第93話
一体どういうことなのだろうか?
もしかして、実は移動方法が違っていたとか?
空は見つからないままだ。これ以上手がかりはない。
私は途方に暮れて空を見上げた。
このままじゃ、せっかく神藤さんに教えてもらったのに、空を助けられないかもしれない。
例えば、何かのイレギュラーがあって、行き先を変更した?
あるいは、行き方を変更したか。
……空を見つけられないのなら、やはり待つしかない。危険だが、北海道第六署に戻ろう。
私は転移、と呟いた。
視界が変わり、第六署の裏手へ着く。
それから、私は隠れながら第六署の入り口を注視した。
そんなときだった。
「史詩夏ちゃん」
……!
驚いて思わず目を見開く。
後ろを勢いよく振り返ると、そこには新井さんがいた。
その顔には黒いインクのようなものがべっとりついていて、服も黒く汚れていた。
「な、なんで、新井さん」
私は口をはくはくと動かす。
新井さんがこんな格好で現れることは普通ない。大抵署長として内勤をしていて、戦闘隊員として駆り出されるのは非常時だ。
こんな風に、今エミュレイターを倒したばかりのような格好など……私の知る限りでは、一度も見たことがなかった。
「ごめんね。でも、史詩夏ちゃんには見てもらった方が良いと思ったんだ」
そのごめんね、の意味が分からず、私は戸惑う。
こんな格好で現れたことに対してだろうか?それとも、また別の……。
「新井さん、それってどういう……」
私が尋ねると、新井さんは静かに私を見て言った。
「とりあえず、着いてきて」
私はそれに頷くしかなかった。
連れて行かれたのは、第六署の裏手だった。ある地点の前に行くと、新井さんは地面の土を足でどける。
そこに現れたのは、扉だった。
地下への扉?そんなものがあったなんて。
私は喫驚して開いた口が塞がらない。なんでこんな場所があるのだろうか。
新井さんは懐から鍵を取り出し、扉を開けた。中には階段が続いていた。
「新井さん、これは一体どういうことですか?」
「その答えは、もう君も分かってるんじゃないかな」
新井さんはそうはぐらかすと、コツコツと足音を立てて階段を降りていく。
私も新井さんと共に降りていった。
私が降りると、新井さんは扉を閉めて鍵をかける。
それからまた私の前へ行き、下へ進んだ。
暫く経って、階段が終わった。その先にあった光景に、私は絶句した。
「空……」
そこにいたのは、物言わぬ骸となった空だった。
「それがあの子の名前かい?史詩夏ちゃんは随分あの子に愛着を持っているんだね」
新井さんは平然とした口ぶりで話す。それが私にはこれ以上ないほど異常に見えた。
空の体はそれなりに綺麗だった。心臓部を真っ直ぐ貫かれたのだろう。
導き出される結論は、考えたくないものだった。
新井さんが空を殺したのだ。
「新井さんは、なんで私にこの光景を見せたんですか」
ぽつりと呟く。
信じられなかった。新井さんとはそれなりに話していたし、性格もまともな人だと思っていた。
そう、まともだから空を殺したのだ。それは分かる。
でも、これを私に見せる意味は?この光景を見て、私がどう思うかなんて、想像に難くないだろうに。
「史詩夏ちゃんは、この子と仲が良かったんでしょう」
「……はい」
「当然、正体も知っていたんだろうね。史詩夏ちゃんの行動から察するに」
「……」
私は処罰されるんだろうか。されても仕方ないと思う。だって、私はそれだけのことをしたから。
「君に殺したと言うのは簡単だ。だけど、君はそれを信じられないだろう」
「そうですね」
きっと、最後の最後まであがく。そんなはずないと希望を持ち続ける。例えそれが無意味な行為でも、本当に殺されたと分かるまで、抗おうとするだろう。
「僕はね、史詩夏ちゃんに踏ん切りをつけてほしいと思ったんだよ。これは引導だ。君にはこんなことを二度としてほしくないし、前を向いてほしい。いつまでもこの子に囚われずに、活躍してほしいんだよ」
新井さんの目は凪いでいて、感情が読めない。でも、その声には、私への愛情がにじんでいるような気がした。
私は暴風が吹き荒れる心の中で、何も真っ直ぐ手を引かれたような気持ちになった。
でも、その手の引く先が、私の望む道でないことも分かっていた。
私はもし空のような子が現れれば、何度でも同じように匿うだろう。そして失敗から学び、今度こそ完璧に隠そうとするだろう。
でもそれにはリスクが伴う。きっと次はない。次は除隊どころではすまない。裏の世界へ連れて行かれる。
新井さんは、私にそんな思いをしてほしくないと思ったのだと思う。
それは新井さんなりの優しさで、愛情で、私はそれに報いた方が色んな意味でいい。
そう分かっていても簡単にそうしますとは言えない。
私はせめぎ合う思考の中で呟くように言った。
「空は、これからどうなるんですか」
嗚咽を抑えた声はかすかに空気を揺らす程度だったというのに、新井さんは綺麗に聞き取って答えてくれた。
「研究所に送られる。解剖されるだろうね」
「……そうですか」
私は空の体に近づいた。
新井さんは止めなかった。
触れた瞬間、手が震えた。冷たかった。
目は乾いていた。
私は手を離し、合掌した。
どうか、来世では、もっと違う道を……。
神様、この子に、幸せな時間を与えてあげてください。
暫く目を閉じて祈った後、私は立ち上がり、空から離れた。
「……ごめんね。僕には、こんな風にしかできない」
少しの諦念と寂しさを感じた。私は小さく頷いた。
「はい」
新井さんが何も悪くないことは、私も分かっている。むしろこうして罪悪感を抱かせてしまって申し訳ないほどだ。
「じゃあ、そろそろ帰ってもらうよ。君をここに連れてきたことは、他の人には内緒だからね」
新井さんはそう言って私を見つめた。
私はまたこくりと頷く。
「ありがとうございました」
「いや……」
転移、と呟くと、新井さんの姿は歪んだ。




