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エミュレイター  作者: 雨降り人間
第三章 世界編
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第94話



 夜、一人で部屋の中にいると、色々なことを考えてしまう。

 私の目の前で潰されていった人たち。私を守ろうとして死んだ月見先輩。私が守れなかった空……。

 戦闘隊員は死と隣り合わせ。死と向き合う仕事でもある。だが、死より生を目指して生きているのに、生に向かえば向かうほど死を見るような気がしてならない。

 どうしてこんなにも嫌な思いをしなければならないのか、と、そんな風に誰かに当たれたら、この鬱屈も収まるんだろうか。

 目を閉じれば、手に感触がよみがえる。

 冷たくなった体。黒い血。エミュレイターだから、いつかこんな日が来るかもしれないという覚悟は持っていた。

 でも、まだ始まったばかりだったのに。

 私のせいかもしれない。私が知ってしまったから、そこから綻びが生じたのだろうか。

 私が、いなければ。

 私がいなければ、皆、まだ生きていたのだろうか。

 目をぐっと閉じる。強く強く。

 脳裏に線が現れる。

 線はやがて輪郭をなし、一つの景色へと変わっていく。色があふれていく。

 暗い夜の森の中。

 二人で戦い、話した日々。

 空に言われたことが一つ一つ、頭の中へ浮かんでは消えていく。

 その微笑みや、苦い顔や、遠くを見る目。

 なんでこんなに些細なことばかり思い出してしまうんだろう。

 思い出していく度、涙が頬を流れていく。止まらなかった。

 風に靡く空の髪や、私から逃げて走っているときのこちらを射貫く目が、ふいに目の裏に現れて、また消えた。

 そして次に現れたのは、初めて出会ったときの景色だった。


『た、助けて。親に捨てられた』


 あのときの空は、泥だらけで、細くて、まるで何日も森の中で暮らしていたみたいだった。

 私は驚いて声を上げて、それから、空を連れて警察に行こうとして、止められた。

 仕方なく新井さんに引き渡して、それで……。

 それで終わりだと思っていたのに、こんな風に、奇妙な繋がりで、話すようになった。

 思えば、空とは他にも偶然に出会っていた。

 そりゃあ行動範囲が近いので当然だが……そういえば、あのとき、高架下で空は何をしていたんだろう。

 転移、と呟くと、高架下にいた。

 そう、確か、この辺りで……暗い視界の中、私が空のいた場所へ近づくと、そこには何かが埋められた跡があった。

 何だろう?

  私は不思議に思って、一度部屋に転移してスコップを取り出して戻る。

 スコップで掘り返すと、やがて、固い物にぶつかった。

 きいん、という音から、金属だと察しがつく。

 手で土を払うと、そこに現れたのは、金属製のお菓子の箱だった。

 多分それなりに高級な奴だ。でも、揺すってみると、中からは乾いたカサカサという音だけがする。お菓子にしては軽いし、変だ。

 私は少し罪悪感を抱きつつも、蓋を開けた。

 中に入っていたのは、日記帳と書かれたノートだった。

 ペラペラとページをめくると、黒く塗りつぶされたページばかりが続いていた。隙間から見える線を辿ると、「つらい」「いやだ」「苦しい」などという不穏な言葉が並んでいた。

 ……これは、冬真くんの虐待されていたときの日記なのかもしれない。

 黒く塗りつぶされている理由は分からないが、気持ちを想像すると胸が痛んだ。

 これを、空はどんな気持ちで見て、埋めたんだろう。私には分からない。

 あのときの空は、別にいつも通りだったような気もする。でも、それは私がよく見ていなかっただけなのかもしれない。

 虐待、虐待か……。

 冬真くんに虐待した親たちは、今、どうしているんだろうか。逮捕されたんじゃないかな、と思う。だって、戸籍を調べれば、親のことはすぐに分かるから。

 でも、彼らが逮捕されたところで、失った命は帰ってこないのだ。

 空は冬真くんのことを、しばしば口にした。

 一人ぼっちでつらいという鮮明な感情を、空に教えたのが、冬真くんだった。だから空は人の負の感情に聡かった。

 空は……冬真くんの代わりに、冬真くんの分も生きようとしていた。だから、空が死ぬことは、ただの死でなく、二人分の死なのだ。

 私は静かに日記を閉じた。

 ……私は、何ができるだろうか。

 空のことも、冬真くんのことも、守れなかった。守りたいと思うほど、私の手からすり抜けていく命たち。

 どうすればいいかなんて、分からない。生きて人をより多く救うことはできるかもしれない。でも同時に、沢山の人を殺してしまうかもしれない。

 それでも、私は生きているからこそできることがあると信じたかった。死んでしまったら何もできない。空のことを覚えて、墓参りに行くこともできない。

 だから、私は生き続ける。死にたいと思っても、生きて、殺してしまった命と向き合うのだ。

 空が冬真くんの体を乗っ取ったことで、冬真くんの虐待の件は世に明るみに出た。空が冬真くんのためにしたことは沢山ある。

 空は冬真くんにとって良い存在だったんじゃないかと思う。もちろん、私があれこれ邪推するべきではないけれど。

 そんな空を、本当に殺すべきだったのだろうか?

 エミュレイターというだけで殺すことが、本当に正しいんだろうか?

 もちろん、良いエミュレイターと悪いエミュレイターを見分ける術がない以上、エミュレイターは皆殺すのが安全なのは分かっている。

 でも……まともなエミュレイターとなら、平和な形で共存することができるんじゃないか……そんな期待を抱かずにはいられない。

 私は部屋に戻って、土まみれの手を洗った。

 スコップも洗って、それからソファに身を沈める。

 部屋は冷たかった。奈江子さんは当分帰らない。

 一人ぼっちでいると、心臓の音がいやに大きく聞こえた。

 ……これから私は、どうなるんだろう。

 分からないけど、後悔はない。でも、私のことでまた奈江子さんに迷惑をかけないかだけが、心配だった。

 とりあえず寝ようと思いながらも、なかなか寝付けない。

 そうしているうちに、朝が来た。

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