もあれば私を追い抜けそうっすね」
「どうでしょう。成長速度は一定ではないですし」
「そうっすけど……一瞬、負けるかと思いました。三浦さんが神藤さんに見えて……」
神藤さんに?
やっぱり、神藤さんを真似ているから、それが出ているのだろうか。
それから、稽古は少しレベルアップして、より高度なことを学ぶようになった。
私は難しいなあと思いつつ、なんとか堂間さんの指示を理解しようとする。体の動かし方も、コツをつかめるよう何度も練習する。
神藤さんはそんな私をじっと見つめていた。
二日間の稽古が終わり、家に戻る前。
神藤さんは、私に声をかけた。
「私の知り合いの黄階級に、君への指南を頼んだ。来週の土曜日は彼女との稽古になる」
「分かりました……何か準備とかは必要ですか?」
「いや、いらない。時間は8時から、こちらから彼女のフィールドへ行く。転移先はまた送っておくから確認しろ」
「はい」
私はうなずいて、神藤さんと別れる……前に、ふと気になって神藤さんを呼び止める。
「あの」
「なんだ」
神藤さんはいささか疲れたような顔で振り向いた。
「来週からは、戦闘に戻ります」
特に許可をもらうとかではなく、宣言に近かった。
「……そうか」
神藤さんはそれだけ言って、また前を向いた。
「あと、私の不調に気づいてくれて、ありがとうございました」
それが一番伝えたかったことだ。
最近思う。神藤さんは、私の中で、なんだか父親のような存在になってきていると。
それは、神藤さんがなんだかんだ言って、私のことをよく見て助けてくれているからだろう。
私はその恩に報いたかった。
私は、燃え尽きた心が、またドクドクと鼓動し始めたのを感じているのだ。
「気にするな」
神藤さんはそっけなく言って去って行った。
でも、私は知っている。神藤さんにちゃんと思いは届いているということを。
だから、私も神藤さんに背を向けた。
もうこれ以上、彼に伝える言葉はない。
「転移」
次の瞬間、目の前には、見慣れたリビングがあった。
*****




