第94話
夜、一人で部屋の中にいると、色々なことを考えてしまう。
私の目の前で潰されていった人たち。私を守ろうとして死んだ月見先輩。私が守れなかった空……。
戦闘隊員は死と隣り合わせ。死と向き合う仕事でもある。だが、死より生を目指して生きているのに、生に向かえば向かうほど死を見るような気がしてならない。
どうしてこんなにも嫌な思いをしなければならないのか、と、そんな風に誰かに当たれたら、この鬱屈も収まるんだろうか。
目を閉じれば、手に感触がよみがえる。
冷たくなった体。黒い血。エミュレイターだから、いつかこんな日が来るかもしれないという覚悟は持っていた。
でも、まだ始まったばかりだったのに。
私のせいかもしれない。私が知ってしまったから、そこから綻びが生じたのだろうか。
私が、いなければ。
私がいなければ、皆、まだ生きていたのだろうか。
目をぐっと閉じる。強く強く。
脳裏に線が現れる。
線はやがて輪郭をなし、一つの景色へと変わっていく。色があふれていく。
暗い夜の森の中。
二人で戦い、話した日々。
空に言われたことが一つ一つ、頭の中へ浮かんでは消えていく。
その微笑みや、苦い顔や、遠くを見る目。
なんでこんなに些細なことばかり思い出してしまうんだろう。
思い出していく度、涙が頬を流れていく。止まらなかった。
風に靡く空の髪や、私から逃げて走っているときのこちらを射貫く目が、ふいに目の裏に現れて、また消えた。
そして次に現れたのは、初めて出会ったときの景色だった。
『た、助けて。親に捨てられた』
あのときの空は、泥だらけで、細くて、まるで何日も森の中で暮らしていたみたいだった。
私は驚いて声を上げて、それから、空を連れて警察に行こうとして、止められた。
仕方なく新井さんに引き渡して、それで……。
それで終わりだと思っていたのに、こんな風に、奇妙な繋がりで、話すようになった。
思えば、空とは他にも偶然に出会っていた。
そりゃあ行動範囲が近いので当然だが……そういえば、あのとき、高架下で空は何をしていたんだろう。
転移、と呟くと、高架下にいた。
そう、確か、この辺りで……暗い視界の中、私が空のいた場所へ近づくと、そこには何かが埋められた跡があった。
何だろう?
私は不思議に思って、一度部屋に転移してスコップを取り出して戻る。
スコップで掘り返すと、やがて、固い物にぶつかった。
きいん、という音から、金属だと察しがつく。
手で土を払うと、そこに現れたのは、金属製のお菓子の箱だった。
多分それなりに高級な奴だ。でも、揺すってみると、中からは乾いたカサカサという音だけがする。お菓子にしては軽いし、変だ。
私は少し罪悪感を抱きつつも、蓋を開けた。
中に入っていたのは、日記帳と書かれたノートだった。
ペラペラとページをめくると、黒く塗りつぶされたページばかりが続いていた。隙間から見える線を辿ると、「つらい」「いやだ」「苦しい」などという不穏な言葉が並んでいた。
……これは、冬真くんの虐待されていたときの日記なのかもしれない。
黒く塗りつぶされている理由は分からないが、気持ちを想像すると胸が痛んだ。
これを、空はどんな気持ちで見て、埋めたんだろう。私には分からない。
あのときの空は、別にいつも通りだったような気もする。でも、それは私がよく見ていなかっただけなのかもしれない。
虐待、虐待か……。
冬真くんに虐待した親たちは、今、どうしているんだろうか。逮捕されたんじゃないかな、と思う。だって、戸籍を調べれば、親のことはすぐに分かるから。
でも、彼らが逮捕されたところで、失った命は帰ってこないのだ。
空は冬真くんのことを、しばしば口にした。
一人ぼっちでつらいという鮮明な感情を、空に教えたのが、冬真くんだった。だから空は人の負の感情に聡かった。
空は……冬真くんの代わりに、冬真くんの分も生きようとしていた。だから、空が死ぬことは、ただの死でなく、二人分の死なのだ。
私は静かに日記を閉じた。
……私は、何ができるだろうか。
空のことも、冬真くんのことも、守れなかった。守りたいと思うほど、私の手からすり抜けていく命たち。
どうすればいいかなんて、分からない。生きて人をより多く救うことはできるかもしれない。でも同時に、沢山の人を殺してしまうかもしれない。
それでも、私は生きているからこそできることがあると信じたかった。死んでしまったら何もできない。空のことを覚えて、墓参りに行くこともできない。
だから、私は生き続ける。死にたいと思っても、生きて、殺してしまった命と向き合うのだ。
空が冬真くんの体を乗っ取ったことで、冬真くんの虐待の件は世に明るみに出た。空が冬真くんのためにしたことは沢山ある。
空は冬真くんにとって良い存在だったんじゃないかと思う。もちろん、私があれこれ邪推するべきではないけれど。
そんな空を、本当に殺すべきだったのだろうか?
エミュレイターというだけで殺すことが、本当に正しいんだろうか?
もちろん、良いエミュレイターと悪いエミュレイターを見分ける術がない以上、エミュレイターは皆殺すのが安全なのは分かっている。
でも……まともなエミュレイターとなら、平和な形で共存することができるんじゃないか……そんな期待を抱かずにはいられない。
私は部屋に戻って、土まみれの手を洗った。
スコップも洗って、それからソファに身を沈める。
部屋は冷たかった。奈江子さんは当分帰らない。
一人ぼっちでいると、心臓の音がいやに大きく聞こえた。
……これから私は、どうなるんだろう。
分からないけど、後悔はない。でも、私のことでまた奈江子さんに迷惑をかけないかだけが、心配だった。
とりあえず寝ようと思いながらも、なかなか寝付けない。
そうしているうちに、朝が来た。




