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エミュレイター  作者: 雨降り人間
第三章 世界編
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第92話

 人生ってなぜこうもままならないのだろう。そんなことを頭の片隅で考える。

 神藤さんに聞きたいことは沢山あった。あなたもスパイなんですかとか、仮にもバディ相手にひどくないですかとか。

 でも今回に関しては、悪いのは完全に私だ。空はエミュレイターで、殺さなければいけない存在。それは分かっていたのに、私はあの子を守ろうとした。

 その私の行動が、神藤さんにバディと敵対させるという行動を取らせたわけで、責任は私にある。

 困ったことに、私が神藤さんに勝てる可能性はほぼゼロだ。それなりに強くなったとはいえ、相も変わらず私の実力は神藤さんに遠く及ばない。

 しかも、空の居場所は早々に隠されてしまった。空の隠密スキルが徒となって、今はどこにいるか分からない。

 恐らくあの一瞬で家の中に押し込まれでもしたのだろうと思うが……いや、分からない。

 空が逃げたのかもしれないし、神藤さん以外にも敵がいて、その人に連れて行かれてのかもしれない。

 どうしよう。逃げてうまく様子を伺うか?

 いや、空はいつ殺されるか分からない。なるべく早く神藤さんを倒して居場所を聞き出さなければ。

 でも、どうする?

 神藤さんをどうやって私が倒す?

 可能性があるとすれば……。

 しかし、そこまで考えたとき、神藤さんが私に攻撃を仕掛けてきた。

 私は慌ててそれを躱す。

 ……躱す?

 私が今、神藤さんの攻撃を躱した?

 そんなわけあるか。本気になった神藤さん相手に、私が敵うわけがない。

 さっきも、神藤さんは明らかに私に手加減をしていた。

 ということは、だ。

 神藤さんは恐らく私を殺すなと言われている。であれば、私が向こうを殺す気で戦えば、もしかしたら……いや、無理だな。

 多分、神藤さんは無力化することに特化するはず。どちらにせよ私に勝ち目はない。

 しかし、無力化するにしては、神藤さんの攻撃は遅かった。何度も躱すが、そのあまりの手抜き加減に、私は疑問を抱く。

 思い切って、攻勢に出ることにした。

 私が神藤さんの間合いに入り足を蹴ると、神藤さんは全くふらつかなかったくせに、わざとらしく倒れた。

 ……これは、どういうことだ?


「あー、負けた負けた。仕方ない。あの子は今飛行能力者によって北海道第六支署に送られている。飛行能力者の速度的にあと一時間で第六署に着く。そこで待ち伏せしていればいい」


 神藤さんはあっさりと空の居場所を教えてくれた。しかも滅茶苦茶しっかり目に。

 なんでそんな味方みたいなことを……ん?


「神藤さん、わざと演技しました?」


 じとーっと神藤さんを抗議するように見つめると、神藤さんはニヒルに笑った。


「……一応さっきは仲間がいたんでな。それなりに装う必要があったが、もういらないだろう」


 この人、本当に……。

 私は小さくため息をついた。でも、良かった。この人に本気で狙われたら、私なんて即無力化されてしまう。


「でも、なんで協力してくれるんですか?」


 そこが不思議だった。

 神藤さんは基本的に合理的に判断する。適合したエミュレイターなど危険そのもの、能力が隠密ということを加味しても、生かしておくべきでないと考えて当然なのに。

 むしろ私がなぜこんなことをしたのかと責めることさえしそうなものだが。


「まあ、君は命の恩人だからな。上は知らないから、私が命令を遂行しない理由はないと思っていたんだろうが」


 命の恩人か……。

 そんな大層なことをしたつもりはない。たまたま色んな偶然が重なっただけだ。

 神藤さんがそんなことを気にするタイプだとは思えなかったが、流石の神藤さんも人の心がまだ残っていたということか。


「情けは人のためならずってことですかね」


 私が肩をすくめると、神藤さんは倒れたまま私を見上げた。


「さあな。だが、あの強化種エミュレイターは興味深い。殺すのは適切な判断でないと私は思った。それでも危険を考えれば殺しても良かったが……」

「私がいるんですから、そんなことはさせませんよ」

「まあ、君がそこまでリスクのあることをするとは思えなかったからな。君を信じることにした」

「神藤さん……!」


 じーんと胸が熱くなる。そこまで神藤さんに信用されていたなんて。これも日頃の努力の賜物だ。あの苦しい日々は、無駄じゃなかった……!


「何だその顔は。それより、早く行け」

「はい」


 私はクスッと笑ってから、脳内に北海道第六署を想像した。

 転移と呟くと、瞬時に第六署に辿り着く。


「史詩夏!?なんでここに?」

「も、森先輩?」


 なぜここに。いや待て、いるに決まってる。だって先輩はこの辺りで活動しているのだから。それはいい。

 だが、ということは、森先輩もまさかスパイ?いやいや、流石にそうなったらスパイが多すぎるだろう。

 神藤さんは日本最強だしまだ分かるが、森先輩までスパイなはずがない。ということは、第六署に運ばれた後、こっそり始末される予定だったのか?

 ということは、第六署の中に協力者がいる可能性が高い。

 第六署の協力者……誰だ。その人には絶対に見つかってはならない。だが手がかりは何もない。

 それに、あと一時間……隠れながら空を待つか。


「私が来たこと、誰にも言わないでください!」

「え?ちょっと!」


 森先輩の言葉を待たず、私はこっそり署の裏手へ回った。

 どうしたものか……待てばいい。だが、本当に大丈夫なのか?ここにはそのうち空を殺すための人が更に来るんじゃないか?敵に囲まれれば、守り切るのは難しい。

 私から行けば……もっと、確実かもしれない。

 どこにいるのか、探さなければ。あと50分ほどでここに着くのであれば、多分……あの辺り。

 でも、ルートが分からない。大体の位置は分かっても、詳しい場所が分からなければ無駄だ。

 ……いや、空か。なら、下から探せばいい。

 私は転移、と呟いた。視界がぐにゃりと歪み、世界が一変する。

 周辺で一番高い建物から、空を見上げる。

 ……いないな。ここじゃない。

 また転移する。そして見上げる。その繰り返し。

 天気は快晴。見晴らしは最高。しかし、いつまで経っても、見つかる気配はない。

 どういうことだ?絶対にこの辺りにいるはずなのに。

 疑問を抱きつつ、私はひたすらめぼしいところを探し回った。

 だが結局、空たちが見つかることはなかった。

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